みずみずしくあれ

ジーナのホテルでのんびりと暮らすのは楽だったし、ピアノも嫌いじゃないが人が沢山いるレストランよりもやっぱり飛行艇をいじっているのが好きだからマルコに飛行艇製造会社を紹介してもらった。

そこはマルコと長く付き合いのあるピッコロ社で、社長もの腕を気に入ってくれたし、丁度息子達が出稼ぎに出たところだったので受け入れてくれた。
正直な話給料は良くないが、はとにかく飛行艇に触りたかったので了承した。
住み込みで働いていいというし、月にいくらか食費として給料から天引きされるので、生活費は殆どかからない。日用品にさほど金をかけるタイプではないので、こんな生活にとても満足していた。

―――どうやら、軍を辞めたのは正解だったらしい。

社長の孫娘のフィオが帰って来てからは、もっと健やかになった気さえする。
今まで飛行艇に没頭するばかりで満足だったし、社長も生活面に口うるさく言わなかったが、フィオがやたらと食事と睡眠をとるように声をかけてくるようになったので、ちょっとだけ健康になった。
軍に居るとき程不安がないからかもしれないし、時間がを癒したのかもしれないし、フィオの勢いが良くてつられていたのかもしれない。
朝食を食べるのは長い間慣れなかったけれど、毎朝フィオと社長と顔を合わせて食事をとるという生活にはすぐに慣れた。
虚弱な身体なので健康体と言えるまでには随分かかるのだが、日に日に調子が良くなっているような気がして、気分もよかった。

ホテルアドリアーノには、月に一度顔を出す。
「久しぶりね、
「うん。元気?」
「ええ」
基本的には昼頃にホテルに着いて、一泊してから次の日の昼頃にここを発つ。
この日もはジーナに懐っこい顔をしてかけより、ハグをした。それを当たり前の様に受け入れたジーナは、少しだけ健康的になった背中に手をかけて中へ誘う。
「あなた、少し太ったわね」
「太った?」
「健康的になった」
「そうかも。充実してるよ」
「よかった」
「ところで、フェラーリンさん来てないよね」
きょろきょろと周りを見るに、ジーナはきょとんとしてから笑い飛ばす。
「フェラーリンがくるとしたら夜のお店よ」
「でも僕が昼間に来るってこと知ったら」
「……見当はつくかもしれないけど、私は教えてないわよ」
「ほんと?教えてない?」
「心配性ね。会いたくないの?」
「うん」
素直に頷いたは、まるで叱られた子供みたいに肩をすぼませてそっぽを向いた。
「勝手に……急に辞めて来たから、会いづらくて」
「もう三年も経つのに……あなたったら」
「三年も経つからこそだよう」
23歳にもなって、口を尖らせて上目遣いでジーナを見る。
「ほんと、子供っぽいんだから」
ぷくりと頬を膨らませたがその動作が子供っぽいと気づいてすぐにやめた。

会いたくない訳じゃないのだが、会いたい訳でもない。
傍に居たくて軍にいたが、傍に居たら心配させるし、店に居ても心配されるので、目に入らない所でまともに生きてやろうと思っている。その方がフェラーリンは嬉しいのだろうし、会えないのは寂しいが元気にしていることはジーナから聞いて知っているので我慢した。
「フェラーリンは、あなたを探しに店に来るのに」
「昼間に来たら会えるんじゃない」
夜はフェラーリンに会いかねないと思って、けして店に出なくなったは素知らぬ顔で言う。
「あら、あなた昼間にフェラーリンが訪ねて来たら、隠れて出て来ないつもりでしょう」
「うん」
癖なので、結局また子供っぽく唇を尖らせてしまった。あきらめて、ジーナの前では取り繕うのはやめる。
「なんでだろう。夜来たって会えないって分かってるよね?」
「どうかしら。きっと、が顔を出してくれると期待してるのよ」
「なんで僕が顔を出すのさ……」
「フェラーリンはが叱られるのを恐れて逃げ回ってる、なんて分かってないでしょう」
「えぇ?」
「子供っぽくてわがままで、嫌な事は逃げちゃうを、フェラーリンはまだ見せてもらってないのよ」
ふふふとジーナは笑うけれど、は顔をしかめた。
当然自分の性格が全て把握されているとは思っていなかったが、そうか、とようやく合点がいき苦い顔になる。
ジーナに言われるまで忘れていたが、はあまりフェラーリンに素をみせていない。マルコと居る所を見られたり、撫でてほしいと甘えたことはあったが、だからといってただ顔を合わせ辛いだけだと思っていることなど、察する事はできないだろう。
「ようやく気づいたの?」
「なんとなく」
「その苦い顔でお茶をするの、やめてちょうだいね
「はぁい」
しかめていた眉をくっとあげて目を瞑り、澄ました顔でティーカップにちゅっとキスをした。



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ジーナの賭けと同じようなもので、彼女はわざわざ主人公とフェラーリンを会わせようとは思ってない。どちらかというと、主人公の味方なので、主人公が会いたいと言わない限りはやらないです。で、ホテルへはジーナに会いに来てるわけで、フェラーリンには会わないように協力もしてくれる。
主人公はジーナが口固いって知ってても、全部味方してくれるかわからないので職場は内緒。
ホテルでは部屋に通そうなんて考えてないよね?びくびく、ってしてます。
2016/05/20


Title by yaku 30 no uso