ファソラシド
「ジーナ」
「なあに」
ホテル・アドリアーノのジーナは『アドレア海の飛行艇乗りは皆一度は彼女に恋をする』といわれているほど綺麗で魅力的だが、にとってはちょっと怖い母のような姉のような人だった。そもそもは飛行艇乗りではないので例外なのかもしれない。
ジーナがわざわざ軍にまで電話してを呼び出したのにはわけがあり、自身薄々気付いてはいる。ジーナに座りなさいといわれて目の前に座ったが顔は見られなくて、恐る恐る口を開くと優しい声でジーナは返事 をした。
は単純思考であり、その優しい声にほっとして顔を上げた途端、うっすらと冷たい笑顔を浮かべているジーナにびくっと肩を震わせてまた顔 を下げた。
「?どうしたの?」
「あう、あの、うーん……」
「何か言いたいことがあるんじゃないのかしら」
「えっと……ご、ごめんなさい」
元々幅の狭い肩を、更にぎゅっとすぼめてはジーナに謝った。
「ごはん、食べなくて。こないだ、気付いたら軍の、医務室でした……」
「ええ、ええ、ベルリーニから電話で聞いて、私びっくりしたのよ?」
「うん」
まるで幼い子供と大人のような二人だが、は来月十八歳を迎える青年であった。
年上の大人たちに昔から可愛がってもらっている所為なのか地の性格はとても子供っぽくて弱虫で純粋だ。が歳相応もしくはそれ以上の働きを見せるのは飛行艇に関してのみで、それ以外は本当に十三歳の頃からあまり成長していない。
「いつも、は約束を破るのね」
「つっ、次から気をつける!から……」
目を覚ましたとき散々マルコに怒られてベルリーニにたしなめられて、フェラーリンにいたっては彼が第一発見者だったので抱き上げて医務室に運ばれる始末。 割と色々な人にその様子を見られていてい空軍の末っ子だなんて仇名がつけられたは今回ばかりは恥ずかしさと情けなさで胸が一杯だ。
「ご飯食べるっていう約束はあなたにとってどうしてそんなに脆いのかしら」
「うー……ん、何でだか僕も……」
かしかし、とふわふわした髪の毛に手を差し込んで頭を掻くにジーナははあとため息を吐いた。
「じゃあ一つ破ったのだから、もう一つの約束は守ってもらうわよ?」
「え?」
「今夜、お店に出ること」
「!」
もう一つの約束とはなんだったかと首を傾げたところでジーナがにっこりと笑みを浮かべたことにより思い出した。今度また倒れたら私のお店で働いてもらう わ、とジーナに釘を刺されていたのだ。
軍を辞めることはできないが、ジーナのいう働いてもらうというのは楽器の演奏で、一夜限りのものだから関係なかった。昔から整備士になることを夢見てはき たがジーナに面倒を見てもらうことが多かった為、ピアノやヴァイオリンを一緒に弾いていたのだ。は手先が器用だからピアノは得意中の得意で、ジーナには半ば本気で店を働かないかと言われていた。
実際ジーナの店で働いていれば食事もちゃんととるだろうと皆に賛成されかけたが飛行艇を愛する気持ちをがんばって分かってもらって何とか整備士になったの だ。
「や、やだ!」
「駄目よ、約束だもの」
「でも、……やだ」
「駄々を捏ねないの。お店出入り禁止にされたい?」
「それはやだ!ジーナの歌聴きたいもん……」
やだやだ、と子供っぽく首を振るがはジーナよりも頭一つ分ほど背が高く、長身である。見てくれだけは立派に大人びてきているため傍から見ていると変な男なのだが、ジーナにしてみたらまだまだ可愛い坊やだった。
「嬉しいこと言ってくれるのね……じゃあ今日は、一番近くで歌を聴くのだと思えば良いのよ」
「うん?」
「はピアノ嫌い?」
「ううん」
「私の歌聴きたい?」
「うん」
「じゃあ久々に一緒に合わせましょ」
「うん」
「はい、決まり」
本当には単純思考で学習能力が無い。ジーナの口車に乗せられてすっかり良い気分になって頷いてしまった。
「あれ?」
「スーツ着て来てね、この前贈ったスーツあるでしょう?あれがいいわ」
「え?」
あれよあれよと言う間に約束を取り付けられてしまう。ぽんぽんと話が進むのでは考える暇も言い返す暇も与えられずジーナは部屋を出て行ってしまった。
すっぽかす、なんてことはの脳内にはなかった。
ジーナにお願いお願いと泣きついて背中にしがみ付いて怒られて、また口車に乗せられて結局はスーツを着て店でスタンバイをしている。
夕方ジーナの家で何度かピアノの練習はしてあるのでピアノを弾くことに不安は無いのだが、は人見知りで大勢の人がいるところに出るのは好きではなかった。集中はできるからピアノを弾けなくなることは無いが弾き終った後の客の相手が嫌なのである。
以前もジーナに言われてピアノを弾いたことはあったが歌が終わるとジーナに引き連れられて客に紹介されたり、客が寄ってきたりと面倒だった。
軍の人たちとはまた違う、その雰囲気に慣れられない。
「……ジーナー、お客さんの相手もしなくちゃ駄目かな?」
「今日はマルコが来てるから歌が終わったら一番に行って良いわ」
「マルコ!?いるの?」
「ええ、その代わり、ご飯もしっかり食べること」
「わかった、食べる」
ぴし、っと軍人のように敬礼したの頭を撫でるジーナ。
今だけはのふわふわ頭もワックスで少し固められていて、普段少し隠されている目鼻立ちがすっきりと見える。ふわふわの髪の毛も魅力的だが、綺麗 な眸の色や白い肌も魅力的だとジーナは思っていた。
時々はこうしての良さを引き出してあげようと決めているのだ。半ば無理矢理引っ張り出しているのだが。
「ジーナの歌を聴いた日は、とっても良く眠れるんだ」
「あら、貴方いつも寝てばかりいるじゃないの」
「それは小さい頃の話っ」
は子供の頃良くはしゃぎ倒して疲れて眠っていて、疲れて無くても昼寝をよくする子供だった。ジーナは、ふわふわ頭がブランケットから飛 び出て小さな身体が丸まっているのを何度も見てきた。
「今も十分小さいわよ」
「え?ジーナより大きいんですけど」
「ふふふ、そうね、大きくなったわね」
はからかわれていることにも気付かず、ジーナの言葉ににっこり笑った。
ジーナには勝てない。とかいっても主人公は誰にだって勝てない……。
「なあに」
ホテル・アドリアーノのジーナは『アドレア海の飛行艇乗りは皆一度は彼女に恋をする』といわれているほど綺麗で魅力的だが、にとってはちょっと怖い母のような姉のような人だった。そもそもは飛行艇乗りではないので例外なのかもしれない。
ジーナがわざわざ軍にまで電話してを呼び出したのにはわけがあり、自身薄々気付いてはいる。ジーナに座りなさいといわれて目の前に座ったが顔は見られなくて、恐る恐る口を開くと優しい声でジーナは返事 をした。
は単純思考であり、その優しい声にほっとして顔を上げた途端、うっすらと冷たい笑顔を浮かべているジーナにびくっと肩を震わせてまた顔 を下げた。
「?どうしたの?」
「あう、あの、うーん……」
「何か言いたいことがあるんじゃないのかしら」
「えっと……ご、ごめんなさい」
元々幅の狭い肩を、更にぎゅっとすぼめてはジーナに謝った。
「ごはん、食べなくて。こないだ、気付いたら軍の、医務室でした……」
「ええ、ええ、ベルリーニから電話で聞いて、私びっくりしたのよ?」
「うん」
まるで幼い子供と大人のような二人だが、は来月十八歳を迎える青年であった。
年上の大人たちに昔から可愛がってもらっている所為なのか地の性格はとても子供っぽくて弱虫で純粋だ。が歳相応もしくはそれ以上の働きを見せるのは飛行艇に関してのみで、それ以外は本当に十三歳の頃からあまり成長していない。
「いつも、は約束を破るのね」
「つっ、次から気をつける!から……」
目を覚ましたとき散々マルコに怒られてベルリーニにたしなめられて、フェラーリンにいたっては彼が第一発見者だったので抱き上げて医務室に運ばれる始末。 割と色々な人にその様子を見られていてい空軍の末っ子だなんて仇名がつけられたは今回ばかりは恥ずかしさと情けなさで胸が一杯だ。
「ご飯食べるっていう約束はあなたにとってどうしてそんなに脆いのかしら」
「うー……ん、何でだか僕も……」
かしかし、とふわふわした髪の毛に手を差し込んで頭を掻くにジーナははあとため息を吐いた。
「じゃあ一つ破ったのだから、もう一つの約束は守ってもらうわよ?」
「え?」
「今夜、お店に出ること」
「!」
もう一つの約束とはなんだったかと首を傾げたところでジーナがにっこりと笑みを浮かべたことにより思い出した。今度また倒れたら私のお店で働いてもらう わ、とジーナに釘を刺されていたのだ。
軍を辞めることはできないが、ジーナのいう働いてもらうというのは楽器の演奏で、一夜限りのものだから関係なかった。昔から整備士になることを夢見てはき たがジーナに面倒を見てもらうことが多かった為、ピアノやヴァイオリンを一緒に弾いていたのだ。は手先が器用だからピアノは得意中の得意で、ジーナには半ば本気で店を働かないかと言われていた。
実際ジーナの店で働いていれば食事もちゃんととるだろうと皆に賛成されかけたが飛行艇を愛する気持ちをがんばって分かってもらって何とか整備士になったの だ。
「や、やだ!」
「駄目よ、約束だもの」
「でも、……やだ」
「駄々を捏ねないの。お店出入り禁止にされたい?」
「それはやだ!ジーナの歌聴きたいもん……」
やだやだ、と子供っぽく首を振るがはジーナよりも頭一つ分ほど背が高く、長身である。見てくれだけは立派に大人びてきているため傍から見ていると変な男なのだが、ジーナにしてみたらまだまだ可愛い坊やだった。
「嬉しいこと言ってくれるのね……じゃあ今日は、一番近くで歌を聴くのだと思えば良いのよ」
「うん?」
「はピアノ嫌い?」
「ううん」
「私の歌聴きたい?」
「うん」
「じゃあ久々に一緒に合わせましょ」
「うん」
「はい、決まり」
本当には単純思考で学習能力が無い。ジーナの口車に乗せられてすっかり良い気分になって頷いてしまった。
「あれ?」
「スーツ着て来てね、この前贈ったスーツあるでしょう?あれがいいわ」
「え?」
あれよあれよと言う間に約束を取り付けられてしまう。ぽんぽんと話が進むのでは考える暇も言い返す暇も与えられずジーナは部屋を出て行ってしまった。
すっぽかす、なんてことはの脳内にはなかった。
ジーナにお願いお願いと泣きついて背中にしがみ付いて怒られて、また口車に乗せられて結局はスーツを着て店でスタンバイをしている。
夕方ジーナの家で何度かピアノの練習はしてあるのでピアノを弾くことに不安は無いのだが、は人見知りで大勢の人がいるところに出るのは好きではなかった。集中はできるからピアノを弾けなくなることは無いが弾き終った後の客の相手が嫌なのである。
以前もジーナに言われてピアノを弾いたことはあったが歌が終わるとジーナに引き連れられて客に紹介されたり、客が寄ってきたりと面倒だった。
軍の人たちとはまた違う、その雰囲気に慣れられない。
「……ジーナー、お客さんの相手もしなくちゃ駄目かな?」
「今日はマルコが来てるから歌が終わったら一番に行って良いわ」
「マルコ!?いるの?」
「ええ、その代わり、ご飯もしっかり食べること」
「わかった、食べる」
ぴし、っと軍人のように敬礼したの頭を撫でるジーナ。
今だけはのふわふわ頭もワックスで少し固められていて、普段少し隠されている目鼻立ちがすっきりと見える。ふわふわの髪の毛も魅力的だが、綺麗 な眸の色や白い肌も魅力的だとジーナは思っていた。
時々はこうしての良さを引き出してあげようと決めているのだ。半ば無理矢理引っ張り出しているのだが。
「ジーナの歌を聴いた日は、とっても良く眠れるんだ」
「あら、貴方いつも寝てばかりいるじゃないの」
「それは小さい頃の話っ」
は子供の頃良くはしゃぎ倒して疲れて眠っていて、疲れて無くても昼寝をよくする子供だった。ジーナは、ふわふわ頭がブランケットから飛 び出て小さな身体が丸まっているのを何度も見てきた。
「今も十分小さいわよ」
「え?ジーナより大きいんですけど」
「ふふふ、そうね、大きくなったわね」
はからかわれていることにも気付かず、ジーナの言葉ににっこり笑った。
ジーナには勝てない。とかいっても主人公は誰にだって勝てない……。
2012/04/11
Title
by
yaku 30
no uso