月を轢く
一人また一人と減って行く環境に嫌気がさした。
己の死を恐れるよりも、隣人の死を恐れた。
ふと、何故飛行艇に乗っているのか分からなくなる。昔はただ好きだから乗っていた。空軍に入って訓練をするのも、戦うのも、好きだからやっていた。より上手く使いこなすため、より強くなるため、男としての矜持のようなものが自然とあった。戦争に出るのも、さほど嫌いではなかった。そういう世の中で、育って来たのだ。
けれどいつの間にか疲れてしまった。
何のために戦っているのか、分からなくて良かった筈なのだ。ただ戦う。ただ空に出る。勇敢に、時には一人で、時には仲間と戦地を駆け抜ける。
それは空に出て戦うために、空に出て戦うこと。
けれど薄々勘づいていた事をしっかりと受け止めてしまった。 ―――国のために戦っていることに。
愛する者達を守るのは嫌いじゃない。だが、戦争の為に愛する者達を守っているわけではなかった。
マルコは戦争することに疲れた。
軍にいることに疲れた。
人間でいることに疲れた。
軍を抜ける前、気がかりだったのは小さな頃から自分にいっとう懐いていた子供だった。もう一人前と言っても良い年齢かもしれないが、マルコに取ってはやはり子供に変わりない。
同年代の残った幼馴染みであるエドモンドに対してはさほど心配していないが、は心配だった。
彼が軍に入ったのはマルコの影響が大きいため、辞める前にに声をかける。しかし、茫然としながらも、彼は首を横にふった。
気づかぬうちに少し、大人になったのか、と思った。
それは感心ではなくて、悲しさと憐れみを伴う。が軍に残ったとして、勿論それは世間的には正しく、技術を生かすことでもあるのだが、彼の身と心を守るための答えとしては大間違いだった。
絶望をはかることはできないが、マルコとともにもまた、参っている筈だ。今すぐにでもジーナの店に投げ込んでピアノでも弾かせてのんびりゆっくりと過ごさせてやった方が良いと思う程。
「そうか」
マルコはそれでもの意志を尊重して言葉を絞り出した。
親に捨てられた子供の様な顔をして、遠慮なく胸にしがみついて来たフワフワ頭を撫でる。
子供と大人の境界線で燻っている彼を、大人の世界に連れ出すことはまだマルコには出来そうにない。
(まだ、お前は子供で良い)
「おい、軍を辞めるって本当か?」
ずかずかと執務屋に入って来たフェラーリンを、マルコは荷物をまとめる最中だったので一瞥もせずに出迎えた。
「ああ、話が早いな。さっき辞表を出して来たばかりだってえのに」
「エドモンドから聞いたんだ」
「そうかい」
「馬鹿な事を……」
こっちを見ろと言いたげに、デスクの向かい側で両手をついてこっちを見る気配がする。しかたなく視線をやると、形の良い眉をきっとつりあげて、厳しい目つきをしていた。
「……はどうするんだ」
「声はかけた」
「!」
ぴくりと、彼の指先が動いた。
「―――が、行かねえとさ」
苦虫を噛み潰したような顔をするフェラーリンを見て、マルコは少しだけ面白くなる。
誰にしろ、軍を辞めるということは大抵反対で、マルコにもにも辞めてほしくないと言うだろうが、がマルコについていかないのも、不満な選択だったらしい。
なんでまた、と小さく零すフェラーリンに、マルコは視線を外して荷物を鞄に叩き込みながら言う。
「いいか、わかっちゃいるだろうが、軍に対する忠義でもなんでもねえ。ただ、あいつはこの場所から動けねえのさ」
「だから、なぜ動けないっていうんだ」
「色々あるんだろうよ、にも」
マルコだって全てのことが分かるわけじゃない。
でなければ軍を一緒に抜けるかなど聞かない。
「後は頼んだぞ」
「おい、マルコ!!は、あんなに痩せ細ってるんだぞ!お前が居なくてどうする!!」
「だから、頼むって言ってんだ」
「勝手な……!」
「じゃあエドモンドにでも投げておけ」
フェラーリンの、細身に見えるがしっかりした胸板を、少し強めに叩いた。
そして荷物を持って通り過ぎ、フェラーリンが追いかけてこないうちにと建物を出て行くことにした。
門のところまで来て、基地を見上げると三階の窓からがじっとこちらを見ている。いつもならぶんぶんと手を振って来るところなのだが、今回はそうもいかない。惜しむように、けれど優しく送り出すように、ひたすらに見つめていた。
マルコもまた見つめ返して、少ししてから背を向けた。片手を上げて別れの合図をしたが、が返したのかは確認しなかった。
四年ぶりやて……
己の死を恐れるよりも、隣人の死を恐れた。
ふと、何故飛行艇に乗っているのか分からなくなる。昔はただ好きだから乗っていた。空軍に入って訓練をするのも、戦うのも、好きだからやっていた。より上手く使いこなすため、より強くなるため、男としての矜持のようなものが自然とあった。戦争に出るのも、さほど嫌いではなかった。そういう世の中で、育って来たのだ。
けれどいつの間にか疲れてしまった。
何のために戦っているのか、分からなくて良かった筈なのだ。ただ戦う。ただ空に出る。勇敢に、時には一人で、時には仲間と戦地を駆け抜ける。
それは空に出て戦うために、空に出て戦うこと。
けれど薄々勘づいていた事をしっかりと受け止めてしまった。 ―――国のために戦っていることに。
愛する者達を守るのは嫌いじゃない。だが、戦争の為に愛する者達を守っているわけではなかった。
マルコは戦争することに疲れた。
軍にいることに疲れた。
人間でいることに疲れた。
軍を抜ける前、気がかりだったのは小さな頃から自分にいっとう懐いていた子供だった。もう一人前と言っても良い年齢かもしれないが、マルコに取ってはやはり子供に変わりない。
同年代の残った幼馴染みであるエドモンドに対してはさほど心配していないが、は心配だった。
彼が軍に入ったのはマルコの影響が大きいため、辞める前にに声をかける。しかし、茫然としながらも、彼は首を横にふった。
気づかぬうちに少し、大人になったのか、と思った。
それは感心ではなくて、悲しさと憐れみを伴う。が軍に残ったとして、勿論それは世間的には正しく、技術を生かすことでもあるのだが、彼の身と心を守るための答えとしては大間違いだった。
絶望をはかることはできないが、マルコとともにもまた、参っている筈だ。今すぐにでもジーナの店に投げ込んでピアノでも弾かせてのんびりゆっくりと過ごさせてやった方が良いと思う程。
「そうか」
マルコはそれでもの意志を尊重して言葉を絞り出した。
親に捨てられた子供の様な顔をして、遠慮なく胸にしがみついて来たフワフワ頭を撫でる。
子供と大人の境界線で燻っている彼を、大人の世界に連れ出すことはまだマルコには出来そうにない。
(まだ、お前は子供で良い)
「おい、軍を辞めるって本当か?」
ずかずかと執務屋に入って来たフェラーリンを、マルコは荷物をまとめる最中だったので一瞥もせずに出迎えた。
「ああ、話が早いな。さっき辞表を出して来たばかりだってえのに」
「エドモンドから聞いたんだ」
「そうかい」
「馬鹿な事を……」
こっちを見ろと言いたげに、デスクの向かい側で両手をついてこっちを見る気配がする。しかたなく視線をやると、形の良い眉をきっとつりあげて、厳しい目つきをしていた。
「……はどうするんだ」
「声はかけた」
「!」
ぴくりと、彼の指先が動いた。
「―――が、行かねえとさ」
苦虫を噛み潰したような顔をするフェラーリンを見て、マルコは少しだけ面白くなる。
誰にしろ、軍を辞めるということは大抵反対で、マルコにもにも辞めてほしくないと言うだろうが、がマルコについていかないのも、不満な選択だったらしい。
なんでまた、と小さく零すフェラーリンに、マルコは視線を外して荷物を鞄に叩き込みながら言う。
「いいか、わかっちゃいるだろうが、軍に対する忠義でもなんでもねえ。ただ、あいつはこの場所から動けねえのさ」
「だから、なぜ動けないっていうんだ」
「色々あるんだろうよ、にも」
マルコだって全てのことが分かるわけじゃない。
でなければ軍を一緒に抜けるかなど聞かない。
「後は頼んだぞ」
「おい、マルコ!!は、あんなに痩せ細ってるんだぞ!お前が居なくてどうする!!」
「だから、頼むって言ってんだ」
「勝手な……!」
「じゃあエドモンドにでも投げておけ」
フェラーリンの、細身に見えるがしっかりした胸板を、少し強めに叩いた。
そして荷物を持って通り過ぎ、フェラーリンが追いかけてこないうちにと建物を出て行くことにした。
門のところまで来て、基地を見上げると三階の窓からがじっとこちらを見ている。いつもならぶんぶんと手を振って来るところなのだが、今回はそうもいかない。惜しむように、けれど優しく送り出すように、ひたすらに見つめていた。
マルコもまた見つめ返して、少ししてから背を向けた。片手を上げて別れの合図をしたが、が返したのかは確認しなかった。
四年ぶりやて……
2016/04/15
Title
by
yaku 30
no uso