03
従兄弟のヒカルが、昨日祖父の家の蔵で倒れたという話を母から聞いた。
救急車まで来る事態になったらしいので、学校から帰ってからヒカルの家に行ってみたところ、またしても祖父の家に遊びに行ったと叔母に言われた。体調は大丈夫なのかと聞いてみたが、叔母もよくわからないとのことだった。それってどうなの、とも思ったが体調が悪かったらヒカルは素直に言うだろうから多分大丈夫なのだとは思う。
「じいちゃん、ヒカルー」
祖父の家の庭からは縁側がみえ、そこにはヒカルと祖父が居る。
「お、か。また小遣いか?」
「じいちゃんが俺と打ってくれるなら小遣いいらないのに」
「そんなに打ちたきゃあ、ヒカルと打ってやれ」
ヒカルは今まで碁なんて興味無いと言っていたので、その言葉には少し驚いた。祖父がヒカルのことを碁盤の前に座らせたのだと思っていたけど、ヒカルが碁を打ちに祖父の家にやって来たらしい。
「え、なんで?碁なんて打つタマじゃないでしょ」
俺に対しても、じじいの趣味かよ、と悪態ついてゲームやらサッカーやらに誘って来たヒカルが碁なんて勉強しようとする筈が無い。
「どっかおかしくなったんじゃない?囲碁やるだなんて……」
祖父がヒカルと俺を放ってどこかへ行ってしまったので、碁盤ごしの向かいに座る。
ヒカルはふくれっつらで目をそらした。
「だーかーら、無理だって!」
「は?」
不意にヒカルが、怒ったような声をあげた。
碁盤をなぞっていた指を止めて、ヒカルを見ると、オーバーなリアクションで自分の口を塞いでいる。
「どうしたの?ヒカル。やっぱり具合悪い?もう帰ろう」
「う、うん」
顔に触れて体温に異常が無いか、目の焦点が合っているかを確かめてから手をとると、ヒカルは素直に頷いた。
「はさ、どうして囲碁を始めたんだよ」
「覚えてないなあ」
「はあ?」
帰り道でヒカルは俺に尋ねた。今まで漠然と、なんで囲碁なんてやってんだよって言ってたのとは違う。
しかし俺は生まれた家や環境がそうで、流れに身を任せて碁を習い打つようになった為に、ヒカルにきっかけを語ることができなかった。
「でも、まあ……なんだろ、楽しいなあって思ってるから続けてるかな」
「ふうん」
本当に少し囲碁に興味がわいたのか、それとも何かがヒカルに起こったのか、どちらだろう。
じっと横顔を見つめると、俺の視線に気づいたのかヒカルはなんだよと眉をしかめる。
「囲碁やりたいの?」
「ん、まあ。でもオレ基本もわかんねーし」
「俺が教えてあげてもいいけど」
「マジ!?」
少し嬉しそうにヒカルが目を輝かせた。
「折角だから、囲碁教室にでも行ってみたら?」
「えぇ!?なんでだよ、が教えてくれればいーじゃん」
「なんでも俺に優しく教えてもらえると思ったら大間違いだってことをこの辺で学習しなさい」
「う……っ、なんて!年下のくせに!年下のくせに!!!」
「はいはい、年下なのでもうヒカルには上から目線で教えるのはやめまーす」
「バカヤロー!!」
道路で元気に地団駄ふむあたり、多分元気なんだろう。
じゃあ、おかしいのはやっぱり気のせいなのかもしれない。
それからすぐ、ヒカルが囲碁教室に週一で通っている話を聞いてちょっと笑った。
以降、ヒカルの奇妙な噂は増えた。しかも囲碁ばかり。
中学生のふりをして囲碁の大会に出て怒られたと聞いたときは笑うどころじゃなくてちょっと呆れてしまった。中学生達は何を思ってヒカルを引っ張って行ったのか心底謎だった。
しかし、本当に碁に目覚めたらしいヒカルは中学で囲碁部に入った。
それだけではなく、わざわざ電話をかけて来たヒカルは、変な頼み事をしてきた。
『なあ、お前中学生のフリして団体戦でてくんねえ?』
「……去年の二の舞になりたいの?」
『ゲッお前そんなことまで知ってんのかよ!』
「二回目がバレたら、失格どころか今後の団体戦に参加させてもらえないかもしれないよ?」
ヒカルは、受話器の向こうでぐっと押し黙った。
「そうだ、今度俺とも打とうね」
『おう!お前じいちゃんより強いんだって?』
他愛ない話に戻せばすぐにヒカルの機嫌はなおって、あかりや筒井さんとやらの話とか、囲碁教室がどうとか、楽しそうに聞かせてくれた。
後日中々腕のある奴を見つけたと言ってまた報告をしてきて、ヒカルがはしゃいでるのがよくわかった。
ヒカルの従兄弟でした。苗字は一緒。
もはや苗字を考えるのが面倒くさいという理由で誰かの親戚です。
囲碁をさせたら急に主人公がしょたじじいにみえてきた。
Apr.2015