01
———諱を握りて ここに留めん
———仮名を以て 我が僕とす
———名は訓いて 器は音に
———我が命にて 神器となさん
「名は月、器は月」
———なはつき、きはげつ
ぼんやりとした意識の中に、声が響く。
「来い、月器」
神であるらしい、夜トにつけられた名前は月音という。
初めて死んだときのことはよくわからない。でも、それよりも後の死に方は覚えてて、変な気分だ。
死んだ後にはいつも生まれ変わってしまう筈なのに、どういう因果か、死霊となった。心残りに覚えはない。
夜トは俺に名を付けてすぐに、俺が異常であることを理解して、目を丸めた。
「お前、神懸ってるのか?———いや、だとしたら死霊にはならないか」
「神懸りって、なに?」
裸足に着流し姿で、神社の石段に腰掛ける。今までも意識はあるにはあったけど、夜トに名を与えられた所為か、夏の夜の生温い風を感じる。
神懸りという言葉自体は何となく分かるけど、それが俺にどう関係するのかはよくわからない。夜ト曰く、転生を繰り返すらしいんだけど、そうだとしたら俺は夜トの神器にはなれないようだから腑に落ちないとかなんとか。
「あなた、生前の名前って思い出せるの?」
今まで俺の隣に座る夜トの向こう側にちょこんと座っていた女の子が、少し楽しそうに笑った。
「緋!やめろ……思い出そうとするな、知ったら駄目だ月音」
がしっと肩を掴まれて、揺さぶられる。
思い出さない方が良いと言うのは分かったけど、本当の名前ではないもので呼ばれていた所為か、特に違和感はない。多分、口ぶりからして一番最初の名前は思い出せないし、思い出してはいけないのだろう。
さっき、ぼんやりとした意識の中で夜トが『諱を握りてここに留めん』と言ったのを聞いた。つまり、真名を握ってこの世に留めるということだろう。真名を知れば神器として使えなくなる、もしくは、夜トの必死の形相からして何かが起こる。
「危なそうだからやめとく」
「ああ……」
ほっとしたような顔をした後、夜トは咎めるように、唆した少女、緋を睨む。
「だって月音なんて使えないじゃない」
緋はふてくされて、つまらなそうにちらりと俺を見た。確かに俺は武神という夜トには大して用の無い存在だっただろう。何せ、布である。材質はよくわからないけど、銀だか白だかの半透明な布だ。寒い日に毛布になる程の機能性もなさそう。
「ただの布じゃないだろ、だって、あんなに綺麗な布、見た事無い」
来い月器、と夜トが俺を再び呼んだ。今まで人間の身体をしていた自分が、さらりとした布になるのが分かった。
それを纏いながら、夜トは緋にほらっと見せる。
「不思議な材質なのは認めるけど、何の役に立つのかしら」
「でも、相性がいい証拠だろ。オレは月音を放たないからな!」
「相性がいいの?」
布のままでも不思議と意思の疎通が出来るようで、声を出す。
なんでも、今の時代にない姿をしたものは相性がいい証らしい。確かに今の時代の日本にある布ではないような気もする。正直自分では自分の姿があまり見えないのでよくわからない。
「え、あ、」
俺に見えるのは夜空だけで、ぼけっとしてたら夜トが狼狽する声が聞こえた。
なぜか夜トが空を飛んでいる。
「夜トって空飛べるの?」
「いや、これ、月音が飛んでるんだ!すごいぞ!」
まるで空飛ぶ絨毯みたいに体勢を立て直した夜トは、俺をそっと握って夜空を見上げた。
「名の通り、月まで飛んで行けるかもな」
名前固定ですみません。名前に意味があるので、変更は出来ないままです……。月というモチーフが好きです。ライトのことも地味に思ってたりするかもしれません。かぐやひめのイメージです、天女の羽衣のような??
JuneÎ.2015