harujion

ペトルーシュカの心臓

01

俺がまともに生家で暮らせるようになったのは、十歳になってからだった。
何故かと言うと、生まれたときから心臓が悪くて、ずっと入院していたからである。
俺には父と母と、二つ年上の兄が居た。両親は俺の入院費を工面する為に働き、兄はどこかに預けられるか家で留守番かの毎日を、十年あまりすごしていたのだろう。
今までも何度か仮退院のような形で家に寝泊まりしたこともあるが、与えられた一室に俺の部屋という認識はない。隣は兄の部屋のようだけれど、覗いてみたら生活感があった。
俺が退院できたのは、病状が落ち着いてきたからなのだが、決して完治したわけではなかった。完治するには、手術が必要だったけれど、その手術には大金が要るのだ。生まれたばかりのころから入院費と治療費を払うだけでいっぱいいっぱいだったうちでは、手術費用を捻出する事はむずかしい。

二十歳まで生きられないかもしれないという医者の話をこっそりと聞いた。
ああ、駄目か。
と、自分の胸に手を当てた。
欠陥のある心臓は鼓動しているけれど、俺の心はたいして動かなかった。
精神が劣化しているわけじゃないと思いたいけど、あまりやる気はでない。運動が好きな訳ではないが、動くとすぐに疲れてしまうようになったし、なにもやることがない。
青森の田舎の風景をぼんやり眺めているくらいしかできなかった。

学校にもまともに通えず、縁側でひなたぼっこをしたり昼寝をしたりする横で、学校から帰って来た兄も何故だか一緒に居た。どうやら絵を描いているようだった。友達の家に遊びに行ったり、ゲームをしたりしないのだろうかと思ったが、田舎なので店も友達の家も遠いのだ。
びゅーんとか、ぎゅわーとか言っているのを聞きながら寝るのも慣れて、俺は畳みの上に身体を投げ出して眠っていた。
昼寝から目を覚ますと、すぐそばで兄も眠っていて、その寝顔の気の抜けっぷりに小さく笑う。
「大口あいてるよ、エイジ」
鼻の頭を指でつつくと、眉を顰めて口をへの字に閉じた。
兄、エイジから視線を外すと、いつも彼が絵を描いてるスケッチブックが目に入った。興味本位でぱらりと捲ってみると、沢山の絵や漫画が描いてあった。
数ページおきに、俺が縁側に座ってぼうっとしていたり、本を読んでいたり、テレビを観ていたり、寝こけているスケッチが入っていた。仲が悪いわけじゃないけど、いつも一人で遊んでいるエイジがそんなに俺の姿をみとめていたことが少し驚きだった。
「俺、全然動いてないな」
また、笑いがこみ上げて来る。
家の中に居るのだから仕方が無いけど、同じようなことばかりしている。こんな退屈な姿を絵に描くなんて、エイジは筆休めのつもりだったのだろうか。
今日の、最後のページも俺のスケッチだった。
起きている俺の俯瞰と、斜め後ろや横顔、それと、寝顔。そういえば、正面の絵は、一枚も無い。多分まともに相対しないからだろう。

次の日も、学校から帰って来たエイジは、俺の居る居間で絵を描いていた。
俺はその時寝そべって新聞を眺めながら、せんべいを食べていた。二枚食べた所で口がしょっぱくなったので袋に封をして、戸棚にもどしてからお茶を飲んで、また居間に戻った。エイジは只管スケッチブックにペンを走らせているので、俺の様子は見ていない。
その様子をじっと見つめていると、エイジはページ一杯に絵を描き終えたみたいで、ぺらりとページを捲った。そして、顔を上げて俺を見た。ぱち、と目が合った。
エイジは少し驚いて、わっと小さく声を漏らしたけど、俺の顔をまじまじと見ている。俺も寝そべったままエイジから視線をそらさない。
「そのまま!」
「へ」
急にエイジはそう言って、またスケッチブックにかじりつくように向き合った。時折俺の様子を確認して描いているから、きっとまた俺のスケッチをしているのだろう。
ものの一分でよし、と満足げな声をあげたので、俺は身体を起こして丸まってるエイジの目の前に膝歩きで向かって、スケッチブックを見下ろす。案の定、寝そべったまま何かと目が合ったような顔をして固まってる俺の姿がそこにある。
「あはっ、なんでこんな顔」
「!」
デッサンの練習のつもりなのかもしれないけど、つい笑ってしまった。前にも何度か俺をスケッチしていたのだから、もう俺は十分だろうに。
笑った俺をみてエイジはまたガリガリとペンを走らせて俺の笑った顔を描いた。あの一瞬だけの顔だったのに、結構似ている気がする。
「上手だね」
頬杖をついて見守っていると、エイジはページ一杯に俺を描いた。途中でどんどんキャラ付けが増えて行って、最終的に俺は羽が生えて飛んでる男の子になっていた。

それから、同じ時間を共有することが増えた。
エイジはどうやら、いつも家の中にいて腐ってた俺が、絵を見て表情を変えたのが嬉しかったらしい。俺は相当な暇人だった所為かエイジが描いた漫画や、集めている漫画を読むのが楽しかった。ここから、あまり会話のしない普通の兄弟だったのが、いつも一緒に居る仲の良い兄弟という間柄に変わったのだと思う。

エイジは年を追う事に本格的に漫画を描くようになっていて、高一の時に投稿した漫画が賞をとって、高額な賞金を得た。
その後もいくつかの賞も受賞して、最終的には漫画家になる為に上京することになったようだった。
、僕ヒーローになります」
「?そう」
引っ越しの片付けを手伝っていた時、エイジはペン先を窓の外に向けて指しながら宣言した。

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エイジ弟になりました。病弱設定ですが、詳しい病気は決めてません。 心臓です。手術費用とか入院費用なんて気にしたらだめなんですよっ。
名前は日本語名です。
Dec.2013