02
堀は鹿島を乱暴に捕まえたあとにも仕事がある。それは部活にくるのを渋り大抵遅刻してくるの迎えだ。暴力は振るわないが、逃げないために小脇に抱えられて拉致されていく様はおきまりの光景と化していた。そして最近ではに付きっきりでヒロインのノウハウを叩き込んでいる。にとって女装は不本意であったが、ここまできたら演技力をつけて全力で自分じゃないものと認識してもらおうと考えて素直に堀の教えに従っている。鹿島に比べたら素直で、堀はこっそり喜んでいた。
「、堀先輩の演技指導受けられていいなー」
「結構厳しいですよ」
休憩中に飲物を飲んでいたに近寄って来たのは相手役の鹿島だ。
一番可愛がられている後輩だと自負している彼女は、同じく結構可愛がられているに対して最初は微妙な気持ちを抱いていた。結局、暴力を奮われるのは自分だけだとおかしな方向に納得して、今ではすっかりを普通の後輩と認識している。
「それは、……きっと嫉妬だから許してあげて」
鹿島は堀の厳しさを曲解してを窘めたが、はさっぱり意味が分からず顔を顰めた。
は町娘の格好のまま放課後の校内をほっつき歩いていた。セリフを少なくしてもらう為のものではなく、誰かと女として喋ってバレずに帰って来る、という宿題を掘から与えられていたのだ。
放課後の校舎内に人はまばらだが、全く居ないわけではないのは二週間校内を歩き回っていたには分かっている。だが、今日に限って話しかけて来る人物はいなくて困っていた。わざわざ町娘の格好をしている所為ですれ違う人からは凝視されるのに、誰も声を掛けて来てくれないのだ。
はいきなり知らない人物に話しかけるネタも浮かばず、どんよりとしたままただただ歩いていた。
俯いて歩いていた所為か、廊下の角からやってきた人物に真正面からぶつかりよろけてしまう。相手は背の高い男子生徒だったようで、咄嗟に支えてもらった為大事にはいたらなかった。そしては心の中でラッキー、と喜んだ。少なくとも自分が言葉を紡ぐ機会を与えられたのだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい……ありがとうございます」
「ん?その格好……演劇部の…」
背が高くがっちりとした体型の生徒は、の記憶の中に少しだけあった。なにせ、鹿島や堀の知り合いだ。練習を覗きに来ていたのを見た事もある。
「はい。あの、野崎先輩ですよね」
「ああ、知ってるのか」
「時々練習に来てたから」
おどおどすると逆に低い声が出てしまいかねないので、なるべくはっきり喋るように心がける。野崎が疑問を感じた様子は見えない。
「町娘ってことは、もしかしてヒロインか」
「ご存知なんですか?」
「まあ、シナリオ知ってるから」
それもそのはずで、野崎が堀に頼まれて作ったシナリオなのだ。町娘は何人か出るが、ぱっと浮かぶのはやはりヒロインで、野崎が当てたのは偶然のことだった。
野崎はじろじろとの様子をみて、うんうんと頷いた。
「中々イメージ通りだ。鹿島と違って」
「え?」
「いや、なんでもない」
鹿島に実際会ったあと王子というイメージに『軽薄な』がついてしまった事があり野崎はほっと安心する。実際鹿島ほどキャラが濃くなければ覆ることはないのだが。
堀の提示したヒロインのイメージは大人しそうだけど芯が通っている少女であったため、の今までの対応で野崎のイメージが崩れることもない。
ところが、そんなところに空気の読めない、むしろ空気を壊す人物がやってきた。
「あれ?野崎と……お前、なにやってんの?」
「瀬尾……」
「あ……」
野崎同様に影からやって来た結月は、と野崎があまりに至近距離に居たものだから足を止めて人物を確認してしまったのだ。そして、二人とも結月の知っている人物だった為に声をかけた。は思わず素で声を上げるが野崎はその声に気づいていない。
ぶはっと笑い出した結月に野崎は訳が分からず首を傾げ、は勘弁してよと呟いてくしゃりと鬘の髪の毛を握った。
「、お前そんな趣味があったとは!!」
「結月、頼むからこれ以上口を開かないでくれる?」
「なんだよその声!!今度カラオケでも行くか!?」
下品なレベルで笑う結月に、はとりあえず女の声を続けた。声楽部のローレライという異名を自覚して夢見ている生徒をおちょくる結月だが、の事を配慮する気配は全くないらしい。
「お前達知り合いか?」
「コイツ、私の弟だよ」
「結月って本当空気読めないよね」
「なに?内緒なの?」
「この格好を見なよ」
「あ、写メ撮ろう」
結月はマイペースに真実を暴露し、おまけにを写真に撮って去って行った。残されたは顔を覆い、野崎はついていけずに沈黙してを見下ろしていた。
「その、なんだ、趣味か?」
「部長の趣味です」
正確には違うが、誤解を呼びそうなことでも言ってやりたかった。諸悪の根源は間違いなく掘であるからだ。女子である鹿島が王子の格好をするのと男子であるが少女の格好をするのとでは感じが違う。だからこそ秘密にしておきたかったが、姉である結月の所為であっさりとバレた。
「できれば内緒にして欲しいんですけど……俺の名誉の為に」
「あ、ああ」
すっかりいつもの声に戻ったは、野崎に懇願する。死ぬ程恥ずかしいわけではないが好んで吹聴したいわけがない。
「そのかわり……」
言葉を続けた野崎には、条件を出されるとは思っていなかったが、妥当かと考えて次の言葉を待つ。
「モデルやってくれないか?」
「は?」
「俺漫画家やってるんだが、とって欲しいポーズとかがあってな」
「……いいですよ」
こうして野崎との会合はあっさりと終わり、堀には姉の所為で野崎にバレたと伝えると仕方が無いと許してもらえた。
そしてこの時に野崎の手伝いをすることになったと言ったことで、堀が野崎の漫画の手伝いをしていることを知ったのだった。
後日野崎の漫画の新キャラで男装する女子キャラクターが出たのはまた別の話である。
デフォルト名が似てるから考えたとかじゃないです。でも姉弟揃って異名ついてたり、ふてぶてしい感じの所は似てたりするかもですね。
Aug.2015