harujion

いとしのヴァニーリア

バニラ・ビーンズ 06

雲雀という人物のこと、僕は結構知っている。
———といっても人物像と、裏の顔と言ったところだろうか。
かの有名なボンゴレファミリー幹部である雲雀恭弥の弟、というのが一番わかりやすい立ち位置かもしれない。何せ彼に役職はなく、表に出ることもない。
けれど水面下にいる彼はおそろしい。
裏と言っても悪質な組織ではない……と、裏にいる僕らは思ってる。が、結局闇の世界は何処へ行っても闇だ。なおかつ、情報や人心を扱うのであればその暗闇は重いだろう。ほのかに血の匂いのする、冷たい場所。そこにいるのはうちの事務所でザップにカモにされる少年と変わらない年齢の男。
もちろん僕は今までに色々な人物を見て来ている。こんな子供が、若い少年が、裏にいるなんて場違いだ——などといったことは言わない。生まれた時から暗殺者になることが決まっていたなんて話すら珍しくないのだ。

詐欺も情報操作も人心掌握も、なんでもござれ。
決して痕跡を残さない優秀な諜報員。
全てが終わってから、彼の仕業だと気がつくことが多い。
———尾びれ背びれがついて誇張された噂かもしれないが、確かに彼は存在する。

を見たのは満身創痍の中だった。
優秀な諜報員の顔写真など出回っているわけもなく、見たのはあのときだけ。アジア人特有の美しい黒髪は、濡れたようにしっとりとしていた。つぶらな瞳や、小振りな顔のパーツは僕らと比べてはっきりとしない顔立ちだと思うけれど、そのあっさりとした配置に安心感を抱くのだ。庇護欲か油断の、どちらでもいい。
そして、静かで綺麗で、気づくか気づかないかくらいに他人よりもゆっくりと喋る口調はやけに耳に残る。今となっては、綺麗な声だったような気がする、と曖昧に結論づけている。
彼に会えなくて残念だった。会ってみたかった。
好奇心もあるけど、情報を売ってくれるという噂があったからパイプが欲しくて。
けれどまあいいか、と思っている。本当に必要になったら彼にライブラの副官として接触し直せば良い。

次々かかって来る電話に対応して、のことは片隅においやる。
今日は仕事のことも全部なしで、友達を呼んでのホームパーティーなのだ。息抜きなのに息をぬけなきゃ仕様がない。
ヴェデットが、楽しそうにしていたらしい僕をみて安心したように笑った。
「ハーイ、スティーブン!元気〜?」
「今朝電話で話した時よりね」
「あう〜いい匂い。ハイ、ヴェデッド。今日も素敵な触手ね」
ホームパーティーの第一の客人エレンは、いつもより甘い香りをさせながら僕にハグをした。
「あ、こちらクリストファー」
「ハイ、この子は僕の甥っ子のジョージ」
「ようこそ、楽しんで」
エレンが紹介した友人のクリストファーは、ジョージという甥っ子もつれてきていた。もちろん新しい顔ぶれも大歓迎だし、他にも知らない顔が来る予定だ。
ジョージは赤毛と青い瞳のそばかす顔で、快活そうににかっと笑う。
「今日はいっぱい飲めるって聞いたから、おじさんについて来ちゃった!よろしくね、ミスター」
「あはは、僕たちと同じペースで飲んで平気かい、ジョージ」
「へいきさ!」
握っていた手を放しながら、ジョージはウインクして部屋に入って行く。客人は次から次へとやってくるのだ。
ラリーがクーラーボックスを抱えて入って来るので、僕は慌てて足を動かして転んだ。念のための予防線を今張っておくことにした。
「あはは、大丈夫?」
「キミ働き過ぎなんだよ。でも今夜は遠慮なくお邪魔しちゃうけどね」
笑ってくれる皆に対して僕は軽口を言いながら立ち上がり、他の客人も招き入れた。

楽しい食事会のなかでも、僕は職業病なのかいつもの皆と違うことを少しずつ頭の中で気に留めていた。いつもの皆を知らなくても、どこかおかしな部分があるところも拾ってしまう。
例えばエレンの香水が濃く、それを自分から言わないこと。ラリーの重心がずれてること。チャーリーが風邪を引いていること。ジョージが酒を沢山飲みに来たと言ったわりに一滴も飲んでいる様子がないこと。
銃を向けられるまでは、ただ気に留めておくだけだったのだけど、今ではただの伏線でしかない。
「……呆れたもんだ」
僕はぽつりと呟きながら、銃を向けて来る面子を見る。
一体誰がこんな蒙昧な命令をくだしたのだろう、と尋ねた。
「それを私たちが言うと思って?」
「いや、礼を言いたいだけだよ。調度品が壊れずに済んだ。それに、ヴェデッド特製のローストビーフが台無しになるのは我慢ならないからなぁ」
ちらりと、優しい家政婦が作ってくれたそれをみやる。その傍にはジョージが無表情で立っていて、僕と同じようにローストビーフを見る。
挑発の為に壊すのだろうかと見守ったが、彼は冷めた目でフォークをローストビーフに差し込み、一枚食べた。全く意味のない行動だったけれど、標的である僕から目を離さないようにしていたエレン達は、そんな彼と僕の様子に気づかずに口を開いた。
「あなた、存外小物ね」
ジョージは二枚目のローストビーフを口に入れてから、隣に置いてあったグラスの中身を一口飲む。
「こんな場面での強がりは逆に滑稽よ。ワンモーションでも起こしたら即死な自分を受け入れなさい」
うぇ、と嫌そうな顔をしてグラスから口を離したのを視界の端にうつすが、一応エレンの方に視線をもどす。
ジョージ……きみ、明らかにワインが嫌いじゃないか、と言いたいがあとにしよう。思えば彼のキャラ設定は大層杜撰だった。
最初に僕がワイングラスを渡しても、嬉しそうに受け取っただけでその場で口をつけないのはあまりに不自然だろう。
「モーション?攻撃の事かい?」
エレンに軽く笑いかける。
「そんなの玄関先で済ませたよ」
ジョージにも済ませてあったのだが、彼は銃をこちらに向けていないので、動けない程度に力を調節する。エレンたちは凍り付くほどに、ジョージは軽いものだから例えるなら貧血を起こして腰を抜かす程度のつもりだ。
僕は彼の素性を知らないわけだし、彼の叔父であるクリストファーも一様に銃を向けているから、血凍道を使わないという選択肢はない。
「君たちが悪いんだぞ、全てを茶番にして引き返すチャンスは存分にあたえた。ジョージはそれに応えてくれたのかな?」
緊張感もない、興味もない、突拍子もないジョージのあの行動は、茶番にするにはもってこいの役者だった。
ちらりと彼の方を見たが、ぼうっとこっちを見ながら立っていた。サラダを食べているので仕切りに口は動いているのだが、本当にどうにかならないのだろうか、彼。
「……いつから気づいてたの……!?この冷血漢……!!」
「いや、さっきまで騙されてたよ」
僕は緊張感の無い彼は放っておくことにした。
どうして、僕の技が効いていないのかは後で別口で聞く事にしようと思う。
それよりも残念な元友人たちへのお別れの言葉で忙しい。


私設部隊の連中にエレンたちは任せて、僕は口元をフキンで拭うジョージの元に近づいた。すっかりイスに座って食事をしていたのだから力が抜けそうになる。
「やあ、ジョージ」
にこりと笑って、テーブルに手をついた。
きょとり、とこちらを見上げるジョージの姿がブレる。はっとしているうちに、ジョージは年相応に鍛えられた身体から華奢な体型に、ラフなTシャツはシンプルだけれど高級なスーツに、見事な赤毛は艶やかな黒髪。青い瞳も黒いものに。頬はそばかすを消して、つるりとした肌を見せた。
「きみは……」
「ごちそうさまです、ミスター」
困ったような、悪戯を謝るような顔をして、口元に笑みを描いてこちらを見るのは僕の記憶の中にいる雲雀だった。

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わりかし満足したので……続きません。多分。っていったけど続いたね??
Feb.2016