20
「俺だ……」
ぽそりと呟いた声に、沢田が驚きの息を漏らす。
包帯を解かれた下には、俺の顔があった。二十代半ばくらいのまま、他の復讐者達のように朽ちていない、爛れていない皮膚。瞳は灰色で、ブロンドの髪が太陽に反射して光った。
まるで生きているみたいな、俺がそこにいる。
「くん、否、ヴァニーリアくんはその呼称通り、永久不滅なんだ!」
バミューダがそう宣言した。
どうやら、俺の骸はいつまでたっても朽ちなかったらしい。それをバミューダの炎で操っているのだと思う。
チェッカーフェイスはくすくす笑っていて、俺もどうしたものかと腕を組む。前の俺は、静かに俺たちの元に歩み寄ってきて、そっと腕を出す。その先には、俺の本物の杖があった。
「「ありがとう」」
おもむろに呟いた、俺たち二人の声が重なった。
杖を俺に渡して手を話した途端、前の俺は崩れて灰になってしまった。マントを咄嗟に掴むと、手の中からさらさらと灰が零れて行く。それから、ことんとおしゃぶりが地面に落ちて転がった。
「そんな……!」
バミューダは俺たちのやり取りを見てショックを受けた。
俺は多分、死んでも復讐なんてするつもりはなかった。たとえ魂も意志もなかったとしても。
マントと帽子を燃やし尽くして、風に灰を片付けさせた後、バミューダを見下ろした。
「バニラの花は一日しか咲かないんだよ」
生きていたと称することができないような存在だったけど、多分俺はきちんと花を散らせたかったのだろう。
チェッカーフェイスが、アルコバレーノを解放した。
しかし、赤ん坊達はすぐに大人の姿には戻らない。 多分これから成長していくってことなんだろう。
怪我人たちは多くが重傷だったけど、幸いにも死人はでなかった。生命力とかボンゴレの医療技術にもそうだけど、根本的なところを解決してしまった沢田は凄いな、と本気で思った。
見舞いに行くと恭弥は大量のヒバードにまみれてベッドに寝転がっていて、俺もその中に引き込まれる。慌てて靴は脱いだけど、身体の上に乗っかってしまう体勢だ。怪我はほぼ塞がっているみたいだけど、大丈夫なのかと見下ろす。
「痛くないの」
「うん」
腰に手が回ってきたので俺を降ろす気は無さそうだ。
仕方ないので頭を胸に預ける。耳がぺったりとくっつくので、心臓の音がした。
「よかった」
ほっとして呟くと、空いていた方の手が俺の髪の毛を梳く。
ヒバードたちもちょこちょこ俺の首筋や肩にすりよってきて、暖かい。恭弥もヒバードも眠る体勢でいたので、仕方なく付き合うかと俺も眠るつもりでいたところ、病室の壁がぶち破られた。すぐに布団で恭弥が守ってくれたので瓦礫が当たる事はなかったけど、すごく吃驚した。
そして恭弥はものすごく不機嫌そうに、ベッドから降りて壁をぶち抜いた先の病室まで武器を投げた。そうしたら、反対側の壁まで穴をあけてしまった。
あーあ、と思いながら、俺も靴を履き直す。
俺たちの隣の病室は白蘭達で、その向こうがヴァリアー、恭弥がぶち抜いた病室は骸たちだった。
「せっかく繋がって大部屋になったんだ、みんなで枕投げでもしたらどうだ?」
ヴァリアーの病室に居たリボーンがけしかけると、恭弥も白蘭も骸もザンザスも、得意の武器を構える。
俺はさっと廊下に退避することにした。
屋上にまで避難していた俺は、干されているシーツの向こうに人影を見つけた。
傍に居たリボーンは、ぴょこっと飛んでどこかに行ってしまい、一人だけが残された。その背中に、そっと歩み寄る。誰よりも強いようだけど、警戒心がないというか、平凡というか。
でも、俺が殺意を持っていたら気がつくのだろう。
「う、わぁ!?」
フードに顔を埋めて背中をそっと掴んだら、面白いくらいに狼狽える。
「え、あ、……?」
「驚いた?」
「うん、びっくりしたよ!」
困ったようなはにかみを見せられ、俺も少し笑う。この人はいつも、俺に対して困ったように笑ったり、驚いた顔ばかりする。まあ、恭弥の弟ということもあるし、長くまともに会話をしたことがなかったからかもしれない。
この間は、悲しそうな顔もさせてしまったし。
「頑張ってくれて、ありがとう」
「え?」
「あと、生きる事を諦めた訳じゃなかったんだよ、……ただ恭弥が大事だっただけで」
「う、あ、うん」
狼狽えながら返事をしているけど、分かってくれてるのだろうか。
「でも、結局は同じ事か。……恭弥の為なら死んでも良いって思ってたから」
「———それが、の死ぬ気の覚悟……なんだね」
「そうなるのかな?炎は出ないけど」
「すごく、ひたむきで、優しいと思う!炎だって、きっと出せる」
別に出せなくても良いと思ってるけど、励まそうとしてくれるのが分かって口を閉ざした。
「が雲雀さんを守るみたいに、オレは皆を守れるようになりたい。もちろん、のことも」
「うん、なれるよ」
「……なれるかな」
「今回、俺の事を守ってくれた」
「え?イヤ、それは皆が戦ってくれただけで……」
謙遜しきり、両手を振るのがもどかしくて、その手をぎゅっと掴んだ。
感謝の言葉くらい、素直に受け取って欲しい。
自分を卑下し続けないで欲しい。
「ツナが居たから、皆戦ったんだ。ツナが頑張ってくれたから、俺も頑張ることにする」
ありがとうね、と二回目のお礼を言ったら、ツナはふにゃりと笑った。
May.2015