harujion

墨と彩

14

佐為に会えて、見つけて、言葉を交わして、ようやく面と向かって佐為と打てると思ったのに、ヒカルが暴走して因島まで行ってしまったり、ふらふらしている所為でまだ一局も打てていなかった。
佐為、佐為、って泣かせちゃったのは可哀相だったので、佐為と打たせてあげて、疲れたヒカルが眠るまで付き合った。
眠ったヒカルを起こさないように豆電球だけつけて、あとは月明かりを頼りに佐為と打つ。
向かい合って座った佐為を見て、新鮮な気持ちになる。俺に憑いていた時、佐為は俺の隣に座って石の場所を指示していて、俺は向かい側から考えて打っていたから。
扇子を立てて場所を示す方法は、ヒカルと打つようになってかららしい。
一局終えて満足した俺は、さすがに眠たくなったのでヒカルのベッドに潜り込んで眠って、ヒカルがおきるよりも先に起きて家に帰った。

あれからヒカルは寂しいながらも、一人で碁を打っているらしい。よく俺を呼び出して打ったり、愚痴をいったりしているけど、徐々に慣れて来てるようだ。
んちって碁盤ねーだろ?どうしてんの?」
「最近はネット碁」
「マジ?」
「うん、toraって名前」
「トラ?」
「とらじろう」
「ああ!なるほどな」
ヒカルの手合いが無い日の放課後、ヒカルの家で打ちながら雑談を交わす。ヒカルの家にパソコンはないからネット碁で対局はできないけど、面と向かって打って検討まで出来るのだから御の字だろう。
は打ち足りなくねーの?」
「俺は別に。時々佐為とヒカルと打てれば満足かなあ」
「昔から無欲でしたものね……」
佐為はぽそっと呟く。これはヒカルには聞こえないし、伝えるつもりも無い。ヒカルも俺が頻繁に打つタイプではないことを知っているので、お前がそれでいいなら良いけど、と苦笑した。


ネット碁で佐為を打たせるようになってから、時々チャットでメッセージが送られて来る。言葉は、英語か日本語が多い。ヨーロッパや中国や韓国籍の表示の人でも、簡単な英語を使う。検討だったり、また打ちましょうという簡単なメッセージとかが多く、俺も良い碁だったと佐為が喜んでいる場合は送ることがある。
ヒカルは文字を打つのが苦手だったようだし、ボロが出そうで嫌だと全部無視していたらしい。その点俺は文字も打てるし英語もわかるし、ボロを出す相手もいないし、取り繕うくらいは出来る。だが近頃、toraはsaiではないかという質問が多く寄せられるようになり、面倒くさい。
最初は俺が対局を申し込みする側だったのが、今ではログインしたらすぐに申し込みが殺到するようになった。
「佐為って人気者だよねえ」
「えへへ」
袖で口元隠して雅に笑うふりして、へらっとした顔をしているのはお見通しである。
時々身辺調査みたいな質問が来るけど、答えたのは、日本人である事、プロではないこと、男であることくらいだ。ヒカルがちょっと疑われていた時期もあるが、今では完全に別人なので問題ない。
「佐為はプロになりたい?」
「私は、今のままで良いです」
ヒカルも俺がさほど打ちたがらないのを知っているからこそ、佐為にもっと打たせて、プロになれば楽な生活出来ると誘いをかけてくる。ただし、俺がプロになったら、ヒカルとは滅多に打てなくなるというと、ぐっと押し黙っていた。
「私の今の願いは、ヒカルやの傍に居ることなのです」
「そう」
佐為は慈しむような眼差しでそう言ったので、俺は少し照れつつも、それを出さないようにして頷いた。
プロになることを俺も佐為も望んでいない。なら、やっぱりプロにならなくてもいいと思った。

土曜には海王中で囲碁大会があるらしいので、あかりに誘われていたヒカルと一緒に向かった。そもそも俺の学校だから出入りは自由だけど。
囲碁部には一瞬だけしか在籍してないのでさほど顔も知られてないだろうし、そもそも気にしていないので堂々と海王中の対局を眺めた。ヒカルはあかりたちの碁を見ているので、俺もそっちに向かう。ヒカルと合流したとき、室内に居た尹先生が俺たちを見てぽかんとしていた。
「———進藤君」
君付けで呼ぶから、ヒカルの方に驚いているんだろう。それから俺と見比べてる様子があったので、俺は会釈する。
ヒカルは一年生の頃大会に出ていたから、顔見知りなのだと思う。
手合い中に話しかける訳にも行かず、俺とヒカルは結果を見ないでおいとました。全部見守ろうと佐為と俺も言ったんだけど、ヒカル曰く勝敗はあかりが教えてくれるから良い、とか。勝敗が気になってるわけじゃないのに。
「ヒカルぅ、何で見て行かないんですか!」
「あかりが可哀相だよ」
俺と、聞こえないだろう佐為で引き止めたけど、ヒカルはずんずん歩いて学校を出て行った。
「見てたらオレも打ちたくなった!碁会所でもいいから行こうぜ」
「えー」
尹先生は何か言いたげだったけど、週明けに学校で挨拶すればいいか。

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隠居を開始しているしょたおじじ。
Oct.2015