04
肩につく程に伸びた、しなやかな髪の毛。凛とした眼差しに透き通るような肌。
───綺麗だな、と素直に思った。
俺だってそこそこ人気だし周りにも良い男、イケメン、美少年、様々いるけれど彼には美人という言葉が当てはまって、とてもしっくりしたと同時にちょっと感動した。
「美人な男の人って、初めてみた」
「なにそれ」
リビングでリモコンを指にひっかけながらソファにだらりと座り、ロンの膝の上に足を投げ出していた。
俺の足の上に雑誌を乗せて呼んでいたロンはちらりと俺を見てから、俺の視線の先にあるテレビを見る。そしてわかったように、ああと声をもらした。
「すっげ〜。女の人じゃないんだ」
感心したようにロンも言うから、俺もなんだか嬉しくなる。得意気な顔をしてそうでしょうと頷いてしまったけれど、俺は彼の知り合いではない。
「歌舞伎の人?」
「あーそうみたいだね」
「藤原…さ?……なんて読むのこれ」
「さい、だって」
目を凝らしても読み方は浮いてこないので、ロンのおかしな行動にちょっと笑いながら答えてやった。
彼は一応、役者であるらしい。元々、テレビよりも舞台に出ている人なので、俺も今まで見たことはない。
少し前にドラマに出演したのをきっかけにスポットライトがあたるようになったらしい。
「ってば、もしかして惚れたの?」
俺がぼうっと見ていたから、ロンがからかうように言う。
「───うん」
「え!?」
ぎょっとして俺を見てくる気配を察知したけれど、視線を外すのが勿体なくてテレビを観たまま笑って言葉を添えた。
「惚れ惚れするほど綺麗」
「ああ、そういうこと」
そして数日後、俺は彼が出ているドラマのDVDを買ってきて、休みを返上して観ていた。
フレッドとジョージも部屋に泊まりに来ていたので一緒にいる。
「こいつがの好きなやつ?」
「うん」
「へ〜、女みたいな顔」
「そうだね」
両脇から2人が寄りかかって来ている重みに耐えながら、杜撰な返事をする。
きょうだいは俺の膝の上にあるスナック菓子をとったり、片足の上に頭を乗せて携帯をいじくっていたりする。構ってほしがる猫のようなものなので、時々頭を掻き混ぜれば黙るから放っておいた。
最終的にはドラマに夢中になって、クッションを抱きかかえていたり、板の間に寝転がって肘をついて観るようになっていた。
俺は彼の出ている番組があれば録画予約をするし、舞台を観られないか演目を探したりした。
彼の出演するスペシャルドラマに出る事が決まったときは、ちょっとドキドキしてしまった。
マネージャーや事務所の人にも言ってないのだけど、フレッドかジョージか、もしくはジニーが言ったかもしれない。特にマネージャーと妹は女性同士意気投合して個人的にやり取りをする仲になっていたので、俺の家での様子も仕事での様子も2人の間では筒抜けだ。
「……粧裕ちゃん、妹から何か聞いてたりする?」
「え?ああ、くんが藤原佐為さんに恋しちゃった話は聞いてるけど、他は別に?」
「違うけど、聞いてるじゃん」
恋してない、と言いながら指を差す。
マネージャーの粧裕ちゃんはしっかりものだけど、時々すっとぼけてる。
「今回の共演って関係あるの?」
「ううん、ないない。偶然の配役よ!運命かもしれないから喜んで!」
「えー」
俺はそれはそれで恥ずかしいと思いながら顔を覆う。
粧裕ちゃんはがんばれとポーズするし、ジニーと粧裕ちゃんの間で俺はどう見えてるのだろうかと気になった。
たしかに彼の出ているテレビは観るようにしていたけど、こんな風に応援されるほど露骨だっただろうか。
ふと、俺のファンを公言してる竜崎さんを思い出す。
あの人に比べたら、俺が舞台を観にいったのは一度だけだし、テレビを観るのは普通のことだから全然大丈夫だと思い込む事にした。
「お願いだから、俺がファンだってのは内緒にしてね」
「オッケー、言わない言わない!」
なんだか粧裕ちゃんはジニーと一緒で俺の妹みたいだ。
「藤原佐為と申します」
丁寧に自己紹介をして、頭を下げた目の前の青年の旋毛を緊張したまま見つめた。
長い前髪がさらさらとこぼれて、上げられた顔に少しかかったけれど、綺麗な指先がそっとどけた。
「お会いできて光栄です」
俺も名乗ったあと、はにかみながら付け加えた。
テレビで見るより綺麗だった。女性的な顔をしているけど、会ってみると結構背が高いし、身体もしっかりしているというのが率直な感想だ。
これから俺はこの人と共演するのだと思うと、先がちょっと不安でもあり、嬉しくもある。
俺達の役柄は碁打ちの少年と取り憑いた幽霊という関係で、彼と一緒のシーンがたくさんある。
歴史物のパロディのようなもので、歴代最強と謳われた碁打ちの半生を演じることになった。
俺はその碁打ちで、本因坊秀策という。藤原さんは秀策に取り憑いた平安時代の碁打ちの幽霊で、幼い秀策と出会い、碁を打たせてくれと願う儚い存在。
心優しい秀策は彼を受け入れ、また、彼の碁に惹かれる。
2人は信頼し合い、生涯を1人の碁打ちとして息抜き、歴史を紡いでいった。
歴史通り、秀策の俺は若くして病死するのだけど、現代に生まれ変わり、再び幽霊に会うことになるシーンで物語は終わる。
藤原さんに対しては、何度か会うことで緊張は隠せるようになってきた。
所作や囲碁を打つシーンなどを稽古をしているうちに撮影は既に始まっていて、秀策の子供時代である虎次郎を演じる子役の撮影はすでに終えたるらしい。
少し見させてもらったけれど、虎次郎が大好きで仕方がないという風な眼差しをむけている。きっと子供が好きなんだと思う。
慈愛の表情は相変わらず綺麗で、少年期から最期まで演じる俺にもそれが向けられるのかと思うと今から少しだけ怖くもあった。
演技に集中していればそれなりに感情は抑えられるけれど、こんなに綺麗な人は今まで見たことがなかったのでどうなるか分からないのだ。
普段のシーンでは藤原さんは俺の斜め後ろに居ることが多い。
でも、二人のシーンのときは隣か、目の前に居る。
「虎次郎、ほらこんなに藤が」
「ああ……」
秀策とは呼ばない幽霊に言われるまま、俺は藤棚を見上げる。
薄紫の花々は白い着物姿の彼を際立たせると同時に、儚げに見せた。
花が天を覆うこの場所はほんの少しだけ薄暗い。けれど幽霊は、微笑みは、光っているように見えた。
「まぶしいのですか?」
目を細める俺をみて、彼は不思議そうな顔をしてから覗き込む。
花の隙間から零れる日差しは、確かに俺の身体にほんの少し当たっている。けれど、目を眩ませるものは、日差しではない。
「うん、おまえが」
「え?」
「死と言うのは暗闇に溶けることと思っていたが───まばゆい存在になることなのだな」
垂れている藤を暖簾のように手で避けて、彼の米神に触れる。
生え際をするりと撫でると、彼もそっと顔を近づけてきたように思う。反射した藤色に帯びた肌や髪にうっとり見惚れてしまいそうになった。
何かを言おうとするように少しだけ開きかけた唇。わずかに色づいているのだが、これは何色なのだろう───。
勝手に手が動いて彼の顔を撫でたあと、親指でその唇をもてあそぶと、カット!という声が響く。同時にしたカチンという音に手先がびくりと反応する。
「幽霊には触れないよー」
「ああ、そうでした。───つい、触れたくなって」
一応透けているという設定なので、俺は藤原さんに触らないようにしなければならないのだった。
触ろうとしても触れない表現をするときは、それなりのやり方がある。
冗談っぽく本音をこぼすとスタッフや監督たちは笑うが、今まで朗らかな笑みを浮かべていた藤原さんは目を丸めてしまった。
「あ、あの、えと」
米神を手で押さえたり、髪を整えたり、口元を隠そうとしたり、忙しなく動く手。
うろたえて動き回ってるその手を掴んで止める。意外にも、照れているようだった。
「大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですとも!」
「よかった」
ほっとして笑いかけたら、顔を赤くする藤原さん。
「あ〜あ、くんが口説くから」
「口説いたつもりはないんだけど……」
本音とはいえ冗談っぽくいったつもりだし、そう言われると恥ずかしいので否定する。
「勝手に口説かれて申し訳ありません……!」
「いえ、やっぱり口説きました。ごめんなさい」
藤原さんは恥ずかしそうに謝るので、俺が悪いよなあと思って白状した。
もちろん口説くつもりではなく、素直な感想を述べただけのつもりなのだけど。
「うん、じゃあくんの所為で藤原さんが大変なので、ちょっと休憩挟みまーす」
「皆さんどうもすみません」
軽く頭を下げて、俺はベンチのある方へ藤原さんを引っ張って行った。
彼は少し動きにくそうで、俺の手をぎこちなく掴みながら、不安そうな足取りでついてくる。
座らせたはいいが、少しこわばった身体をみて、俺がいたらリラックスしづらいだろうかとその場を離れようとした。
しかし彼はあっと小さく声を出す。
なんとなく、行ってほしくないのかと思って、話して気を紛らわせることにした。
「藤原さんは着物での動きがとても自然ですよね、板についているというのかな」
「ああ、私はいつも和服でいることが多いので」
当たり障りない話題に、彼は少し安堵したみたいだった。
「───さんは凄いのですね」
「え?」
「全然緊張していらっしゃらない……私はカメラを向けられるのもいまだに慣れてなくて」
「いやだな、俺も緊張してますってば。演技を中断させたのはこっちでしょ」
「え、ああ……そうですけど。緊張してたのですか?」
「───藤原さんの、実は、ファンなんですよ。だから、してました」
「うそ」
ぽかんとして、俺を見る。
「ほんとう。初めてテレビで見かけたときに、すごい綺麗な人だなって思ってそれ以来。だから、さっき触れてしまったのは秀策ではなくて俺───」
触れた手を見て感触を思い出す。ここに得たものは虎次郎の得られないものだから、忘れなければ。
「でも、役としても、触れたいと思ったのは間違いないんだと思います……触れられるということを失念していました」
「───私、うれしかった」
「え?」
今度は俺が、ぽかんとして彼を見る。
「あのとき、"虎次郎のもの"になれたって思ったのです」
「……俺は"あなたの虎次郎"だと思っていました」
些細なリテイクで、俺たちはこの役について分かり合えた気がした。
幽霊と虎次郎は心から尊敬しあい、大切で、誰よりもそばにいるのにけして触れ合うことのできない存在。
それなのに2人で1つといっても過言ではない。
交えるのは戯れる碁や、視線や言葉。ひとつひとつがかけがえのないものだと思えた。そういう演技をすることに納得して、作り上げていくのだ。
ある日、撮影スケジュールに空きができたので、俺も藤原さんもオフとなった。
以前俺が碁打ちの人に会ってみたいとこぼしたから、藤原さんは碁を打つ場所へ連れて行ってくれると言う。どうやらプロの棋士や院生に知人がいるらしい。
駅前で待ち合わせをして会い、連れられて行った所は日本棋院だった。
まさか本家本元に来ることになるとは思わなかったので驚く。ドラマ監修も棋院が行っていたので、ある意味学ぶにはうってつけなのだけど。
「おーい、佐為~……っでえええぇぇ!?おい、おま、連れて来るってこれぇ!?」
「ヒカル、『これ』だなんて失礼でしょう!!」
棋院の前で藤原さんと待ち合わせしていたらしい、前髪が金色の少年がオーバーリアクションで驚いた。俺は結構目立つ容姿をしていて、サングラスや帽子をしていても派手な髪色は隠せない。
だからといって人だかりが出来ることはあまりないので気にしていなかったけど、こんなに驚かれるのは久しぶりだった。
「だって、ゲイノージンじゃん!」
「私だって一応芸能人です〜」
「お前はちょい役だろ」
会話を聞くに、彼はどうやら俺を知っているらしい。そして俺が来る事を知らなかったから驚いたみたいだ。
「えと、ヒカル、くん?初めまして、今日はありがとうございます」
「あ、イエ、テレビ、観てます。進藤ヒカルです!」
テレビで観てますって言われると、流れで握手をする。どちらから握手を求めたのかわからないくらい定番の流れになっていた。
「藤原さん、俺の事言わなかったんですか?」
「ヒカルには共演する方を連れて行きますって言いましたけど」
「お前が共演する人って言ったらテレビに出てねえ人想像すんだよ!」
「でも、私今度テレビに出るって言ったじゃないですか」
「そーだけど~~~~っつーか、だからの……さん、の、ドラマとか観まくってたのかよ!」
「あっヒカル!しーっしーっ!」
藤原さんは慌ててヒカルくんの口をおさえたが、はっきり聞いてしまった。
「あ、観てくれたんですね」
「その、私普段テレビは観ないのでさんのこともお会いするまで知らなくて……」
「しかたないですよ、それは。俺は逆に藤原さんを知ったのはテレビでですから」
「〜〜〜ぷはっ!それこそしょーがないってさん!佐為は全然有名じゃないんだからさ!」
藤原さんの手から逃れたヒカルくんはにかっと笑う。
「こいつ、凄い人と共演してるんだって後から気づいてぴーぴー言うわ、やれ恰好良いだの可愛いだのなんだの」
「馬鹿ー!ヒカルの馬鹿ーっっ!」
俺の中の藤原さんとはブレる発言だったけど、ヒカルくんに泣きついて恥ずかしがっている子犬のような人は確かにそんな感じで、俺は素の藤原さんを見て笑い声を上げてしまった。
「あはは、やだ、藤原さんってこんなにかわいいの」
真っ赤になって照れたり、ぎこちなく手を引かれて歩いているところも思い返せば今の様子と通ずるところがあった。
憧れとかファンとかの気持ちが大きかったし、撮影では尊敬と愛しさを感じていたけれど、単純に彼の人柄が面白くてつい、素直な感想を述べてしまった。
すると彼は、俺に見られて恥ずかしかったのだろう、いつかみたいに顔を赤くして、言葉が出なくなってしまっていた。
佐為と主人公は愛し合ってるって前世()からキメてたので……。
ヒカルとたわむれる子犬のような佐為さんが見たい人生(辞世の句)
Sep.2021