harujion

いとしのヴァニーリア

03

風紀委員は町のやくざさえ牛耳っていたので桃巨会の騒ぎと壊滅の報告はしっかりと俺たちに上がって来た。恭弥は何も言わなかったが、おそらくリボーンたちの仕業だろう。
わざわざ調べる程の事でもないかな、と思い俺もその件は頭の隅に追いやって、恭弥が風邪をこじらせて入院した並盛中央病院にお見舞いにやって来た。
看護婦や医師達は俺の顔も知っている為受付に顔を出せばすぐに病室を教えてくれた。
廊下を歩いていると、なんだか患者たちがざわついているので中心部を探す。ふと目に付いたのは、外国人のスーツ集団。ぞろぞろと歩く姿に思わず目を剥いた。先頭には金髪の青年が居て彼単体ではそうでもないが他の連中のマフィア臭がすごい。
関わらないでおこうと思い背を向けたのだが、小さい俺を見逃していたらしい先頭の青年は通り過ぎる際に俺の背中にとすんとぶつかった。
「うあ」
小柄なのであっさり地面にすっ転んだ。
「だっ、大丈夫か!?わりーな、ちっこくて見えてなかった!」
ちっこいと言われてもどうせ小学生だし嫌な気分はしないのだが、愛想笑いをしてやる気にはならない。しかし律儀に手を伸ばして来たので掴まって立つことにした。
「おいおい、何やってんだよボス〜。わりーな坊主、これでおやつでも買えや」
近くに居た中年男性が青年を茶化したあと、彼は俺に千円札を握らせた。
「悪い人みたい」
「あっはっはっは、この坊主肝が据わってるぜボス」
「お前ら子供に絡むなよ」
ばしばしと肩を叩かれてその度に身体がぐらぐら揺れる。青年は困ったような呆れたような顔をして部下と思われるスーツ集団を嗜めた。
「悪かったなホント。じゃーな、坊主」
青年は俺の頭をわしわしと撫でて、部下達を引き連れて病院を去って行った。掌には新品の千円札が残ったので、ありがたく貰っておく事にしようとポケットに突っ込んだ。

「遅いよ」
病室へ行くと恭弥がむっすりと口を結んで佇んでいた。その足元には人。たった今ストレス発散していたというのに表情は全然すっきりしてない。どんだけ退屈してるんだこの人は。
そもそも、遅いなんて言われても時間指定をされていないので俺は悪くないと思う。暇つぶし用の本と着替えとおやつを持って来たというのに労いが一切無い。かといって小言を零せば面倒な流れになりそうなので、反論せずに荷物を鞄から出した。
「着替え入れとく」
「うん」
文庫本をサイドテーブルに置けば、恭弥は無言でそれをぱらぱら捲り出す。その間に俺は着替えを備え付けの引き出しに突っ込んだ。それからおやつの苺大福をひとつ食べていると、病室に人がやって来た。まさかまだ変なゲームを続けるのかと思いながら、やってきた憐れな子羊に目を向けた。
「やあ」
「ヒバリさん!!」
子羊もとい、沢田はオーバーにリアクションしてたじろいだ。
「こんにちは」
「うそー!?え?なんで病院に!!!あと誰ー!?」
律儀に俺も挨拶をしたが、沢田はやっぱり俺の事は知らない。前会った時はヘルメットしたままだったし仕方が無い。
「弟のです」
「風邪をこじらせてね。退屈しのぎにゲームをしてたんだがみんな弱くて……」
「んなー!!!」
俺のことは脇に追いやって恭弥は沢田にゲーム参加を促した。可哀相に。
焦って自分はもう良くなったから退院すると言い出した沢田を止めたのは、院長だった。病院は既に恭弥のものになっているので沢田の願いは悉く却下だ。
「じゃあ俺帰るね。ばいばい」
沢田を残し、恭弥に何かを言われる前に素早く院長と一緒に病室を出た。
病院を出た時、頭上で何かが爆発して轟音に耳を塞ぐ。眩しくて見上げる事は出来なくて、破片が落ちてくるかは分からないので、取り敢えず走って逃げた。



せっかくの臨時収入が入ったので、コーヒーでも買って帰ろう思い町を歩いていると、先ほど会ったスーツ集団の一部と思われる人物が町を歩いていた。三人に減ってはいたが、外人で体格の良い男達はすぐ目に付く。
ボスと呼ばれていた青年は居ないから、別行動中なのだろう。
集団の傍を通り抜けて行く時に聞こえた、彼らが話してた言語がイタリア語で、ますますマフィアらしく感じた。
前はイタリアンマフィアとつるんでいた俺はもちろんイタリア語も分かる。諜報員だったため、潜入して情報を収集することもあるので、ヨーロッパ諸国、ロシア、アジアの言語は勉強した。今ではほとんど喋っていないからこの口で喋ると舌ったらずかもしれないが、言葉を知っている為、耳はたやすく彼らの話の一部を聞き取った。
男達の会話内容は『はぐれちまった』だった。

それから数分後、カフェに入った俺の前に並んでいる人物に、俺は見覚えがあった。なにせ、先ほど俺にぶつかった金髪の青年だったのだ。はぐれて探されている人物はおそらく彼なのだろう。注文をする後ろ姿をじっと見つめた。
言語に不自由している様子は無いし、コーヒーを買ってからどうせ部下と合流するなり、帰るなりする。わざわざ声をかける必要はないと思った。
しかし関わらないつもりだった俺は、彼が地面に硬貨をばらまいてしまったのを見て、仕方ないなあと思いながら硬貨を拾うためにしゃがんだ。
俺の様子にあっと声をあげて、勢い良くしゃがんで来た青年の頭が思い切り俺の頭にごちんとぶつかった。衝撃に目眩がして、尻餅をついてしまう。 「いっ〜〜……!」
「って〜!わり、大丈夫か!?」
青年は必死で謝りながら俺の顔を覗き込む。
反射的に涙が出て来たし、理不尽な痛みと呆れにじろりと睨みつける。しかし本気で反省はしているようなので責められずに大丈夫と答えた。
「もしかしてお前、さっき病院でぶつかっちまった子供か?」
「うん」
俺自身は硬貨を手早く拾っているのだが、青年はもたもたしている上に、上手く硬貨を掴めなくて爪でひっかいている。
店員の女性はカウンター越しなので小銭を拾うのを手伝えず、手持ち無沙汰に苦笑しながら俺たちを見守っている。
俺以外に会計を待っている客は居ないがこれでは埒があかないため、硬貨と格闘し続けている青年をおいて立ち上がる。
「もう、」
「?」
「拾ってて」
「おう、悪かったな」
きょとんと俺を見上げた青年に、床に落ちた硬貨を指差して答える。すると、彼は笑った。俺が先に会計を済ませても構わないと思っているようだ。
店員も俺を咎める事無く俺の注文を聞き入れ、会計の値段を言う。
「これも」
俺と青年の二つのコーヒーカップがカウンターにのっているので、青年の方も指でつつきながら口を開いた。店員はきょとんとしてから躊躇いがちにレジを打ったが、足元に居た本人は慌てて顔を上げる。
「いや、子供に払わせらんねーって」
「お金ならさっき貰ったよ」
青年を尻目に、千円札をキャッシュトレイに乗せた。


俺が支払いを終わっても青年は硬貨を拾いきれていなかった。拾ったそばからこぼすの繰り返しだ。
あまりの駄目っぷりに、思い切り呆れて溜め息を零す。
「う、わ、わるい」
情けない顔をしている青年に、俺はコーヒーを二つぐっと押し付ける。
「持って、ここで、立ってて。動くな」
「いや、そんな」
「Silenzio!」
黙れとイタリア語で言うと、彼はぴっと姿勢を正した。
その隙に、素早くしゃがんで硬貨をかき集めて、彼の財布に全て入れた。これでもう大丈夫。そして、俺の分のコーヒーだけ彼の腕から毟りとり、あいた手に財布を押し付けた。
「Grazie!」
輝かしい笑顔でお礼を言って、財布をしまおうとする青年の、コーヒーを持っている手を反射的に掴む。
「お願いだから零さないでよね」
「なっ、そうやすやすと零さねーって!」
自分のドジの連続に全然堪えてないようで、心外だみたいな顔をしてる。自覚がないのはタチが悪い、というのをひしひしと感じながら、財布がポケットの中に仕舞われるのを見守った。
「じゃあね」
「あ、おい待ってくれよ!」
コーヒー買うだけにこんなに疲れたのは初めてだ。溜め息をつきながら彼を置いて店を出た。
しかし青年は慌てて俺を追って来る。気づかないふりをしようと歩くが、後ろでべしゃり、という音がした。
恐る恐る後ろを振り向くと、青年は転んでいて、コーヒーも彼とお揃いでひっくり返っている。
「自分の足につまずいちまった!」
照れながら立ち上がろうとする様子を、呆れつつ見下ろした。
そんな彼の頭にプラスチックのカップの底を軽くぶつける。そして、その衝撃に顔をあげた青年にコーヒーを受け取らせた。
「?」
「あげる」
しっしっとあしらうように手を振って、青年がひっくり返したコーヒーカップを拾う。地面にコーヒーが零れているが、コンクリートなので放っておいても良いだろう。そのまま店内に戻りゴミ箱にカップを捨てた。もう一度コーヒーを買おうかとも思ったがそんな気分ではなくなったので店から出た。


青年はまだ店の前で待っていた。
もう関わりたくないというのが本音なのだけど。
「本当に悪かった!」
必死に謝る青年を見ながら、俺はどうやったら彼を上手くあしらえるのか考えていた。
「コーヒー買って来なかったのか?俺が奢るぜ」
「いい……なんかもう……コーヒー飲みたい気分じゃなくなったから」
「そうか?じゃあクレープでも買ってやろうか、さっきそこに屋台が」
「なんもしなくていいから、早く保護者と合流しなよ」
「保護者?」
青年はきょとんとしながら爆笑した。あいつらは俺の部下だぜと、言いながらひいひい笑っている。いや分かっていたけどあれは部下半分保護者半分だと俺は思う。この駄目っぷり、誰かがついていてやらないといけないだろう。

「俺はディーノっていうんだ。お前は?」

動かすと碌な事が無いので近くのベンチに座りながらディーノの話に付き合った。
彼がコーヒーを飲み干すまではここにいよう。そうじゃないと次はきっと自分の服にぶっかける。
「イタリア人か?顔はジャポネーゼだが」
「日本人だよ。イタリア語はちょっとだけ」
俺の名前にディーノは首をかしげた。こんな名前だが、俺の肉体は日本人である。
「ディーノの部下とさっきすれ違った時、イタリア語を喋ってたから」
「なるほどな、なんかすげー偶然だな!」
俺がさっきイタリア語で返したから、ディーノは不思議だったのだろう。納得したのか、笑いながら俺の背中をばしばしと叩いた。

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ディーノさんのドジに振り回される主人公。
Mar.2015