harujion

いとしのヴァニーリア

バニラ・ビーンズ 05

さんは基本的にはジャパンで活動をしていて、ボンゴレには本当に所属しているわけではないらしい。ジャパンは特に平和な場所だと聞くから、こんな風に裏の世界に若くして足を踏み入れている彼を見ると、異質な気がした。多分僕よりは少し年上なんだろうし、元々一般人だった僕に言われたくはないだろうけど。

さんが帰った少し後、僕も家に帰る事にした。この街の夜は喧噪に包まれていて、人や異形がたくさん蠢いている。なるべく誰かにぶつからないようにと気をつけている所を、僕はあっさり誰かにぶつかった。まずは謝らなければならず慌てて声をあげたけれど、つい先ほどまで会って喋っていた人が俺をきょとんとして見下ろしていて、途端にほっとしてしまった。
さんは警戒心があまり沸かない風貌をしている。素性を知ればどっぷり裏の人なんだけど、ライブラと敵対しているわけでもなければ、気性が荒いわけでもないので、やっぱり安心できる立場の人だ。
「上に、報告の電話を」
まだこの辺にいたのかと思って尋ねれば、少し肩をすくめて笑った。そういえばそうだ、仕事で来ていたのに僕が見つけて連れて来てからは時間を拘束してしまったので、仕事を遂行できていなかった。
「夜のこの辺は危ないから、気をつけた方がいいっすよ」
「君もね」
夜じゃなくたって危ないんだけど、と普段の自分の生活を思いながら注意を促すと、さんは悪戯っぽく僕を見て苦笑した。僕たちは互いを心配できるほど強そうに見えないのだ。送りましょうか、と続いた言葉にぎょっとして思い切り断って、逆に僕は彼を送った方がいいんじゃないかとさえ思った。さんは僕より背が高いけれど小綺麗な見た目をしているから、ヘタしたら僕よりも身の危険がある気がする。本人も自覚して幻術のようなものをかけていたんだろう。それが今されていないと思うと……し、心配だ……!僕じゃ頼りにはならないけど、一人で帰すより二人の方が良いだろうと思って僕が送ろうと意気込む。ごくり、と唾を飲み込み提案しようとしたところで、僕のおなかから、ぐううと音が鳴った。声にならない叫び声をあげておなかを抑えると、さんがきょとんとして僕を見下ろしていた。
「俺もおなかすきました」
「あはははははは」
合わせてくれた彼によりいっそう恥ずかしさを感じ、笑うしかなかった。
ご飯の場所を聞いてくれたりなんかして、おまけに一緒に食べようとまで誘われると、僕はティーンの乙女になったように嬉しくなって二つ返事で食事に行った。

「おいしい」
「よかったです」
目をパチパチさせて、さんは一口食べた料理を見下ろした。僕はその様子にほっとして笑みが零れる。
「HLって変な店も多いから、困ってたんですよね」
「あ〜。じゃあ、普段どうしてたんですか?」
さんは外から来た人だから、さぞ大変だっただろう。
僕だって未だに知らない店ばっかりだ。
「ん?まあ、きたばかりだから問題はないんだけど、ルームサービスを」
「なるほど。あれ、じゃあスーパーマーケットには?」
「下着を買いに」
「え」
「着替えとかの荷物全部なくしてしまって。明日着るものがなかったんです」
「まさか盗られたんすか!?」
「いや……」
さんは言いづらそうに頭をかいて、僕をちらっと見てからまあいっか、と呟いた。
「乗っていた飛行機が、墜落しちゃって」
飲んでいたミネラルウォーターを吹き出しそうになって、鼻水が出た。咽せてずるずる鼻を啜っていると、ペーパーナプキンを渡してくれたのでそれを受け取る。
「エッエイブラムスさんが来た時の空港のアレに乗ってたんですか」
「…………ああ、彼の仕業だったのか」
呼吸が出来るようになってから言うとさんは納得したように目をそらした。
飛行機でもスーパでもついてないなあ、とこぼしているけど、実際彼は無傷である。
「よく生きてましたね……だって着陸失敗で乗員乗客全員死亡って」
「俺は逃げたので」
「す、すげえ……」
「あの人、さすがに明日帰るとか言わないですよね?二回も飛行機から脱出するなんて嫌ですよ。脱出した後の情報操作だって面倒なんだから」
エイブラムスさんがいつ帰るかは知らないけど、さすがに今日来たばかりで明日発つなんてことはないだろう。というより、さんは今日来たらしいのに、明日発つんだ。
「あの、もう帰るんですか?」
「ん、即帰還命令が出ています。当分事務仕事かなあ」
サラダのトマトをもぐもぐ食べながら、さんはのんびり言った。
「ずっと諜報活動してるわけじゃないんですね」
「俺の直属の上司は俺を外に出したがらないので」
チェインさんとは色々な所に潜入して情報をとってくるけど、さんは違うようだ。
外に出したがらないってどういうことなんだろうと思ったけど、仕事について聞きすぎるのも失礼な気がして深くは聞かなかった。
「レオは普段どんなことを?」
今度は話題が僕にうつったので、機密に触れない程度に自分の話をした。最終的に妹の話になって、今度はさんのお兄さんの話になって、普通にプライベートなきょうだいあるある話になってしまった。ただ兄が居る弟なさんが、妹がいる兄と立場が違うにも関わらずくいつきて来たのがちょっと驚きだった。妹さん的な立場な人がいるのかもしれない。

さんは僕の分も代金を支払おうとしていたけど、僕はさすがにそんなことをさせられなくて頑に断った。
良いお店を教えて話し相手になってくれたお礼だ、なんてさらっと口にされると照れてしまう。本当に僕はたいしたことをしていないから、と自分の分を支払ったらさんは今度は名刺を僕に差し出して来た。海外で仕事をするだけあって、情報はすべて英数字で、アドレスと電話番号と名前が記載されていた。
「連絡ください。イタリアかジャパンに来たときには美味しい店を紹介します」
そういって、さんはネオンの街の向こうに消えて行った。

社交辞令だったとしても、連絡先をくれたのに何も言わないのも変だし、折角だから次の日の朝に連絡を入れてみた。ちゃんと返事も帰って来たし、ジャパンには無事に着いた連絡までくれて僕もほっとした。
あれから、僕たちはだらだらと連絡をとり続けていた。話題はもっぱら彼の兄の理不尽でぶっ飛んだ行動だったり、僕のHLでの理不尽でぶっ飛んだ事件だったりだ。
「ああ、そういえば、雲雀が来ていたそうだが」
スティーブンさんが復帰した初日に、ぽつりとさんの名前を出した。クラウスさんから報告がいっているから問題視している様子もないけれど、わざわざ話題に出るとは思わなかった。ボンゴレは大変有名な組織だったけどさんの所属はジャパンにある組織らしいし、下っ端と自称していたから。
「誰か連絡先とか聞かなかったのかい」
「なぁに?彼、そんな重役なの?」
同じく復帰して来て、さんにはほとんど会っていないK.Kさんが眉を顰めた。
「正確には、幹部の弟だ。本人も優秀な諜報員として有名だな」
「は?あのレオと並ぶちんちくりんがぁ?」
「ちょっ、全然ちんちくりんじゃないですよあの人、僕と並ばせちゃいけないレベルっす」
「あ、思い出した。雲雀の弟だったんですね」
「え?チェインさん知ってるんすか?」
「人狼局でも話題にあがる。同業だし。彼は姿を現したまま仕事をするのに、よくやってるって」
「そう、彼は生身で入り込み、実際に人と対面するからね。人心掌握、情報操作に長けてなければならない」
「すげー人だったんすね」
チェインさんも凄いけど、彼女みたいに完全に姿を消したりすることなく、顔を出してスパイに行くというのはとてつもなく大変な事なのだと思う。
ふと、トーニオという男の屈託ない笑顔とピースの写真を思い出した。まさかあれって、さんが直々に撮った写真じゃないだろうか。だとしたら随分良い関係を築いていたに違いない。
「ちょっと会ってみたかったし、彼は情報も売ってくれるらしいから繋がりが欲しかったけれどね」
「あのー僕、連絡先知ってます」
ずっと言いそびれていたけど、はあとため息をついたスティーブンさんに小さく手をあげて答えた。
勝手に教えることはできないけど、ライブラの一員として隠し事はしない方が良さそうだ。なにせさんも裏の人だし、僕がさんとこっそり組んで何かを企んでると思われるのも怖い。
「あの後、偶然近くであって、晩ご飯に行ったので……」
全員がぎょっとして僕を見て固まったけれど、すぐにスティーブンさんが荒々しく僕の肩を掴んだ。まさか、吐けといわれるのだろうか。
「少年!まさか惚れてないだろうな!?」
「ええ!?」
変な質問に、今度は僕が固まる番だった。
「いや、彼はとんでもなく人たらしと聞くからね?」
「だからって惚れてないかはないっすよ!!僕たち普通に友達っすから!」
「あ〜?トモダチだぁ?お前まさか利用されて情報搾取されてねーだろうな?」
耳をかきながらザップさんが僕をじっとり見た。
「いや、友達って言っていいのかやっぱりわかんねーっすけど、でも、普段僕ミシェーラの事とか、HLでの災難とかしか喋ってないし。てかそもそも僕、教えたらヤバい事なんて知らないっすよね」
「まあそうだな。彼は普段どんな事を話してくるんだい?」
さんですか?えーと、最近は……さんこの間ジャパニーズオタクの聖地アキハバラのメイド喫茶に行って来たって」
答えると、ザップさんに盛大にバカにされたし、みんなには生暖かい目線をもらった。

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レオと主人公はお互い別に他意なく交流してる。晩ご飯食べて普通に盛り上がったから連絡先を交換しただけ。
主人公的には、あ〜コイツ普通にイイ奴〜くらい。
マジで中学生同士の文通レベルに日常の話を懇々とする二人。レオクン……マイフレンド……。
主人公は前世程は諜報活動に行かず、おにいたまのおひざもとでちまちまお仕事をしています。長期任務もあるけど、そのあとは同期間くらい休まされます。
わりかし満足したので……続きません。多分。
July.2015