16
日本に帰った時に恭弥は珍しくお咎め無しだった。多分九代目かリボーンが連絡を入れてくれたのだと思う。
その夜、俺の夢にチェッカーフェイスが現れた。
アルコバレーノの話をしたからだろうか、と思っていたが、どうにも様子がおかしい。
チェッカーフェイスなら俺が生まれ変わったことも知っていそうだし、神出鬼没だった為、これは現実な気がした。
「久しぶりじゃないかヴァニーリア……いや、」
返事をしてやりたくないので、じっとりと睨みつける。
「そうむくれるな、別に君にちょっかいをかけにきた訳ではないのだよ……君には感謝しているし、敬意を持っている」
よくもそんなことが言えたものだ。奴は、俺を赤ん坊にして、生涯おしゃぶりを守らせ、最後にはそのおしゃぶりを取り上げて命を散らせた存在だ。
死に際の手土産とかいって、世界を守る為にはこうするほかなかったとか色々語って聞かられた。だとしても、すぐに納得してやる気にはなれないものだ。
赤ん坊になってから、何十年も人としての喜びを奪われて来た。気が狂わないようにする為には自分を宥めすかすしかなかったし、恨む元気もなくなる程に、人恋しい日々をかさねた。
「まだこんなことやってるんだ」
「いやな言い方をするね」
「人柱の中ではとても優しい方だと思うけどね、俺は」
「ははは、確かにそうだ。君は特別優しくて、特別冷たい」
異空間だからなのか夢だからなのか、ソファと茶菓子が用意されたので俺は遠慮なくにそれらに手を付けた。
「それで、何の用?」
クッキーをほおばりながらぞんざいに尋ねる。
チェッカーフェイスはそんな俺に小さく笑ってから、今回代理戦争をすることを告げた。
それからアルコバレーノの秘密は言わないようにと注意される。
「代理戦争……じゃあ沢田とかか」
「ああ、そうなるだろう」
「———参加するのは、有りなの?」
「奇特な子だな君は」
かつての俺は任務に始まり代理戦争で終えた。代理戦争と言われても誰かに頼むとかいうのも面倒だったし、一人しか解放されないというなら譲ってしまおうと最初から諦めていた。
奇特な子、というのはこの戦いに参加したら再びアルコバレーノとなる可能性があると言ってるのだろう。
「そこまで兄が大切なのだね?」
チョコレートを噛み砕く音を、返事のかわりにした。
「君は人を愛すのが上手で、そして下手くそだ」
「なんとでも。……情報は漏らさないけど、参加はするかも。いいね?」
「ああ、いいだろう」
優しくて冷たいとか、上手で下手くそとか、詩人のようなことを言っているので呆れる。
人の生き方に矛盾はつきものだ、なんて心の中で詩人のように返してソファから立つと、夢からさめた。
目を覚ました時には恭弥が俺を見下ろしていて、慌てて身体を起こす。
寝坊した時に叩き起こして来るいつもの様子とは違い、眉を顰めた表情で俺を見ていた。
「な、なに?」
「うなされてたんだよ」
「あ、そう……嫌な夢見てたからかな。俺なんか言ってた?」
「べつに何も」
恭弥の指先が伸びて来て、俺の前髪を払いのける。少し汗ばんでいたみたいで、指をこすりつけるように額をなぞった。
「具合悪い訳じゃないよ」
「そう」
離れて行く手を見送ってからベッドから足を降ろして座った。
「今日、赤ん坊から誘いがあってね」
「、」
「まあ断ったけど。君、何か知ってる?」
一瞬目を丸めた俺に、恭弥は目を細めた。
「……箝口令があって言えないこともあるけど」
「だれからの命令なの?」
「言えない」
俺に指示を出すのは恭弥だけだってことは、俺も恭弥も認めていることだ。リボーンの頼みくらいは聞くけど、秘密にしたことはない。
だからこそ、恭弥以外の人間から口に出してはならないと約束させられたことが、恭弥にとっては不満なのだと思う。
勿論今までだって、本当の裏の問題なんかは恭弥には伝えなかった。でもそれは誰かに言うなと言われたからではなくて、俺が避けていたからだ。
「の兄は僕だけだろう?」
恭弥に俺が生まれ変わったことや、アラウディという兄が居た事を言った覚えはないが、その問いかけは何かを知っているような響きを孕んでいた。もしかしたらリボーンが恭弥に教えてしまったのかもしれない。隠し事というわけではなかったが、身内に前世の記憶があるのだと教えるのはあまり良いことではないと思っていたから、あわよくば恭弥には伝えないでいたかった。
恭弥は多分、少し妬いているのだと思う。
アラウディはもう少しクールだったかな、と思いつつ、子供っぽいところが目立つ兄に自然と笑みがこぼれる。
「恭弥だけだよ」
この世に居ない兄を優先することはない。けれどこの世に居ないからこそ思う事もある。
「−——優先順位は恭弥が一番のままだ」
どっちが大事って聞かれたら、今の兄が大事。ですけど、思い出には勝てないっていうか死人には勝てない。
次元が違うので、二人を比べる事は無いと思います。
今回の内緒話にアラウディは関係ないですけどね。
May.2015