harujion

芸能パロ

01

知らない内に、アイドル事務所のオーディションに応募されていた。犯人はもちろん三つ子の兄弟だった。
一次の書類審査に落ちていれば、応募した事実は知らないままだったのだろう。学校帰りの俺はその封筒をポストから取り出し、首を傾げた。気もそぞろに靴を脱ぎ、手紙を見ていた俺を後ろから覗き込んでいたフレッドとジョージが興奮して暴れだした。それが一次審査の合格通知だった。

美容院をやっている我が家では、両親ともに揃って食卓につくのは今日、定休日だけ。
「「聞いてくれ!がマミーズオーディションの一次審査に合格したんだ!」」
話についていけない俺は、双子ばりに息の合ったフレッドとジョージが家族に報告するのをぽかんと見ていた。
ビルかパーシーなら勝手に応募したことを注意してくれるだろうとか、両親がアイドルなんてって反対するだろうとか、どうせフレッドとジョージのいたずらだろうとか、いろいろ思うところはある。
「マミーズ!?はマミーズジュニアになるの!?」
「まぁ!凄いじゃない
「フレッド、ジョージ、その書類見せてくれないか?」
「本物なんだろうな?」
ジニーと母は嬉しそうに喜び、ビルとパーシーは若干疑いつつも反対するような言葉は出て来なかった。

「本当に通過したんだな」

そういったのは、誰だっただろうか。
家族の大半は、俺が応募された事を知っていた。そして二次審査には家族全員で応援されながら送り出された。
結果、なんと合格し母と妹と、フレッドとジョージの猛プッシュがあって、事務所に入所する事になった。
美容師になるつもりはなかったが、アイドルになるつもりもなかったのに。

運動能力はは可もなく不可もなく、バク転は諦めたけどダンスのフリを覚えたりするのは得意だった。
練習を重ねればどんどん上手になれる気がして楽しかった。最初のうちは人前で歌うのが嫌だったけど、周りも同じ事をしていたし、いつしか慣れて来た。
高二の時、グループが結成されてデビューを果たした。そこから、CDを出し、ライブをやり、宣伝の為にテレビ番組に出て喋り、雑誌で撮影される───怒涛のように仕事が押し寄せてきた。
俺の家では兄弟が多いから飛び交う会話量もすごくて、普段は物静かな俺だけど、外に出ればしゃべれなければならなかった。テレビに自分の言動が流れたり全く知らない人が自分を知ってたり、騒がれたり弄られたり、いろいろな経験の大波に揉まれた。苦労は多くしたんだと思う。
ひょんなことから入った世界で、覚悟も夢もなかった俺が、いつしか、楽しいとか嬉しいとかいっぱい感じていることに気づいた。

大学に入りながらも芸能活動は続けた。兄弟の中で四年制の大学に進んだのはパーシーに次いで二人目だ。ビルとフレッドとジョージは美容師になるために美容専門学校に進んだし、チャーリーは動物専門学校だった。
フレッドとジョージはうちのサロンで下働きをしていて、実験台と称し───または、身だしなみに厳しくない年代になったからか、髪の毛を三つ子そろって真っ赤に染めた。今までは赤みがかった茶色だったので、鏡に映る自分に狼狽した。瞳がブルーな所為で、目立つ容姿に感じた。
事務所とは、なぜか兄弟が打ち合わせをするようになり、俺のビジュアルはフレッドとジョージという専属美容師がついて、以降ころころ変わることになる。

髪色を変えるたび、「あれ?新メンバー入った?」とMCに聞かれるのが恒例である。
「前何色だったっけ」
「アッシュに毛先グリーンだよね」
「そこからプラチナブロンド?これ、凄い抜けっぷり」
グループのメンバーが挙って俺の頭に手を伸ばして髪の毛を摘みながら談義を始める。
「髪の調子とか大丈夫なんですか?」
「こう見えて髪の毛は大事にしてもらってます」
女性アナウンサーがまじまじと髪の毛を見てから問う。この質問は結構されるけど、俺の髪はほとんど傷んだ様子は見せない。もちろん健康的とは言い難いけど、定期的に質の良いトリートメントでケアしてる。カラーリングの順番も考慮されていたりするし、うちのサロンは優しい素材を使っている。
「双子やったっけ、美容師さん」
「いや、三つ子です、俺と」
お決まりのいじりを芸人さんがしてくれるので、俺は笑いながら訂正を入れた。
フレッドとジョージと俺は三つ子なのだが、フレッドとジョージだけ双子のようにそっくりだから、よくそれを弄られる。彼らは美容師としても、俺の兄弟としてもそこそこ有名だ。実家のサロンにいるから会えるし、二人でSNSをやってるのも人気になった。
「僕こないだの兄弟のアカウントみたんですけど、これの様子も実況してて」
「あー、時々載ってるね」
となりにいたメンバーが話し出したので、視線をそっちにやるとカメラも少しだけ寄る。
「寝てる間にやられてるんですよこの人」
「うん、起きたら髪色変わってた」
「ええ〜?」
動いちゃいけないから寝たんじゃなくて、休みの日に寝てたらいつの間にか運ばれて、椅子に座らされて髪色が変わってたのである。
その話をしたら観覧のお客さんが驚いたような声をあげた。周囲からは大変鈍いと言われたけど、家族に寝てるときべたべた触られるのに慣れてたので仕方がないのだ。


プラチナブロンドを急遽真っ黒の髪にすることになったのは、そんな収録から三ヶ月後の事だ。
ドラマの仕事が入り、役柄的に黒が望ましいと言われてすぐに染めた。

若手の実力派俳優である竜崎さんと夜神さんがダブル主演をつとめる本格ミステリー。
最終回まで犯人は分からない設定で、役者にも最終回は未だ知らされていない。ギリギリまで知らせずに演じさせるという設定のようだ。主演の二人は協力して捜査をする関係になるが、互いに信用せず探り合いながら謎を解いて行く内容になっており、どちらが最終的に犯人になるのか、といった印象を受ける。
ところが、実は俺が犯人らしい。
何故それを知らされたかというと、犯人自身は犯人だと知った上でバレないように演じて欲しいからだそうだ。
黒髪にしたのは、大人しめな少年を演じるためもあったけれど、タイトルに入る死神を彷彿とさせる為にもあった。

竜崎さんとは実は一度映画に出た事もあって初対面ではなかったけど、他の人は皆初めての人ばかりだ。
中年刑事を演じる相沢さんとは炭酸飲料のCMで教師と生徒をやったことがあるけれど、けっこう短い付き合いだったので仲が良いとは言えない。
しかし竜崎さんだって、映画なので何ヶ月も顔を合わせたにも関わらず、人となりがいまいち分からない。ミステリアスを拗らせて宇宙人レベルで謎だ。連絡先は聞かれたので交換したし、時々テレビや新曲の感想をくれる上にわざわざライブDVD買ってくれたり、本当に一回ライブに観に来てくれていたこともあったけど、本当なんでだろうってくらい感情が顔に出ないので付き合うのが難しい。業界でも、彼は不思議な人って有名なので気にしたら負けだと思うことにしている。
くん、お久しぶりですね」
主演の二人に挨拶に行くと、竜崎さんは無表情のまま俺の顔をじっと見てから薄い唇を開いた。
役作りのために既に姿勢が悪くて、顔色が若干悪い。少し前にテレビで見かけたときよりも痩せている。
「初めまして……ああ、竜崎とは共演が?」
反対に夜神さんは健康的で、美青年と称されるだけあって、非常に整った顔にさわやかな表情を浮かべていた。
「一度映画でご一緒させていただきました」
「私くんのファンなので」
「ああ……え?そうか」
竜崎さんが俺の言葉にかぶせるように発言し、夜神さんが戸惑いつつも頷く。
冗談みたいに聞こえるのだが、確かにファンらしき行動はしているので否定ができない。
「それにしても、凄い髪の毛だね」
「へ?」
「いや、普通に真っ黒で、さらさらしてるから」
夜神さんがさらっと俺の髪の毛を撫でた。あまりにも自然な動作に、世の中の女性がこれをされたらきっとうれしいのだろうな、と考えてしまった。
自然な黒髪に見せるために丁寧に黒髪に戻して、高いトリートメントで髪質を補修し、艶も出してもらったので、この黒髪は俺も吃驚する程良い出来だ。
あまり髪の事はわからないんだけど、大変だっただろう。
余談だが、黒髪にするとしばらくカラーが入りにくいということで、フレッドとジョージは今後についてビルまで巻き込んで会議を行っていた。


撮影に際して監督や脚本に言いつけられた気をつけることは、あまり笑わないこと。けれど、何度か微笑むこと。その時は絶対に視線をそらして目を伏せ、小さく笑うだけにすることだ。
ドラマのタイトルは『微笑する死神』───。目を合わせて微笑まれると、その事物はは24時間後に心臓麻痺で死ぬというSFじみた設定の殺人犯だった。バジリスクやメデューサを連想させる為に、第3話で爬虫類博物館の前で兄の夜神さんと合流するシーンがあった。「蛇をみてきたの」と兄に言うセリフだ。
逆に物語への関係を希薄にするために2話程全く出演しない回も作った。犯人の部位の役は別の人にあったので、そういう意味では出演していたかもしれないが。
7話の撮影が行われているとき、竜崎さんが急に誰が犯人だと思うかと尋ねてきたことがあり、わからないとしか答えなかった。
犯人役の本人すら犯人であることは知らないと、真っ赤な嘘を監督がついているが、竜崎さんは本当、不思議な上に頭が良すぎると思う。
最終話の直前では、殺し方が判明するシーンがあった。その事実を掴みつつも亡くなった刑事のメモが出てくるのだ。
その時になってもまだ俺は脇役のような存在だったし、夜神さんと竜崎さんは互いを犯人かと疑い合っていた。
───『微笑まれると死ぬ。』
そう記された、手帳のページの一枚と、愕然とした出演者の顔でその話は終わる。
皆作中で何度か笑っている。知らない事だろうが、目を合わせてだ。
目をそらして微笑んでいるのは俺くらいだ。
それに気づいた人はいるだろうか。確かめるにはドラマをもう一度見観直したいと思うだろう。
最終回放送前にはネットが随分賑わった。誰は笑っているとか、笑っていないとか。一切笑わない登場人物も少なからずいて、談義されたらしい。俺の名前ももちろんでているが、監督曰く問題ない程度だし、わかってしまうのも仕方ないことだと言っていた。それでも出演者含め、よくここまでやって来られたと最終回の放送を前に激励を受けた。

出演者達はもちろん撮影があるため犯人を知る機会は一足早かった。俺が犯人として登場するまでは秘匿するほどの徹底ぶりだったので、犯人として名乗りでるときは凄く気分が良かった。殺人犯の悪役で、最後には屋上から飛び降りて死ぬのに、だ。
驚く皆の顔を見て、視線が集まるのを感じて、役柄が入って来て高揚した。思わず笑みがこぼれるんだけど、頑に目を閉じ、俯き噛み締める。微笑むと死ぬというが、正確には気分が高揚してほほ笑むときに目が青くなり、それを見ると死ぬのだ。
屋上から落ちる直前までは目をつむっていた。それは、誰も殺したくないと言ってるみたいだった。

死の真相を語り、風に舞うようにして身体を傾けて、足が地から離れた瞬間に開いた瞳は青かった。
空を見ながら笑って落ちていく。
『彼』が最期まで見ていたのは、美しい青い空だった。

オンエアは実家で家族と観たが、俺の横を陣取ったフレッドとジョージがしきりに腕を見せてきた。鳥肌がすごかった。
ロンもぞっとしたと怯えてた顔で俺を見た。うれしくて、ありがと、と笑うと叫びながら顔を隠した。
そして、そのドラマ以来ちょっと笑うと竜崎さんが「くんの所為で死にます」と変に絡んでくるようになった。


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しれっと再掲載しました。
5年くらい前に、30万ヒットとかでした芸能パロです。
ほかの夢主もあるのですがとりあえず話が多かったこの人を修正して掲載です。ほかはいずれ。

現代でほのぼのウィーズリー家で暮らしてる子なので、本編とは話し方が若干違います。
Sep.2021