01
「」
朝ご飯を食べ終え、ぼうっとしていた俺に降り注ぐ兄の声。
「なにぼうっとしてるの」
「あ、うん」
不機嫌そうな声と顔が、俺に向けられていた。ソファに置いてあったランドセルを手に持っていて、俺に無言で渡して来る。学校に行くという意思表示なのはすぐにわかった。
俺は小学校、兄は中学校への登校だというのに、毎朝一緒に家を出る決まりになっているのだ。
兄、恭弥はふてぶてしい奴だった。人と群れるのが嫌いだと言っているあたり分かっていたが、一匹狼タイプで、我儘。八年間一緒に暮らして来て、未だに恭弥が何をしたいのかはあんまり分からない。
恭弥は数年ほど前、自分の住む町を制圧にとりかかり、今ではすっかり牛耳っている。中学三年生らしいが本当の年齢は定かではない。
「なに?」
ヘルメットをいつまでも装着せずにいる俺をじろりと見下ろした恭弥。視線から逃れるように、俺はヘルメットをすっぽりと被る。律儀に子供サイズのフルフェイスだ。ちなみに恭弥は、煩わしいのか格好つけたいのか知らないけど、いつでもノーヘルである。
「なんでもないよ」
そう言いながら万歳をすると、恭弥の腕が伸びて来て持ち上げられる。さして興味がないのかそれ以上言及してくることはなく、俺を乗せた後恭弥もバイクに跨がった。いつも通り背中にしがみつくとバイクは発進した。
恭弥は前の兄、アラウディに似ていた。顔立ちとか、そっけないところとか、群れを嫌うのとか。
ただしアラウディよりは子供っぽくて我儘が目立つ。それは場数やら年期の違いかもしれない。
アラウディは元々国の諜報員をしていて、弟の俺も兄と同じ道をたどり諜報員となった。いつの間にかマフィアとも繋がりを持っていた兄と、よくペアを組んで潜入に行ったり、サポートをしていた俺は芋づる式にマフィアと微かな繋がりを持ってしまった。もちろん兄のように守護者や門外顧問をやりはしなかったけど。
ファミリーが危機的状況に陥った時に率先して駆けつけて、問題を駆除する様は恭弥以上に仲間意識を持っている気がする。これから恭弥ももうちょっと丸くなると良いなあ、なんて考えながら流れ行く並盛を見送った。
小学校の校門前にバイクは停車した。生徒の登校はもう少し後だから無人だ。
降りるときはジャンプするだけなので恭弥の手は借りず、ヘルメットを渡してから地面に着地する。
「仕事、しっかりね」
そういって恭弥は俺の返事も待たず中学校へ行ってしまった。
俺の仕事というのは、並盛小学校の風紀委員だ。お前はどんだけ隅々まで掌握したいのかと問いたいが、若い世代から育成していくことに意味があるとか言われた上に、基本的に俺は兄に勝てないので風紀委員というポジションにいる。ただし恭弥のように群れたら噛み殺すなんてことはしない。子供達は群れていないと逆に危険だ。縦割り登校と、低学年のみの集団下校を撤廃しろと言った恭弥に俺はなんとか食い下がった記憶がある。思えばあれが初めて恭弥に俺の反論を聞き入れてもらった瞬間のような気がする。
学校が終わると並盛中へ行かなければならない俺は、放課後の掃除は免除してもらっている。これも一種の恐怖政治だなと思いながら、ランドセルに荷物を押し込んで溜め息と同時に背負い込む。
中学校と小学校は歩いて五分程の距離にある為、すぐに到着した。今年の春から何度か学校に来ているため慣れたものである。
数日前に、恭弥は部屋割り変更で応接室をもぎ取る予定だと言っていた。そして会議は今日の筈なので、もう応接室は恭弥のものなのだろう。ところが、応接室へ行くと工事中になっていた。爆発したような壊れ具合と焼け跡に、顔をしかめる。
「ああ、来てたのかい」
「これ」
おまけに首を傾げていた所で、いつの間にか俺の後ろに立っていた恭弥から声をかけられた。いったい何があったのだろうと思い言葉短く尋ねれば、面白い事があったんだと機嫌が良さそうに笑った。
「あの赤ん坊、また会いたいな」
「……可愛いかったの?」
それ以外に思い当たる節が無いし、爆発跡とはなにも関連性を見出せない。深くを語ってくれない恭弥に、自分の興味を抹消した方が早そうだと見切りを付けてふーんと返事をするに留めた。
「ねえ」
「ん?」
「赤ん坊の事調べてよ。君、調べもの得意だったよね」
「は?」
応接室が使えないため別室に場所をうつして仕事をしていたら、恭弥はあっさりと話を蒸し返した。そして無理難題を押し付けて来る。俺は何の事だか全く理解できていない。
「赤ちゃんの名前は?」
「知らない」
「……何処に居たの」
「応接室」
草食動物を噛み殺している時に邪魔をして来たんだ、というから俺は耳を疑う。喋って、恭弥の攻撃を受けてもびくともせず爆発させて消えたという。
「この生徒達と一緒にいたから。あとはよろしく」
ぱさりと渡されたのは三人分の資料だ。沢田綱吉、山本武、獄寺隼人の名前と顔写真が乗ってる。沢田は少しだけど一世、山本は雨月、獄寺はGの面影がある。まさかここまで似ている連中が揃っているとは、生まれ変わりでもしているのかと聞きたくなる。もちろん口には出さないけれど。
俺が書類を見ている最中、恭弥は大きなあくびをしてから草壁に声を掛け、草壁は一言だけでわかったように部屋を出て行った。
正直、この手の対象にハッキングなんかしたくない。俺の今持っているコンピュータのスペックは低いし、存在も身近すぎる。最低限だけコンピュータに頼って、あとは足と目で調べるしかなさそうだ。
「」
「ん」
三人の名前と顔は勿論、クラスや住所等のプロフィールは大体頭に入れたので書類をテーブルの上に置いて、呼びかけた恭弥を見上げた。隣には既に草壁が戻って来ており、紙袋を携えている。
「さんの制服です」
草壁から差し出された紙袋と言葉に、俺は首を傾げる。
「?」
「着て」
おずおずと受け取りながら、恭弥を見るとそう言った。中には学ランのジャケットと風紀委員の腕章が入っている。俺の私服はいつも恭弥チョイスでワイシャツとスラックス、時々ネクタイがつくくらいの堅苦しいかつ面白味のない格好だったが、それが悪化したらしい。
新品の匂いかと思いきや律儀に一度洗濯されたような香りがするジャケットを、渋々その場で羽織る。腕に腕章をつけてから恭弥に向き合うと、満足そうに笑った。
「いいね。次からその格好で来るように」
学ランドセルしょた。
Mar.2015