白雪姫の残り香

ここに来て良かった、と笑うを見たマルコはほっとした。
フェラーリンに預けて来たつもりだったが、は自分で考え、周りを頼り、立つ事ができるようになっている。
たった一人に頼り切りになってしまうより、ずっと良いと思った。

飛行艇を作っている間のマルコは暇だった。
フィオやがくるくる動き回っているのを見ながら煙草をふかし、赤ん坊のゆりかごを揺らす。
飛行艇が形になり始めたころ、映画を観に行くと懐かしい顔をみた。
暗闇の中まっすぐにこちらへ向かって来た。
「ーーー少佐か。出世したなフェラーリン」
「馬鹿が、何で戻って来たんだ」
「行きたい所はどこへでも行くさ」
少し前のマルコであったなら、馬鹿はテメーだと悪態をついてやったところだが、元気なを見た後では、特にこの友人に対して文句はない。むしろ、少し憐れだとさえ思った。
「今度は当局も見逃さないぞ。尾行されなかったか」
「まいてやったよ」
スナック菓子を噛み、マルコは得意気に笑う。
反国家非協力罪、密出入国、退廃思想、破廉恥で怠惰な豚でいる罪、猥褻物陳列、と罪をあげつらうフェラーリンに、またしても笑う余裕があった。
「なあマルコ、空軍に戻れよ。今なら俺達の力でなんとかする」
は追い出したのにか?それに俺は、ファシストになるより豚の方がマシさ……」
「冒険飛行家の時代は終わっちまったんだ。国家とか民族とか、くだらないスポンサーを背負って、飛ぶしかないんだよ」
「俺は俺の稼ぎでしか飛ばねえよ」
「飛んだ所で豚は豚だぜ」
「ありがとうよ、フェラーリン、皆によろしくな」
「ーーー良い映画じゃないか」
あくまでには反応しないつもりなのか、話したい事を優先させた結果がこうなのか、映画に視線をうつす。

マルコの場合賞金稼ぎをしている為に追われているが、はいまや一市民となっている。
ただし、今マルコの飛行艇を作っていることが知れたら彼もまた罪に問われることになるだろう。
フェラーリンが立ち上がる前に、マルコは呟いた。
は元気そうにしていたぜ」
ぴくりと、身体が動くのを視界の端にうつす。
「……そうか」
どこに居る、でも会ったのか、でもなく押し殺した静かな声で頷き立ち上がる。
「あばよ、戦友」
そしてフェラーリンは去って行った。


ファシストの秘密警察に追われていることを、も薄々勘づいていた。伊達に空軍に居たわけではない。テスト飛行も無しにすぐにここを出なければならないということで、フィオは一度動揺したが、は一切表情を変えなかった。
、お前は先にどっかに身を隠してろ」
「うんわかった。おやっさん、いい?」
「おう、お前さんの仕事はもうないしな」
焦りはないが、は元空軍に所属していたため捕まれば厄介でもあった。そのことを誰もが懸念していたため、一人で姿を隠すを咎める者は誰一人としていない。

「フェラーリンに会った」
「……そうなんだ」
動揺するわけでも寂しがるわけでもなく、苦い顔をするを見てマルコは本当に、彼が変わったことを感じた。
「でっかくなったな、
「……太った?」
「そういうことじゃねえよ」
ふわふわした頭を掻き混ぜると、嬉しそうに笑うところは変わっていない。
彼を空軍にーーー友人に預けて置いて行ったあのときは、まだ子供だった。大人になんて当分なれないだろうというくらい弱くて、可哀相なくらいに多くのことに怯えていた。周囲に死が張り巡らされていた所為もあるし、親しい者を亡くした傷を癒す暇もなかった所為もあるだろう。
心のどこかで、まだは自分の手から離れていないものと思っていた。
そんな小さな子供は、もういない。
「僕は大きくなったのか……」
問いかけているようで、ひとり言のような声を聞いてマルコは振り返る。はマルコに背を向けて窓の向こうの夕日を眺めていたので、その表情は伺えない。
「マルコが居ないと生きて行けないと思ってた」
相変わらずの細い手首がゆっくりと動いて、拳がそっと握られた。
「でも案外平気だった」
「そうかい」
振り向いたは、いたずらっぽく笑った。
「それから、フェラーリンさんの傍に居られない人生に、意味を成せるか不安だった」
「……元気にやってるじゃねえか」
「僕は誰かを失っても、一度も孤独にはならなかった」
今度は寂しげな微笑を見せる。
「この先も、きっと孤独はやってこない」
テーブルの上に腰掛けて、髪の毛をすくい耳にかけた。



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コレ書いてるとフェラーリンさんかっこわるってなるけど、映画はすごくかっこよかったです。ハンドサインして!!(うちわ)

誰かが誰かの代わりになる事はあり得ないけれど、それと同じくらい一人になることは無理な話なんだと思います。もちろん、本人が孤独だと感じてしまえばそうなんですが。
主人公はそうは感じないという話で、ジーナとか、フィオとか、おやっさんとか、他にもきっと友人が出来て、周りを見られるようになって。
誰を喪っても生きて行く覚悟を決めたというよりは、寂しくて死ぬ事はないのだろう、と理解したんです。
2016/11/12


Title by yaku 30 no uso