harujion

いとしのヴァニーリア

06

風紀委員の仕事がたまっているので土日も学校に行っているのだが、土曜日の夜から朝にかけて雪が降ったらしく、朝カーテンを開けた俺の目に雪景色が映った。
もう一度ベッドに戻り自分の温もりの残る掛け布団にくるまっていると、恭弥がノックも無しに部屋に入って来た。
奴はすっかりワイシャツにスラックス姿だ。カーディガンすら着てないとは恐れ入る。
「いつまで寝てるの」
「うー」
返事がわりに唸ると、布団をはぎ取られて、パジャマを捲られた。
「ひっ、さむ……」
背中がぺろんと出たので冷気があたる。
「五分で降りて来なかったら噛み殺す」
俺のタンスからシャツとスラックスを出して顔に投げつけ、恭弥はあっさり部屋を出て行った。
ドアがパタンと閉まった途端、俺は飛び起きて、寒さに耐えながらひんやりとしたワイシャツに着替えるのだった。

「遅いよ。あと寝癖」
「ああ……うん」
遅いと言われても五分はかからずに降りて来たのだが、恭弥はリビングで足を組んで座ったまま俺をねめ付けた。寝癖を指摘されたので頭に手を置いて適当に掻き混ぜると、呆れたような視線がつきささる。
「とりあえずご飯食べる」
「……」
恭弥の視線から逃げるように、椅子に座って家政婦が既に用意してくれていた朝食に手を付けた。すでに食べ終えているらしい恭弥は目の前の席に座ったまま肘をついて俺が食事をとるのを観察している。早く食べろってことなのだろうか。俺はちらりと恭弥を見てから食パンをもりもりほおばった。
まだ全て飲み込んではいなかったが、皿を手にとって卵焼きにかぶりつき、サラダを口の中にかきいれる。

「?」
口の周りについたドレッシングをぺろりと舐めてから顔を上げると恭弥が眉を顰めていた。
急げオーラに耐えきれずに慌てて食べていたが、行儀が悪いと恭弥の制裁があるのだ。
しかし、口を開いたら更に怒られそうだったので、とりあえず見つめ返したまま、そろりと皿をテーブルに戻して大人しく咀嚼を続ける。
「外でそんな食べ方したら駄目だよ」
家の中だから、珍しく許してくれるらしい。溜め息を混じりに言われた言葉に軽く頷いた。
制裁を覚悟していたのだけど、ほっと胸を撫で下ろす。

俺が食べ終えると恭弥は無言で立ち上がりリビングを出て行った。俺は急いで食器を流しにおき、洗面所で髪の毛を直して、部屋に戻って防寒具を掴んで玄関に居る恭弥の元へかけ寄った。ちんたら歩いていると容赦なくアイアンクローされるのだ。痛いのは嫌だ。
そして玄関で、コートを着てマフラーを巻き、イヤーマフを装着した後、手袋をはめる。
「厚着すぎない?」
「え?妥当でしょ?」
学ランを羽織るだけの恭弥を見上げた。恭弥は薄着すぎる。
そうやって格好つけるから風邪をこじらせるんだと思ったが言わないでおくことにした。
「まあいいけど」
さすがに脱げとは言われずあっさり会話は終了し、俺はローファーに足を差し入れとんとんと爪先で地面を蹴って整えた。
玄関の扉を開けると冷気が身体を貫き、頬がちくりと痛む。
「寒い……」
「……僕より脂肪あるくせに」
「小学生と体脂肪率競わないで」

雪の多く残る道路は走りづらいため今日は徒歩で行くらしい。
一応俺の歩幅を考えているらしくゆっくりめだ。
「ぅ!」
不意に、つるりと足を滑らせて、思い切り転んだ。
「どんくさい子」
「った〜」
凍った地面は仕方ないのだ。子供の足だから仕方ないのだ。寝起きだから、仕方ないのだ。
恭弥は俺のコートの背中部分をぐっと引っ張って、いとも簡単に起き上がらせた。そして俺はその手をぎゅっと握る。いわゆるおてて繋いだ状況だ。
「なに」
「……掴まっとこうと思って」
恭弥はふんと鼻を鳴らしてから俺の手を握り返し、いくよと歩き始めた。

学校につくと、校庭にでっかい亀が倒れていた。
雪合戦をしていたような跡があり、沢田がパタパタと走って何かを追いかけてきた。ラジコンと思しきものが、ちょうど恭弥の足元に来たので沢田が拾う前に恭弥が拾ってしまった。ラジコンがWINの旗を出している所を見ると、何かの勝負中だったようだ。
「何これ?あとそのデカい亀」
「雲雀さん!いや、あの……!」
「せっかくの雪だ。雪合戦でもしようかとね」
ちなみに俺は、そんなの一言も聞いてない。
恭弥と沢田のやりとりを静かに聞きながら、大きな亀を観察した。
去り際、恭弥に脅かされて沢田が咄嗟に持ち出したイーピンを見て俺はぎくりと肩を震わせた。
彼女の額には、麻雀牌浮かんでいる。
イーピンと沢田を放って、俺は恭弥の腕を掴んで走った。
「?……なに?」
俺が慌てている様子に恭弥が少し驚きつつも歩幅を合わせた。残念ながら俺の走るは恭弥にとっての早歩きである。
「爆発する!」
「は?」
校舎内に入ると外で爆発がおこり、恭弥は納得したように一息ついた。

「いつのまにか顔見知りが増えてるようじゃないか」
コーヒーをいれろと言われたのでドリップしていると、恭弥が背後から話しかけて来た。
先ほど顔を合わせたのは沢田とイーピンだけだったが、一応マフィア関係者が居ることは報告しているので、恭弥は俺が顔見知りなのを知っていた。
確かに人数は増えたけど、と思いながらフィルターを退かす。
コーヒーの香りがゆったりと応接室を支配した。
「まあ、実際会うと得られる情報とかあるし」
俺には砂糖二杯と牛乳を多めに、恭弥には砂糖をほんの少しだけ入れる。
恭弥の机にカップを置いて、自分の分を持ったままいつものソファに身を沈める。やはり応接室は調度品が一級品で、座り心地が良い。下手すると俺の家のベッドよりも気持ち良い。

「一体どこでそんなこと覚えて来たんだか」

恭弥は俺の情報収集力やハッキング知識に口を出さなかったし、深くは詮索はしない。
コーヒーの湯気を払うのと同時に吐き出した恭弥の言葉に、俺は緩く笑うだけで答える事は無かった。

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はぐはぐもちゃもちゃ朝ご飯を食べる弟をガン見するひばりきょうやくん。
どんくさい子ってセリフには愛がある筈。
Mar.2015