05
春に電話でヒカルと対局する約束をしたはいいが夏休みに夏期講習を組まれた俺と、なぜだか忙しいらしいヒカルは、結局いまだに対局を果たせていない。祖父曰く手つきがおぼつかないと言っていたが、それが半年でどうなったのか、気になる所だ。
二学期が始まって、変な話だが俺はようやく勉強から解放された。
久々に碁が打ちたくて祖父の家を訪ねようとしたところ、ヒカルに偶然会った。俺と同じく、祖父に相手をしてもらおうと思っているらしい。
「おうヒカル!久しぶりだな!おまえ囲碁部に入ったんだって?」
「じいちゃん俺もいるよ」
「も久しぶりだな!夏期講習通ってたんだろ?頭よくなったか?」
庭から縁側にあがるヒカルに続いて、俺も柵を避けて庭に入る。頭よくなったか、と問われるほど、俺の成績は悪くはないが祖父はそんなことは知らないだろう。
「で、ヒカルはどうだ、少しはウデをあげたか」
「あげたから来たんだ。じーちゃん、オレが勝ったら、」
「千円か!いいぞいいぞ!待っとれよ!」
「千円じゃなくてさ、碁盤かってよ、碁石も」
「碁盤?なんだ、持っとらんのか」
靴を脱ぎながら、ヒカルと祖父のやりとりを聞く。ヒカルはどうやらおねだりに来たらしい。
互先で勝ったら足付きを買ってくれとまでねだったヒカルに、祖父は賞状やトロフィーを見せた。俺も何度か見せられたことがあるが、ヒカルも前に見たと言ってる。よく見てみると昭和35年と書いてあって随分前の栄光だということがうかがえる。
「互先で勝てたらこの碁盤をやってもイイ!」
「え〜お古ぅ〜」
「バカタレいい品だぞこれは!」
「そーいえばじーちゃん、蔵にあったあの碁盤は……」
「ああ、おまえがぶっ倒れた時のな……あれはダメだぞ」
「ダメ?……って、なんで?」
「烏帽子をかぶったオバケが出るって噂があってな」
俺は祖父のその言葉に、息を飲んだ。烏帽子を被った碁盤にゆかりのあるオバケに、覚えがある。
ヒカルが倒れたというのも、碁をやる様になったのも、霊が関係していたとしたらと考えると納得できる気もする。
ただしヒカルと祖父の碁を見ている限り、俺の知っている碁ではなかった。
でも、良いうち筋をしている。まだ祖父よりも弱くて、読みが甘くて、技量は足りていないけれど、才がある。
「ちぇーっだめじゃん、負けじゃん」
手を後ろについて文句を言っているが、祖父も俺もヒカルの上達ぶりには関心しきりだ。
「ヒカルすごいよ」
「ホント!?」
「うん」
「なあ次も打とうぜ」
碁盤を買ってやると言われて更に気を良くしたヒカルはニコニコ笑う。
「ワシに勝てないのにに挑んでどうするんだヒカル」
「あ、じいちゃんより強いってマジなんだ?」
祖父が席を立ったので俺はヒカルの正面に座った。ヒカルを見据えても、烏帽子の幽霊にまみえることはない。
「いくつか置く?」
「年下相手に置きたくねーよ」
「そう」
ヒカルらしい発言にぷっと笑ってしまった。
「碁盤の幽霊、ヒカルは見たことある?」
「は?」
打ちながら話しかけると、ヒカルの手が一瞬ぎこちなく止まった。
「だって、あの碁盤を見て倒れたんでしょ?何かあったんじゃないかと思って」
「なんもねーよ」
「ふうん……後であの碁盤見に行ってみよっと」
ぱち、と打つとヒカルははぁ?と声をあげた。何か変な手でも打っただろうかと俺も顔を上げてヒカルをみると、じっとりと睨まれる。
「ってそういうオカルトが好きなのか?」
「そうじゃないけど、碁盤に棲む幽霊には会ってみたい」
ぱちぱち、とヒカルとの応酬は続きながらも、碁盤の上での会話も進む。
「あわよくば、その霊と打ちたいな」
「霊と打つなんて、そんな」
へらりとヒカルは笑う。
「ヒカルにその霊が憑いてるのかと思った。だって急に囲碁を始めたし。それも、こんなに上達させたならきっと凄い霊だ。それともこれは、霊の手なのかな?」
「ち、ちげーよ!オレのジツリョクだ!」
「そう。本当に才がある」
「さい?」
「才能」
ヒカルはあまり動揺を見せないようにしてるけど、なんとなく、何かがあるような雰囲気がする。
ありえない、と馬鹿にするんじゃなくて、しっかりと自分の手だと否定したところは、あやしい。
確証はないけど、俺は楽しくて笑ってしまった。
「まあ、いいや。ヒカルがどんどん強くなって、俺の首を撥ねてくれるのを楽しみに待つね」
「趣味わりー!」
結局ヒカルは俺をけちょんけちょんには出来なかったけど、碁盤を買ってもらえることは決定してるのであまり不機嫌になることはなかった。
祖父とカタログで碁盤を選んでいる最中、俺は蔵の碁盤を見ていた。寒気がするわけでもなければ、ヒカルみたいに意識が遠のくわけでもない。
ヒカルに憑いてしまったからかな、と思いながら碁盤を指でなぞった。
カマをかけてみる。
Apr.2015