バニラ・ビーンズ 02
乗っていた飛行機が着陸に失敗して墜落した。こっちに入ってからのことなので、ある意味納得がいく。ここは何でも有りな街なのだ。エンジンに異物が入って爆発するのも、不思議な飛行物体が体当たりしてくるのも、普通よりも確率が高い。
飛行機は見事に地に落ちた。さすがに飛行機全体を護ることはできなくて、本当に申し訳ないとは思うけど、自分一人だけ脱出して事なきを得た。着替えは全部燃えたけど。
墜落した飛行機は酷い状態で、中の人員が生きているわけがなかった。奇跡的に一命を取り留めることがあったとしても、無傷はありえない。入国手続きをどうしたものかと考えた結果、やっぱり情報を操作するしか無くて、HLについて早々リボーンに連絡を取るハメになった。
『さっそくポカやらかしたのか』
「……不可抗力だよ」
受話器の向こうから聞こえて来る、声変わり前の子供の声にため息が出る。
事故で乗っていた飛行機が墜落したけど自分だけ脱出して生き延びたことを告げ、違う飛行機に乗ってたことにする為にちょっと協力してもらった。基本的に一人でどうにかなることだけど、生存報告をするついでだ。
入国手続きは恙無く終了し、HLの街に到着した。前に来た時も思ったが、別世界だ。もちろん、本当に異界が繋がってるのだからあながち間違いではない感想なのだけど。
ホテルについてからは、すぐに買い出しの為スーパーマーケットに向かった。簡単な日用品なら揃うはずだ。
人類も、そうでないのも居て、つい凝視しそうになるのを抑える。絡まれやすい幼い容姿をしている為、骸から幻術をかけてもらって容姿をそこそこ身長もある歳のいった男にしてもらっている。十代から二十代に見える東洋人の男じゃなければ何だって良いんだけど。
マーケットで買い物が終わって店を出て行こうとした時、前を歩いていた男の二人組が、ぴたりと足を止めた。一人は長身で褐色の肌に銀髪をした男、もう一人は小柄でブルネットの癖毛な男。
向こうの道から大声で名前を呼ばれているみたいだ。
足を止めた二人が邪魔で、どいてくれないかなと思いながら呼びかけている壮年の男を見てみたら、車が思い切りその男の方につっこんで行き、おまけにそこに化物がまた突っ込んで来た。
九死に一生を得る瞬間を目の当たりにして絶句する。
同時に破片がこちらに飛んで来た。飛行機事故のときから自分の身体には保護の呪文をかけてあるので、このくらいのトラブルは回避できたけど、前の二人はガラスの破片やコンクリートの塊がぶちあたっていた。
小柄な方は目に当たったらしく、ふらりと後ろに倒れて来たので咄嗟に抱きとめた。胸ポケットからハンカチを出して、血を流す右目に当てながら声をかけると、気を失っては居ないようで、小さな声ですんませんと返事をした。
「ザァァァアップ!!大丈夫かお前!!」
どうやらさっきから男が呼びかけていたのは褐色の方で、ザップというらしい。
「……あ、すんませんエイブラムスさん、……ちょっと離れててもらえますか」
げっそりした様子で、ザップは男、エイブラムスに答えた。エイブラムスという名には聞き覚えがある。化物退治を専門にしている、豪運のエイブラムスだ。手腕もさることながら、傍に居るだけで厄災が降り注ぐという噂が有名だ。
「む、彼らは?」
「レオはうちの新人っすけど、オッサンは無関係っすよ……って無傷かよ」
俺の腕の中に居るレオという少年をエイブラムスに紹介し、ザップはちらりと俺を見て傷が無いことに軽く舌打ちをした。
「二人の後ろにいたので、助かりました」
苦笑まじりに言い訳してレオを預かろうとしているエイブラムスに渡す。
「オッサン?」
ハンカチで片目を隠して、もう片方の目はほぼ瞑っているくらいに糸目なのに、俺を凝視した。うっすらとだけ瞳を開いて俺を確認したが、その目は青い。あれ、と思ったときにはレオは顔を伏せていて、エイブラムスの背中をくしゃりと掴んだ。
「どうしたレオ」
「いえ、な、なんでもないです」
ザップに”オッサン”と呼ばれたのは間違いではなかったし、俺の姿は自分でも確認しているとおり”オッサン”になっている。レオが疑問に思ったのは、きっと俺が”オッサン”に見えなかったと言う事だろう。
「そのハンカチはあげるから。お大事にどうぞ」
「ど、どうも」
彼のことは気になるけど、エイブラムスがあのエイブラムスだとして、それらに俺はほとんど関係ないと思ったので、身元を明かす事無く三人と別れた。これ以上犯罪に巻き込まれたくはないし、俺には俺の調査があるのだ。
少し調査すると、あっさりラゾローロ達が此処に来て何をしていたのかは掴めた。どうやら、ブラッドブリードが目当てだったらしい。それは、薬や兵器を持ち込まれるよりも厄介だ。ただ、ホテルには一切戻っていないようだし、連絡もつかない。リボーン達に報告した所、帰ってきてもいないようだし、ラゾローロのファミリーにいるスパイからは、ボスたちと連絡がとれていないと聞いた。おおかた取引に失敗して殺されているだろうというのがリボーンの返答であり、俺も同感だ。深追いしたくはないが、なるべく事実を掴みたいため、俺はもう少し調査することになった。
「ん、わかった」
『それと、報告は電話で良い。終わったら直接日本に帰ってこい、だそうだぞ』
「……それ、恭弥から?」
電話を切ろうとしたところで、リボーンが思い出したようにつけたした。帰りの航空便はイタリア行きではなく日本行きの手配をしなくてはと頭の中で予定を立てる。
帰って来いと言うのは恭弥しかいないので、聞くまでもなかったが。
「今回三ヶ月も拘束されたってことで、向こう半年くらいそっちには行かないかもよ」
『———分かった』
「じゃあね」
舌打ちとともに電話が切れた途端、外で爆音が響いてホテルの部屋が揺れた。
さりげな〜く端っこで関係してるのが好きなので、墜落した飛行機に乗せました。
……アメリカのスーパーマーケットにパンツ売ってなかったかもしれん。日本はほら、店によっては売ってるんで、そういうことにしようね。
July.2015