harujion

墨と彩

卯の花とみかづき 02

十年以上一人で昼食をとっていた零だが、高校に入って仲間が出来た。———クラス担任である。
そのことを、どことなく切なく思い、決して自慢できないどころか、ますます自分が寂しい人間になって行くと感じた零は一緒に昼食を食べる仲の友人としては担任を認めていない。もちろん、教師と生徒であるので友人ではないが。
その歴史にようやく終止符を打ったのは、クラスメイトである一人の少年だった。
自分の無造作で癖のついたものとは違う、さらさらして艶やかな黒髪をした彼は丸みおびた黒い瞳で、臆すること無く零を見ている。
小首を傾げ、隣に座っても良いかと聞かれた時はついどうしてと言いかけ、なんとか肯定して席を空けた。
クラスメイトだったことも後ろの席だったことも彼の名前も、何も知らなかった零はそれを全て見透かしながらも隣に座った彼がとても眩しく見えた。
ただクラスメイトという認識の自分が居たから隣に座っただけだと説明しただったが、その前に彼の友人である誰かと零の話をしていたり、気にかけていたということはすぐに分かったので、零は少しくすぐったく思った。
将棋のゲームをやっていて留年したのかと噂をされているのを聞いてしまった後では、のストレートな態度に救われる。
「去年何組だった?」
「あ、3組」
「じゃあ見たことないや。俺7組だったもん」
「合同とかないね」
「うん。3組って担任だれだった?」
「林田先生……知ってる?」
「あー知らないや。俺はね、篠原先生。まあ知らないか」
互いに去年の担任については知らないようで、苦笑し合う。
けれどはそういえばと口を開く。
「この間一緒に居た先生が、林田先生?」
「多分そう……」
昼休みに屋上に行こうとした時、と状況を説明されて間違いなく一人ぼっちで昼食をとっていた零を時々気にかけてくれる元担任がやって来たときだろうと察して、少しだけ切なくなった。
「仲良くて良いね。俺はクラスかわってから篠原先生に会ってない気がする」
「学校、広いからね。あと、僕は結構問題児っていうか……出席日数足りなかったりしてて、凄くお世話になってたからだと思う」
零はとっくに食べ終えたけれど、がまだ食べていたし、話を振ってくれるのでまだ座っていた。
「ああ、そういう」
「あと先生、将棋が好きだから」
「桐山も将棋が好きなんだ?」
あまりにも情けなかったので、少しだけ弁解をするように将棋の話をすると、は緩く笑った。
独特な雰囲気を持っている人だと零は思った。表情が乏しい中にも彩があって、ほのかに薫る甘い雰囲気はいたいけな容姿か、それとも言葉回しか声がそうさせるのか。とにかく零はと話すのが楽しいかもしれないと思った。特に盛り上がる内容でもなかったのに。
「うん、将棋が……好き」
将棋のゲームをやり過ぎて、留年したという噂をは知らないのかもしれない。知っていて触れないでいてくれるのかもしれない。わからなかったが、は決して馬鹿にするような態度ではなかった。
「将棋のルールってチェスと似てるって聞いたんだけど、本当?」
「え、……どうなんだろう、チェスのルールが分からないから」
「そう」
「ていうか、進藤くんチェスやるの?」
「ん?うん。ボードゲームは結構好きで……囲碁とかも」
「———意外だ」
言ってから、自分の発言が偏見だったことを自覚して口を噤む。散々、将棋って老人がやるゲームではないのかと言われて来たのに。
「人のこと言えないだろ」
「わー!ごめんなさい!」
ばしんと背中を叩かれて、慌てながら謝ると、は笑ってくれた。
「こ、こんど、チェスのルール教えてくれないかな、それで、僕が将棋のルールを教える」
「それ良いね。ついでに囲碁のルールも覚えてよ」
「ははは……」
放課後将棋科クラブという部活で、放課後やっているから遊びに来てと零は誘ってみた。

昼食を食べ終えて、静かに午後の授業をしていると、わくわくしていた気持ちがどんどん落ち着いて行く。
放課後また明日と言い合えたならまだしも、は偶然にも担任に呼ばれて行ってしまい、挨拶も出来ずに帰宅して、とうとう零はもしかして昼のことは夢だったのかもしれないと思えて来た。普通に自分が部活をやっていることにも驚いたけれど、あんな風に会話を楽しみながら学校で昼食をとったことはなかった。
現実だったとしても、あれは一度きり、彼とメールをしていた友人が気を効かせて譲ってくれただけでまた一人で食べるような気がしたし、部活に来てというのもよく考えてみれば社交辞令だと思われても仕方が無い。零自身も、言われても行こうと思わなかっただろう。
けれど、は次の日の昼食も零の所にやってきた。
前後の席だというのに自分から声をかけられなくて、授業が終わるなりすぐに教室から出て行った後ろめたさがあったのだが、はそれを一切咎めなかった。
「将科部って、活動日は?」
「へ?」
「遊びに行って良いんじゃないの?」
「あ!……良いの?」
「駄目なの?」
「いや、良い!良いんだ!今日もやってるけど……」
小首を傾げたに、零は慌てて弁解する。
自分の言っていることが支離滅裂な自覚はあった。
「じゃあ、今日行くね」
「うん」

その日の放課後、を連れて来た零は、林田にものすごく感動された。
「進藤ォ、桐山を、桐山を頼むな!?」
「やめてください、やめてください!」
三年の野口も優しい目で見て、うんうんと頷いていた。

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さっぱりとしたお友達関係を築けたらいいなと思います。
Jan.2016