harujion

墨と彩

06

アキラは、ヒカルの初期の手やsaiの手が秀策と似ていることに気づいた。
ヒカルとの一局は古い定石で、saiとの一局は現代の定石。そして、その二つの影に隠れたある日の碁会所を思い出す。
やってきた少年は市河とこちらを見ながら話していて、アキラが視線をやると彼はのんびりと手を振った。飄々とした様子で、視線も話題もアキラに向けられているのに、興味の籠ったものは何一つなかった。

彼は古い秀策の定石を真似ていた。それから、堅実な運びをしているにも関わらず、甘い手には打ち込むこと無く撫でるようにかすめる。試す手にはほんの少しの切り込み。時折いたずらにアキラの首を狙うような手を打った。
まるで、碁盤の上で遊んでいるようだと、アキラは思った。

ヒカルの登場や自身のことで精一杯になって、少年のことを忘れていたアキラだったが、あの一局も当時のヒカルやsaiと奥底にあるものが似ていると気がついた。ただしsai本人なのかと思うほどではなく、関連性を見出す程度だ。
少年はあれ以来サロンに顔を出すことは無かった。彼は、アキラを見ていたいと言っていたから、きっとプロになった碁をどこかで見ているのだろう。けれどアキラは少年の碁も見たかった。彼の、楽しそうに遊ぶ碁に惹かれていた。

四月からプロとなり、同時に学年も上がった。ただし手合いのある日は学校には行けないためアキラは休みがちだった。
久方ぶりに登校した日、アキラは以前囲碁部で世話になった囲碁部顧問の尹に声をかけられ、廊下で足を止めた。
他愛ない話をしている最中、直ぐそばの教室から出て来た男子生徒がなにげなく二人の前を通って行った。アキラはその生徒を見て目を丸め、慌ただしく引き止めた。
「桑原くん!」
「へ?」
男子生徒、はアキラの顔を見て、素っ頓狂な声をあげた。尹も、アキラがこれほどまでに必死になるのは碁以外、また、ヒカル以外では見たことが無いため無言で驚いていた。
「アキラ……先輩」
は前と同じ調子で呼び捨てにしようとしたが、少し間を置いて繕った。
双方、まさかこんな所で再会するとは思っていなかった。そしてはひとつ、訂正した。
「桑原は……あのー、嘘です」
「え?」
「塔矢、彼は進藤だ」
「尹先生こんにちは」
尹がを知っていたのは、元は囲碁部員だったからだ。
ぺこりと礼儀正しく頭を下げたに、アキラはたじろぐ。
「あのとき、適当に名前書いたんです」
「進藤、何て書いたんだい」
「桑原輪三、だったかな……秀策の父の名です」
嘘をついても悪びれない態度はいかがなものかと尹は米神をおさえる。アキラも二の句が継げないでいた。ごめんなさいと謝っている割に表情が変わらないので怒った方がいいのかと、二人は期せずして同じことを考えた。
「そうだ、プロ入りおめでとうございます。応援してます」
引き止められたことも忘れて、は勝手に頭を下げて去って行った。
それを再び引き止めることもできず、アキラはの背中が遠ざかるのを呆然と見送ってしまった。また初めて会った日と同じことになったとショックを受けたが、がこの学校の生徒であることを知れたのは大きな収穫であったとも言えた。
「尹先生、彼の名前は進藤、と?」
「ああ、進藤、今年の一年生だ。元囲碁部員だったが一週間で辞めてしまった」
「え!?」
何故か分からずアキラは尹を見る。
「見てるだけの方が良い、といってね。勿体ないとは思ったが、根本的なものが抜けているから仕方ないとも言える」
は遊ぶような碁を打つ。それでも十分な戦力になる為構わないと尹は思ったが、当のが遊ぶ以前に見ているだけでも満足だというのなら、止めようが無かった。
「進藤は本因坊秀策のファンらしい」
もう既にの居ない廊下を見つめているアキラの隣で、尹は呟いた。
「葉瀬中の進藤くんもまた、似たような碁を打つと思ったが、あれは秀策に準じていたのかもしれないな」
精度は違えど似ている所がある為、尹もとヒカルに何か繋がりがあるのではと思っていた。また、苗字まで同じだということで更なる関連性を見出したというのにと尹は部活以外の関わりがなかった為に顔を合わせることがなかったのだ。

アキラは、昇降口の所で帰ろうとしているを見つけた。
「進藤くん」
「はい?」
人の気配がした筈なのに見向きもしなかったは、肩に手を置かれてようやくアキラを視界に入れた。
「これから一局打てないかな、時間ある?」
「良いですよ」
少し考えるそぶりを見せてから、はローファーを床に落としながら答えた。
「進藤くんって、囲碁はいつから?」
「物心ついたときからです」
アキラはヒカルと打つとき程の緊張はしていなくて、移動の道すがら、にいくつか質問をした。
「プロを目指したりは、」
「してませんね。そこまでの腕じゃないですし」
はのんびりと答える。
「俺は碁が好きですけど、打つよりも見てる方が好きなんですよね」
駅のホームの喧噪の中ではの声は静かすぎて、アキラは少し首を傾けて耳を寄せる。
「もちろん、打ってもらうのも好きだから、アキラ先輩と打てるのも嬉しいけど」
「そう」
「でも、なんで俺と?こてんぱんにしたじゃないですか」
今まで前を向いていたがふいにアキラを見たので、顔が近い。アキラは一瞬固まってしまったがは特に気にした風もなく、アキラの目を見つめていた。
「君の碁は不思議だ。あと、とある人に、少し似ているんだ」
「知り合い?」
「どうなんだろう……、よくわからなくて。だから、確かめたい」
「そうですか」
は表情も変えぬまま相槌を打って、深くは聞かなかった。

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意味も無く嘘をつく主人公です。ふわっふわしてます。
海王中にしたのはアキラ先輩(ハート)って呼ばせたかったからです。
July.2015