08
黒の学ランとセーラー服の制服を着た生徒が行き交う葉瀬中の敷地内を、海王中の制服を着た少年が歩いていた。部外者とはいえ中学校の制服を着た彼が学校内に入っても、目立ちはするが怪しまれることはなかった。
元々、あかりから囲碁部の部室が理科室であることを聞いていたので、理科室の場所を生徒に聞いて迷い無く足を進める。そして、そっと窓の桟に頬杖をついているというのに、中にいた部員たちは誰も気づかず集まって一つの盤面を見ていた。にとってあかり以外は見知らぬ生徒ばかりだったし、真剣に打っているようだから声が掛けづらくて、大柄な少女と態度の大きな少年が打ち合っているのを黙って見ていることにした。
金子と三谷の対局は三谷の勝利に終った。ふてぶてしい金子の態度に翻弄されている三谷は、戦績を付け出すあかりを止めるべく声をあげようとして、窓の桟の所に居たを視界に入れた。一瞬見逃しそうになってもう一度見直すと、も三谷のその様子に気がついて視線を合わせた。
「だれだよ、オマエ」
「あ、くん!」
びっくりした三谷に、あかりは顔を上げて振り向いた。するとは表情を少し和らげて手をひらひらと振る。他の囲碁部のメンバーは、突然の来訪に目を白黒させていた。
「藤崎さんの知り合い?海王中の子よね」
「うん!あのね、ヒカルのイトコなの」
「進藤のイトコ!?」
は飄々とした様子で、窓をよじのぼって理科室に入る。鞄と脱いだ靴を壁に立てかけて、手をぱんぱんと叩いてからようやく口を開いた。
「今日学校が早く終ったから、覗きに来てみたんだ」
「そうなんだ。まさか学校に来るとは思わなかったからびっくり」
「で、進藤のイトコが何の用なんだよ」
「覗きに来てみたって言ってたじゃないのよ」
気に食わない様子の三谷の悪態に、金子は冷静に突っ込みを入れる。はそんな不機嫌な三谷に嫌な顔をすることなかったが、不機嫌そうな三谷をまじまじと見つめてから、夏目と小池の顔も見る。ほとんど無表情のにそんな風に見られたので、三谷も夏目も小池もたじろいだ。
「人数、増えた?」
こてん、と首を傾げたに夏目と小池はほっとした。何か文句を付けられると思ったのだ。
「あ、うん、三谷くんが顔を出してくれたの!」
「よかったね、これで試合出られる」
「でねーよオレは」
「そう、残念」
の抑揚と勢いのない態度に、三谷は内心拍子抜けだった。
「本当にあの進藤のイトコ?随分大人しいわね」
「血縁全部がヒカルに似てるわけじゃ……」
ヒカルが普段からどれほど子供っぽいのか分かっているは、金子に困ったように笑った。あかりも常日頃から、はなぜこうも大人っぽいのかと、幼馴染みのヒカルと見比べてきたのだから、金子の言いたいことは分からないでも無い。
「ホント、くんってばヒカルの一つ下とは思えないもん」
「年下!?」
「じゃ、じゃあボクと同い年ですか?」
夏目と小池は、あかりの言葉に驚いて、をまじまじと見た。一年生と言われても遜色無い小柄な身体とあどけない顔をしていたが、物怖じしない態度にてっきり二年生だと思っていた。
「一年生は一人なんだ」
は同い年といった小池を見て、唇で弧を描く。
「あ、一年の小池です」
「一年の進藤です」
ペコ、と頭をさげた小池に倣って、も自己紹介をして会釈する。相対してみると、小池との身長はさほど変わらないし、細身の三谷よりも華奢なイメージがある。普段の態度だけで年上に見えるとは相当なものだと、小池は羨望の交じった目でを見た。
「で、碁は強いのかよ」
三谷は単刀直入にに問うが、どうだろうというぼんやりした返事しかかえってこない。
「つよいよ!ヒカルだってまだくんに勝てないってぼやいてたもん!」
「……し、進藤先輩って、院生の凄い強い人なんですよね?」
「その進藤が勝てないって、相当じゃないか……」
小池と夏目はあかりの言葉に愕然とするしかない。三谷でさえ、ずるりとこけそうになっていた。
「ヒカルに勝てるのは、ヒカルの手が読みやすいからであって、俺自体は院生程じゃないよ」
「で、でも、そうだとしても強いってことだよね?」
今まで口を開かなかった津田も少し興奮気味に問う。恥ずかしがっているのか、にではなくてあかりにだが。
としてはあかりに会いに来た程度で、帰りに祖父の家にでも行って打とうと思っていたのだが、流れでその日の部活動に参加することになってしまった。
教員に見つかることは無かった為、咎められる事態には陥らなかったが、としてはもう他校に押し掛けるのは辞めておこうと思った。
「あかり、後でじいちゃんち行く?」
「え、……いいの?」
帰りの支度をしているあかりに、は問う。今度指導してと頼まれていた為の提案だったが、部活中何度も部員と打たされていたに頼むのは忍びなかったあかりは遠慮がちに確かめた。
「あかりが疲れてないのなら」
「いく!ありがとう!」
は提案しておいて疲れたなど言う訳もなく、微笑んだ。ヒカルが懐いて頼っていた所為か、あかりもついに甘える癖がついていた。
その光景を見ていた同級生達は、どっちが年上なんだか、と呆れ半分に微笑ましい光景を眺めた。
三人称と主人公の一人称視点がさほど大差ないかもしれない。紛らわしかったらごめんなさい。
まったく初対面の人がいっぱい出て来ると主人公視点にすると、いちいち説明しなきゃならないんで横着しました。
July.2015