泣くみたいに光っているんだ
が軍の整備士になってからもう一年が経ち、その間食事を抜きすぎて倒れるようなことはなかった。小まめに食事に誘ったり言い聞かせたりする人物も増え、自身も仕事に支障をきたさないため極力食事はとるようにしていた。
しかし、食事をとろうとしても咽が通らない日もあった。戦地に赴くことは稀だが戦争には関わっているため色々な悲劇を見てきたし、仲間の死を何度も目にしてきた。
はそういうときに限ってマルコやジーナに縋りついたりはせず、一人になる。
心配かけたくないと思っているのだろうが、それは全くの逆効果だとマルコは常日頃から思っていた。しかしどんなに言葉をかけてもの口からは辛いという弱音が出てこなくて、困っていた。
そんなとき、戦場へ向かった隊との連絡が途絶えた。一機も通信ができなくなり、は唇を噛んでいた。通信障害だと言い聞かせてはいるが、飛行テストの際にしっかり通信ができていたのは誰もが知っている。つまり、全滅したのだと皆心の隅で分かっていた。
自身も分かっていたのだろう。ただ認めてしまったら悲しまなくてはいけなくて、作業に没頭することで忘れようとして、食事も咽を通らず、おそらくあまり睡眠もとらず、次に戦地へ行く飛行艇の設備に力を注ぎ続けたようだ。
その結果、貧血で倒れるという事態に陥った。
マルコは丁度、軍基地に居てが倒れたと若い隊員から聞かされ慌てて医務室へ向かった。
白い布団の中に埋まるの顔色はいつも以上に青白く、針を刺された腕は以前見たときよりも細くなっているような気がした。
「マルコ、早かったな」
「……フェラーリン」
第一発見者であり、ここに運んできたフェラーリンがイスから立ち上がり、後は頼むと肩を叩いて医務室を出て行った。フェラーリンも心配しているのだろうが、にはマルコが適任だと思ったようだ。
その後が倒れたことを知った幼馴染達も医務室へ続々と集まってきて、少しだけ騒がしくなる。
「ん……」
は喧噪の中目を覚まし、小さくうめき声を上げた。三人がいっせいに気付き、顔を突き合わせてを見下ろした。
「……ぁ、れ、……僕」
「この大馬鹿野郎!!!」
「!!」
ぼんやりと目を開けたの眸は元来綺麗なブルーなのにどこかくすんでいて、白目は驚くほど血の色が無い。痛々しいその姿に、マルコは思わず怒鳴りつけた。
目を覚まして早々に怒鳴られたはびくりと身体を震わせて、マルコを見上げた。
「どんなことあっても飯は抜くなと言っただろうが!」
「ごめ、……」
「、どのくらい飯食ってないんだ?」
「わからない」
怒るマルコをよそに、真面目な顔をしてベルリーニは問う。
「忘れてたのか?」
「ちがう、食べようとしたけど、気持ち悪くなってきて……朝も、食べようと思ったのに」
点滴をしている腕をさすりながらは落ち込んだ表情をする。
今まで食べることを忘れてばかりいたが食べようと思えば食事をとっていたが今は食事を拒絶しかけているのだと気付き、マルコたちは冷や汗をたらした。
「今も気持ち悪いか?」
「ううん、寝たら少しすっきりした……ここ最近あまり寝ていなかったから」
マルコはいつもの口調で尋ね、の顔を覗き込む。
「ほら、とりあえずこれでも飲め」
「ありがとう……」
マルコがどうしたものかと悩んでいたとき、幼馴染の一人が食堂でもらってきたミルクを差し出した。は細い両腕を伸ばしグラスにおずおずと口をつける。細い首が、飲み下すたびにぐびりと動く。
マルコはその様子をみてどうにか食事を取らせないと本格的に危ないと感じた。
「そうだ、俺ジーナに電話してくる」
「え!?」
「ああ、行って来い」
ベルリーニが思い出したように呟き医務室から出て行くのをマルコは見送り、は吃驚して何も言えずに固まった。ジーナに怒られると思っているのだろう。は男達に怒られるよりジーナに本気で心配されて怒られるほうが堪えるため、丁度良い。
「お前は、暫く、療養しろ」
「わ、あ、うっ」
マルコはのふわふわした髪の毛を乱暴に撫でた。
「今度食べ物差し入れるからな」
「え、……うーん、できれば……フルーツとかにしてね」
残った友人がクスクス笑いながら言い、はぐしゃぐしゃになった髪の毛をなでつけながら医務室から出て行く背中に投げかけた。
「俺もそろそろ行くが……お前後でフェラーリンに礼を言っておけ」
「え?」
「お前の第一発見者で、ここに運んできた張本人だからな」
心配していたぞと呟くと、は目を見張ってからしょんぼりと肩を落とした。
それから暫くしてジーナに強制休養を言い渡されたはがんばって見舞いの品を平らげた。何度か吐きかけたらしいが、少しずつだが顔色も見られるくらいの色にはなり、心なしか腕も顔も肉がついたようだった。
医務室出勤と言う名の監禁から開放され、ようやく職場復帰を果たしたはある日軍に掛かってきた電話に腰を抜かした。
「マルコ?ちょっとを出して?」
軍に電話を掛け、マルコに繋ぎ、そこからを名指ししたのはジーナだ。
マルコが若い隊員を使いを呼びに行かせると何も知らないはわけが分からない顔をしたままマルコから受話器を受け取る。
「ジ、ジジジ、ジーナ」
「……、え、明日?……いやそれはちょっと」
「できれば来月………あ、うそ、……暇です、すごく暇です」
電話の内容は聞こえなかったが大抵の予想は、の返答で分かった。
受話器をマルコに返しながら、は暗い面持ちで呟く。
「上層部の呼び出しよりも怖い……」
相変わらず勤務中だからなのか敬語で、受話器を両手で丁寧に謙譲してくるにマルコは笑った。どうやらはジーナに呼び出されたらしい。明日はの非番だったのだがそれはおそらく他の幼馴染から聞いていたのだろう。
ジーナは以前に約束をとりつけていて、今度食事を抜いて倒れたらお店で働いてもらうから、と言っていた。自身はあまり真面目に聞いていなかったがマルコは丁度その場にいて、今の約束覚えておいてねとジーナに言われていた。いわば証人だった。
こりゃあ面白いものが見られる、と含み笑いをして明日は仕事を早く終わらせてジーナの店に行こう、と決めてニヤリと笑った。
「どうしたマルコ、楽しそうに笑って」
「……ああ、明日面白い物が見られそうでな」
「?」
丁度と入れ替わるようにやってきたフェラーリンが、コーヒーを入れながら怪訝そうな顔つきでマルコを見た。フェラーリンはマルコの返答を聞いてもよく分からず首を傾げたが、そういえばと話を変えた。
「今すれ違ったの顔が青ざめていたが、アイツはまた食事を抜いてるのか?」
心配するようなことは何も無い、とだけ教えてマルコは明日の夜に思いを馳せた。
時間が遡っててすみません。
しかし、食事をとろうとしても咽が通らない日もあった。戦地に赴くことは稀だが戦争には関わっているため色々な悲劇を見てきたし、仲間の死を何度も目にしてきた。
はそういうときに限ってマルコやジーナに縋りついたりはせず、一人になる。
心配かけたくないと思っているのだろうが、それは全くの逆効果だとマルコは常日頃から思っていた。しかしどんなに言葉をかけてもの口からは辛いという弱音が出てこなくて、困っていた。
そんなとき、戦場へ向かった隊との連絡が途絶えた。一機も通信ができなくなり、は唇を噛んでいた。通信障害だと言い聞かせてはいるが、飛行テストの際にしっかり通信ができていたのは誰もが知っている。つまり、全滅したのだと皆心の隅で分かっていた。
自身も分かっていたのだろう。ただ認めてしまったら悲しまなくてはいけなくて、作業に没頭することで忘れようとして、食事も咽を通らず、おそらくあまり睡眠もとらず、次に戦地へ行く飛行艇の設備に力を注ぎ続けたようだ。
その結果、貧血で倒れるという事態に陥った。
マルコは丁度、軍基地に居てが倒れたと若い隊員から聞かされ慌てて医務室へ向かった。
白い布団の中に埋まるの顔色はいつも以上に青白く、針を刺された腕は以前見たときよりも細くなっているような気がした。
「マルコ、早かったな」
「……フェラーリン」
第一発見者であり、ここに運んできたフェラーリンがイスから立ち上がり、後は頼むと肩を叩いて医務室を出て行った。フェラーリンも心配しているのだろうが、にはマルコが適任だと思ったようだ。
その後が倒れたことを知った幼馴染達も医務室へ続々と集まってきて、少しだけ騒がしくなる。
「ん……」
は喧噪の中目を覚まし、小さくうめき声を上げた。三人がいっせいに気付き、顔を突き合わせてを見下ろした。
「……ぁ、れ、……僕」
「この大馬鹿野郎!!!」
「!!」
ぼんやりと目を開けたの眸は元来綺麗なブルーなのにどこかくすんでいて、白目は驚くほど血の色が無い。痛々しいその姿に、マルコは思わず怒鳴りつけた。
目を覚まして早々に怒鳴られたはびくりと身体を震わせて、マルコを見上げた。
「どんなことあっても飯は抜くなと言っただろうが!」
「ごめ、……」
「、どのくらい飯食ってないんだ?」
「わからない」
怒るマルコをよそに、真面目な顔をしてベルリーニは問う。
「忘れてたのか?」
「ちがう、食べようとしたけど、気持ち悪くなってきて……朝も、食べようと思ったのに」
点滴をしている腕をさすりながらは落ち込んだ表情をする。
今まで食べることを忘れてばかりいたが食べようと思えば食事をとっていたが今は食事を拒絶しかけているのだと気付き、マルコたちは冷や汗をたらした。
「今も気持ち悪いか?」
「ううん、寝たら少しすっきりした……ここ最近あまり寝ていなかったから」
マルコはいつもの口調で尋ね、の顔を覗き込む。
「ほら、とりあえずこれでも飲め」
「ありがとう……」
マルコがどうしたものかと悩んでいたとき、幼馴染の一人が食堂でもらってきたミルクを差し出した。は細い両腕を伸ばしグラスにおずおずと口をつける。細い首が、飲み下すたびにぐびりと動く。
マルコはその様子をみてどうにか食事を取らせないと本格的に危ないと感じた。
「そうだ、俺ジーナに電話してくる」
「え!?」
「ああ、行って来い」
ベルリーニが思い出したように呟き医務室から出て行くのをマルコは見送り、は吃驚して何も言えずに固まった。ジーナに怒られると思っているのだろう。は男達に怒られるよりジーナに本気で心配されて怒られるほうが堪えるため、丁度良い。
「お前は、暫く、療養しろ」
「わ、あ、うっ」
マルコはのふわふわした髪の毛を乱暴に撫でた。
「今度食べ物差し入れるからな」
「え、……うーん、できれば……フルーツとかにしてね」
残った友人がクスクス笑いながら言い、はぐしゃぐしゃになった髪の毛をなでつけながら医務室から出て行く背中に投げかけた。
「俺もそろそろ行くが……お前後でフェラーリンに礼を言っておけ」
「え?」
「お前の第一発見者で、ここに運んできた張本人だからな」
心配していたぞと呟くと、は目を見張ってからしょんぼりと肩を落とした。
それから暫くしてジーナに強制休養を言い渡されたはがんばって見舞いの品を平らげた。何度か吐きかけたらしいが、少しずつだが顔色も見られるくらいの色にはなり、心なしか腕も顔も肉がついたようだった。
医務室出勤と言う名の監禁から開放され、ようやく職場復帰を果たしたはある日軍に掛かってきた電話に腰を抜かした。
「マルコ?ちょっとを出して?」
軍に電話を掛け、マルコに繋ぎ、そこからを名指ししたのはジーナだ。
マルコが若い隊員を使いを呼びに行かせると何も知らないはわけが分からない顔をしたままマルコから受話器を受け取る。
「ジ、ジジジ、ジーナ」
「……、え、明日?……いやそれはちょっと」
「できれば来月………あ、うそ、……暇です、すごく暇です」
電話の内容は聞こえなかったが大抵の予想は、の返答で分かった。
受話器をマルコに返しながら、は暗い面持ちで呟く。
「上層部の呼び出しよりも怖い……」
相変わらず勤務中だからなのか敬語で、受話器を両手で丁寧に謙譲してくるにマルコは笑った。どうやらはジーナに呼び出されたらしい。明日はの非番だったのだがそれはおそらく他の幼馴染から聞いていたのだろう。
ジーナは以前に約束をとりつけていて、今度食事を抜いて倒れたらお店で働いてもらうから、と言っていた。自身はあまり真面目に聞いていなかったがマルコは丁度その場にいて、今の約束覚えておいてねとジーナに言われていた。いわば証人だった。
こりゃあ面白いものが見られる、と含み笑いをして明日は仕事を早く終わらせてジーナの店に行こう、と決めてニヤリと笑った。
「どうしたマルコ、楽しそうに笑って」
「……ああ、明日面白い物が見られそうでな」
「?」
丁度と入れ替わるようにやってきたフェラーリンが、コーヒーを入れながら怪訝そうな顔つきでマルコを見た。フェラーリンはマルコの返答を聞いてもよく分からず首を傾げたが、そういえばと話を変えた。
「今すれ違ったの顔が青ざめていたが、アイツはまた食事を抜いてるのか?」
心配するようなことは何も無い、とだけ教えてマルコは明日の夜に思いを馳せた。
時間が遡っててすみません。
2012/04/12
Title
by
yaku 30
no uso