バニラ・ビーンズ 07
当分日本で事務仕事をするのだろう、と思っていた俺は本当に暫く日本で仕事をしていた。凄く健康的で満足なのだけれど、今俺が暇しているという噂があちらこちらに散らばって、知人からは休みを取りやすいだろうからバカンスをしにおいでとメールを貰う事が多かった。
当分はゆっくり仕事する、なんて近況報告をしなければよかったような、してよかったような。
ちなみにボンゴレ関係の人達は、当分俺が仕事を受けない腹いせにニート呼ばわりだ。
ヴァリアーのフランまでそれを聞きつけて、勝手に休暇届ぶんなげて日本にやってきたらしい。おまけに骸も居るとのことで、恭弥が嬉々としてぶちのめしに行った。———三週間は顔を見る事も無いかな。
遊びに行こうと言い出したフランに、どうせ恭弥もいないし、哲も行って来たらと言うので頷いた。
そうして一番最近に連絡をくれた友人の住むオーランドに来たのだけど、四日後にはHLに再び足を踏み入れていた。
彼はHLに居る友人のホームパーティーに誘われたのだ。
それならその間、俺はアミューズメントパークにでも行っていようかと思っていたのだけど、一緒だったフランがHLに行きたい、怪獣がみたい、と言うので行く事になった。怪獣じゃないんだけど、まあ怪獣かと思って訂正するのはやめた。
友人はクリストファーと名を偽ると言う。もともと彼も裏の人間なのだからおかしいとは思わなかった。
HLに行くのだから当初からそのつもりだったのだが、俺も彼に合わせて別人を装うことにしてフランに幻術をかけてもらった。ただし本人はそのままの格好でふらふらするらしい。危機感が無いというよりも、いざというときに逃げられる自信があってのことだろう。
クリストファーの行くホームパーティーは、どうやらライブラ副官、スティーブン・スターフェイズが主催らしい。
「だれですーその、スティーブン・スターフェイズって」
「フランは気にしなくて良い人だよ」
深い事は気にしないタイプのフランはそういう事情には精通していないようで、無表情で首を傾げた。説明したところで意味もないし、明日には忘れてるだろうと思ったので肩を叩いた。
「それで、……ジョージは誰がモデルなんです?」
「べつにモデルってわけでもないけど。特徴しか伝えないまま作ったから、俺の知り合いの顔じゃないし」
「そうですかー」
赤毛に青の瞳、イギリス人でそばかすがあって、身長はさほど高くはない、体型は太くはないが細くもない、と伝えた。
俺の脳裏に描いているのはかつての兄弟だったけれどそれを如実に再現しているわけではなかった。
フランは言われるがままに幻術をつくっただけだし、俺は顔について触れなかったから。
もっと瞳が切れ長だとか、眉の形がこうだとか、唇の厚さがどうだとか、そういうことまで言ったらきりがないし、作ろうという気はなかった。
「名前は迷っていたようだったけど、他にも候補あったのかい、ジョージ」
ついでとばかりにクリストファーが話題に入って来た。
俺は名前を決めるときだけは、うーんと数秒捻った。どちらにしたらいいか、選びにくかった。
「フレッドでも良かったんだけど、フランとクリストファーにFが入ってるからやめた」
「フレッドとジョージ?」
「そう、フレッドとジョージ」
クリストファーはきょとんとしていた。そしてフランはもう興味無さそうにしていた。
この顔はフレッドでもジョージでもないから、そのどちらの名前もあてはまらないのだけど、俺は彼らをモデルにしたので選択肢は二つしかなかったのだ。
とにかく俺はクリストファーの甥っ子として、秘密結社ライブラの副官とコンタクトをとることになった。フランは幻術で姿を消して、勝手に飲み食いをしていると言って俺達の目の前から消えてしまった。
クリストファーの目的は、ライブラの情報らしく、俺は手伝う気も邪魔をする気もなかった。もし気づいたことがあったら教えてあげてもいいな、くらいだった。
———まさか、そこまでして情報が欲しいとは、思っていなかった。
俺は今、クリストファーが身体に仕込んだ銃をスティーブンに向けている背中を見ている。
裏の人間なのだから秘密は沢山ある。人を殺す事もある。
それに相手はライブラの副官なのだからそのくらいの重さがあるのも確かだ。けれど、俺に全く何も知らせずに連れて来た意味がわからない。
利用したかったのか、自信あってのことで単なる油断なのか。
とにかく俺は、裏切られた気分と失望した気持ちで、スティーブンの方を見る。彼が丁度、特製のローストビーフと言いながらこっちをみたので、俺もつられて皿の上の美味しそうなご馳走を見る。
もうジョージみたいな若く明るい青年のふりをするのはやめて、俺は半ば自棄食いするつもりでローストビーフを食べた。もう、俺の友達は居ない。
そうだ、クリストファーは偽名であって、俺の友達じゃない。さようならだ。
目に見えていないが俺にはフランがいるのだし、ひとりじゃない。
「やあ、ジョージ」
スティーブンがテーブルに手をついて俺の顔を覗き込もうとする。俺は口元を拭ったフキンを置いて、部屋のどこかにいるであろうフランに対し、幻術終了の合図をしてからスティーブンを見上げる。
ここまできたら、俺はただでは帰れない。素性を明かして説明もしなければならないのだ。
「ごちそうさまです、ミスター」
愕然としているスティーブンと、彼の後ろで拷問にかけられようとしている、俺の知らない誰かを見て愛想笑いを浮かべた。
もうどうせ、あの人は生きては帰れないだろう。
だからあっさり、元友人がフリーのヒットマンであることと、一年程前から顔見知りでよくコンタクトをとる人物だったことを説明した。
友人知人というのは、必ずしも信頼という言葉が付属するものではない。だからこそ、俺がスティーブンと敵対関係の者と知人であっても、それは仕事上の繋がりである事を彼は十分に理解しただろう。
それに、おそらく彼は俺に手出しはできない。
「なるほど、君もまあ……騙されたというわけか」
フランは結局姿を現さないままだったので今もまだ何かが行われているダイニングでご馳走を食べているか、もしくはとっくに遊びに出掛けているかもしれない。
一方俺は外の空気を吸いに行こうと連れ出され、マンションの外に居た。
スティーブンもそれなりに友人らのことを友人と認識はしていたようなので、同じように凹んだらしくため息を吐いている。
なぜか俺達は、微妙な感覚を共有してしまうことになった。
———心を預けていたわけじゃない、信頼という言葉を与えるほど深く関わっていたわけじゃない。
———でも、彼のギャグに不覚にも笑った思い出もあったのだ。
俺の友達は急に連絡が取れなくなり、疎遠となるだろう。
ヒットマンは仕事に失敗して死んだ。
その二つを別々に考えて、俺はHLの発光する夜景を眺める。
黙り込んでいたスティーブンは、隣でもう一度深いため息を吐いた。その瞬間に後ろを通った車は少し行ったところで止まって、ドアを開けた。出て来たのは先ほどちらりと見かけた彼の家政婦だ。
「……旦那様!?」
ずんぐりとした体型の彼女は複数の手をゆらして、こちらに歩いて来る。
「どうしたんだい、こんな所で」
「それはこちらのセリフですよ。パーティーはもうよろしいんですの?」
「あ、ああ……彼が酔ってしまったのでお開きにするんだ」
「こん、ばんは」
スティーブンは急に俺の肩をぐっとつかまえて引寄せた。俺は一口間違えて飲んだ以外は酒を口にしていないので、さすがに酔っぱらった顔はしていない。けれどアジア人の幼い顔立ちの所為かヴェデッドは心配そうにこちらを見た。
挨拶した時は違う顔だったので、もう一度初めましてと互いに口にし合う。
「———では、片付けは結構ですからそのままお休みください。また明日9時に伺いますわ」
俺は一応酔ったふりをして、スティーブンのシャツにつかまったままぼうっとしておく。あまりにきちんと挨拶しては変な気がしたからだ。
車からはヴェデッドににた小さな子供達が二人出て来て、俺達に挨拶をした。
女の子は猫を連れていて、スティーブンは俺を放してからしゃがんでその猫を見る。俺も後から続いてしゃがんで、猫の頬に指をぷすりと差し込んだ。
「何か、ありがとう」
俺が猫を触っている間に立ち上がったスティーブンはヴェデッドにそう言っていて、俺はなんとなく分かる気がしながら一切そちらを見ない事にした。
レオに会いたいな、俺も。
彼がヴェデッドを見て安心したように、俺もレオに会って安心したい。
レオはとても普通の、知り合いだから。
それからスクーターでやって来たレオに、俺は思わず笑って手を振った。
その後顔の腫れはちゃんと心配してます。
レオくんは一応ライブラだけど、やっぱりとっても一般人っぽいんですよね。マフィアのボスでありながらも多分信頼できそうなツナみたいな。ビッグではないんだろうけど、擦れてない感じでしょうか。
スティーブンさんも、ヴェデッドのことはとっても信頼していそうですね。信頼って言葉は多分ボスにしかないかもしれないけど、なんというか無意識に。
微妙な裏切り?にあって同じようにへこんでいたのは共通だったのですが、念のために予防線を張っていたのも似てる所でした。文中にはださなかったけど、主人公はHLに入る前は保護呪文かけてました。(持続時間は不明ですが有りということでお願いします。)
だからスティーブンの針は刺さってません。主人公にとってはただの物理攻撃だったのです。さすがに本人は攻撃された事には気づいてなかったし、エレンたちにしていた説明でああとは思ってます。そしてそれ以外は特になんとも思ってません。
疑っていない(と思ってる)んだけど、職業柄準備をしてしまうっていうのが二人の共通点です。長い解説だね、すみません。
Feb.2016