寂しさを食べて生きていけるなら

は十六歳になる少し前、空軍の整備士になった。
マルコ達の口利きがあったからなのだが、実力を伴わない人間を軍に誘う筈も無く、の整備技術は当然のように一流だった。ベテランの整備士に引けを取らない知識や技量に、他の技術士たちは瞠目した。伊達にマルコたちにくっ付いて飛行艇の掃除をしていたわけではない。時にマルコに怒られながら、ベルリーニの薀蓄を聞きながら、他の仲間達の飛行艇の掃除や調整に携わってきている。
同年代の子供達がサッカーやお絵描きをしているときもは飛行艇にバールを握っていたのだ。

……俺のエンジン直りそうかい」
「大尉」
作業場で夜遅くまで作業していたのところにマルコがやってきて声をかけた。
「……そうですね、古くなっている部品の取り替えはもう終わりました。動きは良くなると思います」
「そりゃよかった」
煤だらけの顔を上げたは青白い顔で控えめに微笑んだ。健康的な肌色をしたマルコとは間逆の顔色にマルコははあとため息を吐く。おそらくまた食事を抜いた生活をしていたのだろう。
「今日はもうそこまでにしておけ」
「ですが」
「上官命令だ、
「……はい」
は肩をすくめてから少し嬉しそうに笑って、持っていたレンチを工具箱の中に仕舞う。
「もうひとつ上官命令だ……」
「はい?」
「飯付き合え」
「……はい!」
今度は満面の笑みで頷いたを見てマルコは踵を返し先に外に出た。が着替えてくるのを待ちながら煙草をふかしていると遠くからバタバタ走ってくる音がする。

「大尉!お待たせしました」
、その大尉っていうの止めろ」
「え?あ、つい癖で」
「相変わらず抜けてるな」
は仕事中はきちんとマルコのことを大尉と呼ぶ。上官なのだから当たり前であり、敬語も使うし抱きついたりもしない。最初の頃は間違えてマルコと呼びかけてしまうときもあったが、だからといってマルコや他の皆が怒るわけでもなく、ただが勝手に畏まっているだけだ。
同じ空軍のパイロットなら、大尉でありアドリア界のエースと呼ばれるマルコと、細くて力も弱いが腕のいい若い整備士のが昔なじみで兄弟のように仲が良いことくらい分かっている。
マルコが、を猫可愛がりしていることもだ。
「僕抜けてない」
仕事が終われば大尉と整備士ではなく、マルコとの関係に戻る。肉付きのよくない薄っぺらい頬を目一杯膨らませて拗ねたように口を尖らせるはまだまだ子供のようなあどけない表情をしていて、マルコは豪快にふわふわ頭を撫で回した。
「ぅわっ、あー……ぐしゃぐしゃだ!」
マルコの馬鹿!と髪の毛を直すをよそにマルコは煙草の火を消しながら先へ進む。後ろからが走ってきてマルコの背中に飛びつくと、反動で少し前のめりになるがはそこらへんの子供より軽いためマルコは慣れた足取りでバランスを取った。
、お前いきなり飛びつくのはやめろ」
「なんで?マルコいつもちゃんと踏ん張るじゃないか」
首に絡まる細い腕を掴み体勢を整えていると、の細い足が腰まわりにがっしりと組まれた。
「俺やベルリーニたちなら慣れてるがなあ、普通は転ぶぜ?」
「マルコたちにしかやらないよーさすがに」
「そうかい、だがなあ、俺たちだって不意打ちくらえば倒れるんだぜ、それでお前もろとも転んじまったら元も子もねえ」
「じゃあ今度から呼びかけてからするね」
「…………まあ今のところはそれでよしとするか」
どうせ後数年もしたらも抱きついてこなくなるのだろうとマルコは思い、相変わらず軽いが子供の頃に比べて随分重くなった温かい身体をしっかり負ぶりながら夜の道を歩いた。


「あれ、今日はジーナんとこ行かないの?」
「行きたいのか?」
「ううん……あ、行きたくないわけじゃないよ、ほんとだよ」

ジーナの店で食事を共にすることが多かった所為かいつもとは違う店に向かっているマルコに、背中から降りたはきょとりと首を傾げた。
「見るからに飯食ってなさそうな顔見せちゃあ、ジーナも心配するからな」
行きたいわけじゃなく、行きたくないわけじゃないのは、ジーナに怒られると思ったからだ。
「…………え……っと……ご、ごめんなさい」
はマルコの服の裾をぎゅっと握りながらしょんぼりと謝った。
軍に入るからには食事をきちんととるようにと約束をしたから、何日も食事を抜いて倒れることはしなくなった。だが顔色が悪くなるくらい食事を忘れることは あった。その都度誰かが連れ出して食事をさせているが一度にあまり食べられないはまたすぐに栄養失調になりかける。
ジーナの最初の夫である幼馴染が死んだ時や、軍の仲間が戦争から戻ってこなかった時も、は食事をとれなかった。涙は見せなかったが暗闇でひっそりと佇んで死を悼んでいる姿をマルコは見かけたことがあった。
、仲間を失ったのは辛いがな、お前がそれを引き摺って何になる」
「…………」
「引き摺りすぎて、おっ死んじまったら……ジーナや俺は、どう思う」
「悲しくて、泣いちゃうと思う」
先日と同じ頃に軍に入ってきた男の乗っていた飛行艇が発見された。その男はを毎日のように食事に連れ出してくれたし、年頃もそこそこ近かった為仲良くしていた。何よりその男が乗った飛行艇はが何度も何度も、念入りに整備して綺麗に磨いたものだった。ボロボロになり帰って来た機体の破片と灰を抱きしめて、小さな声でおかえりと言うの姿は酷く痛々しかった。
「ああ、そうだな。……なあ、悲しみに長く暮れるより、死んじまったやつらの分笑ってやるのが一番の弔いだと思わねえか」
の細い肩を抱き寄せる。
「お前はもう少し、自分のことを大事にしろ」
「大事に、する」
「ああ……いい子だ」
「マルコ、だいすき」


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マルコの口調は文章にしてみたらなんだか違和感が拭えません。というよりキャラクターをつかめたいないだけですね私が。
脳内で修正してくれたら嬉しいです。
2012/04/10


Title by yaku 30 no uso