harujion

墨と彩

15

夏休みがあけて涼しくなって、制服はすっかり冬服に戻ったころ、ヒカルとアキラの手合いが決まった。
もうヒカルのもとに佐為は居ないが、伊角との一局で自分の碁の中に佐為が居ると認識してから、その碁を極めていきたいと思うようになった。それに、と佐為はずっとヒカルを見ていてくれると言っていた。なら、ヒカルは立って進んでいかねばならない。
二人には、ずっと自分を見ていて欲しかった。

アキラには、ヒカルの中には二人居ると言いあてられた。
いつしか、伊角との手合わせ後にが言っていた言葉を思い出す。
———『打った相手がみんな自分の中にいるから、強くなるんだよ』
自分の碁の中に佐為がいるのは、当然のことだった。そして、もいて、和谷もいて、伊角もいる。もちろん、アキラだってヒカルの碁の中にいる。
いつか話すかもな、と零せば実直なアキラは今すぐに話せと食いついてきた。

その後もなんだかんだアキラの居る囲碁サロンに顔を出しては二人で碁を打つ日が増えた。その傍らと佐為とも打っているので、ヒカルは大層恵まれていると心の中で思う。
この日はもヒカルと一緒に囲碁サロンに顔をだしていた。
「あら、進藤くん……ってふたりともそうだったわね」
はどうやらよくアキラと打っていて顔見知りようだし、ヒカルは最近よく来ているから、受付嬢の市河は戸惑ったように二人の顔を見比べた。
「いとこなんです」
「まあ、そうだったの。アキラくんなら」
「進藤!——二人もいるから紛らわしいな」
と市河が話しているところに、アキラはやって来た。
「じゃあコイツはでいいよ」
「……君が決めることじゃないんじゃないか?普通」
ヒカルはを指差して言うが、アキラは本人の了承無しに下の名前で呼ぶような真似は出来ずにヒカルを咎める。
「ん?いーですよべつに」
しかしすぐさまがけろっとした様子で答えたので、ヒカルは得意気に笑い、アキラは頷かざるを得なかった。

二人が対局しているのをはじっと眺めていることが多い。普段大喜びしたりしないが楽しそうに見ているのが、アキラとヒカルは少し嬉しくて気張る。
検討の際にはあまり口を出さなかったが、ヒカルが急にに意見を求めた。アキラとしても、の事を侮っている訳ではないので、新鮮な意見はないかと待った。
、どう思う!?」
「聞かせてくれ」
「俺が?プロ二人に?もの申すの?この場で?」
二人は意見を求めて来てはいるが、囲碁サロンの客人からしてみれば、プロに子供が戯言を申し上げるような光景にしか見えない。それを分かっているは苦い顔をしている。しかし二人の勢いに負けて、はほんの少し指摘するだけして、あとはまた黙る。アキラとヒカルが二人で話し始めると、こっそりと立ち上がって違う席に行ってしまった。
やげて二人の口喧嘩が始まったが、は全く我関せずで、ヒカルが帰るぞと首根っこを掴むまでちらりとも視線をよこさなかった。




ヒカルは和谷の下宿先に来て、伊角や本田たちと碁の勉強をしていた。
「そういや最近、ネット碁に強い奴があらわれたって、知ってるか?」
一人が何気なく零したことにより、ネット碁の話題になった。saiではないのか、いやちがう、などの問答を経て行き着いた先には、のハンドルネーム、toraがいた。
「とらぁ?」
「そう、saiと滅茶苦茶打ち方が似てるんだよ」
ヒカルはやっぱりな、と思いながら極力口を開かないようにつとめる。
「似てるなら、じゃあ本人が名前変えただけか?」
「さあな。saiとちがってチャットには時々答えてくれるらしいんだけど、簡単な質問とか検討くらいでさ。saiなのか聞いても答えはないって」
「よく知ってるなあ、そんなとこまで」
「情報収集のための掲示板が出来てるんだよ、今じゃ」
「うわ〜」
ヒカルはが検討に応じている事は知らなかった。しかし佐為自身は色々な人と検討をしたがるタイプだったので、納得は行く。
「でもsai程強いなら、オレも打ちたいな」
「オレも打ってみたい」
和谷に続き、伊角が頷く。と佐為は喜ぶだろうなと、ヒカルは二人に思いをはせた。
「あっ!丁度居る、toraだ!」
「申し込んでみよう」
「誰が打つ?」
「オレのアカウントだからオレだろ!」
が在中していると知って、ヒカルは何故だか肝を冷すが、いや、はボロは出さないだろう…と平静を装う。
和谷がパソコンの前に陣取って対局申し込みをすると、toraはあっさりと受けてくれた。



toraと和谷の対局後、toraは自分から『またやりましょう』とメッセージを送って来た。toraからメッセージが送られてくる事は稀だという噂と、純粋な喜びに和谷は嬉しそうに返事をしていた。結局話が続くことはなく、toraはログアウトしてしまったが、ヒカルはそれだけでもドキドキしていた。
「もー!オレ凄いハラハラしたんだかんな!」
「なんでよ」

家に帰るまえにの家に寄って、宿題をやっているの後ろでベッドに倒れ込み、自分がいかに不安だったかを訴えた。
「和谷って人なんでしょ?佐為が覚えてた。俺も二回くらい会った事ある」
「げ、ますますあぶねーじゃん」
「対面しても碁の話にはならないよ、俺とじゃ」
「そーだけどさ」
「また打ちたいって言っておいて」
「言えるか!」
けろっとした顔で宣うに、ヒカルは突っ込みを入れた。
「つうかさ、検討とかしてんの?お前ら」
「うん」
「英語にも対応してるって聞いたんだけど」
「してる」
「マジぃ!?英語わかんの!?」
「わかる」
「英語と日本語以外はどうしてんの?」
「滅多に来ないけど、分かる時は返してる……掲示板情報?」
「そう。お前滅茶苦茶有名になってるから、気をつけろよな」
「家にパソコンあるんだからハッキングされるか言わない限りバレないよ」
軽い感じで言うだが、実際ものすごく嘘が上手いことを知っているヒカルは、まあ大丈夫かと納得する事にした。

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BLだと、ライバル同士でコイツの下の名前を気安く呼ぶなよなっていうバトルが始まるんですけど、これは一応BLじゃないのと、ヒカルはそれよりもアキラに自分が下の名前で呼ばれるのがうげっきもちわり〜とか思っていそう。
Oct.2015