sakura-zensen

天降る春、月夜のうら

エピローグ

忍術学園を卒業して約二年。
俺は久々に顔を出そうと家に帰って来た。丁度門を潜ったところで、腹のところに子供の頭が飛び込んでくる。
「うおっとぉ、突然飛びついてくるなんて危ないじゃないか」
「あれぇ、きり丸にいちゃんだ!」
「俺だと分からないで飛びついたのか?ますます危ないなあ」
チビの頭を撫でまわし、そのまま身体を回転させて一緒に家の中に入ると、奥から人がわらわら現れ始める。ここにはたくさんの子供が住んでいるが、前に来た時よりもまた増えたような……。

先生か土井先生は?」

問いかければ顔見知りの年長者が、「せんせ~!」と大声を出す。
するとひょっこりとさんが顔を出して近づいて来た。
「きり丸じゃないか!───おかえり」
「ただいま」
俺が忍術学園を卒業したと同時に、土井先生は教師を辞めた。で、さんはそれまで大木先生の家に住み農家・医者・フリーの忍者と色々やってたけど、やっと土井先生と一緒住むようになって、今は孤児とか事情があって親と一緒に暮らせない子供を預かる大家族だ。
俺はというと、忍者としても人としても独り立ちするつもりでいたけど、さんと土井先生はここを俺の家として「いつでも帰ってきなさい」と見送ってくれたので、この挨拶は続いている。
「あー、これお土産です。みんなで食べてください」
久しぶりに帰って来たというのと、最近受けた任務で色々あったので、チビたちの分も含めいっぱい饅頭を買って帰ったらさんだけじゃなく、子供たちみんなが息をのむ。
そして、

「せ、洗濯物~~~~!!!!!」

さんが叫んだ途端、外でザーッと大雨の音がした。
「なにぃ!?」と、どこかで土井先生の声もしてきて、俺を出迎えていた人たちは一斉に走り去った。多分洗濯物を取り込みに。




───「ツキヨ城にある鬼の頸をとってきて欲しいのです」

そんな任務を受けたのがつい先日。
何人かの紹介を辿って俺に流れてきた依頼人だったが、その人は俺とそう歳のかわらない女人───阿曽さんという。どうやら、旦那さんに忍者の知り合いがいるらしかった。
阿曽さんは嫁ぐ前は、ここより西の方、かつてツキヨ領にあった神社の祝の娘だったそうで、ツキヨ城には御父上や御母上がよく呼ばれていた関係で出入りをしていたとのこと。
しかしまあ、『鬼の頸』というのはどうも不吉だ。そんなものを欲しがるなんて、どういう趣味してんだろ……と思ったけど、とにかく報酬がもらえるならと受けた。

詳しい今の所在はわからないが、おそらくツキヨ城にあると思う、というのが彼女の言い分だった。
ツキヨ領は今から六~七年程前、隣接するサク領に攻め落とされ、その名は失われた。だからツキヨ城も今や城として機能していないが、物資運搬の倉庫にもなっているようで人の出入りがある。
少し離れた村で聞き込みをしてみると、このあたりの土地はかなり恵まれており、農作物はここ数年豊作。自然災害などにも見舞われず、戦も近辺では行われてない。それを村の人たちは繰り返し同じような話でまとめた。───「鬼が退治されたからじゃ」

鬼、と言われて想像するのは地獄にいる鬼とか、人に病をもたらす鬼とかだけど、ここは古くからの伝承で、鬼が居た土地と言われてる。
だからその影響で、当時ツキヨ城には鬼がいたと噂になっている。

「お兄ちゃん、名物きび団子はどうでえ」
「いやあ食べたいけど、今は手持ちがあんまりなくって……名物ってことは、有名なんですか」
俺は通りすがりの団子屋の店先で、おばちゃんに声をかけられて立ち止まる。
「こりゃあ昔、鬼を退治した英雄が家来に渡したって逸話があるんじゃ」
「ここのあたりの人は随分鬼を信じてたんですね……前の城主の影響ですか?」
情報を聞きたくて前の城についてを話すと、おばちゃんは一瞬きょとんとした。
俺は見るからに地元の人間ではないから、ツキヨ城のことを知ってるのが珍しいんだろう。

「悪く言いたくねえけど、前の城主は鬼みてえな奴だったんじゃ。短気で乱暴で、わがままだって話でなあ」

なんだ、ありきたりな話かと思いつつおばちゃんの話を聞く。
前の城主はほんの半年にも満たない期間だけ家督を継いだ若殿で、一瞬にして国を傾けた。城を落とされたのも、サク領があまりの衰退に見かねてってことらしく、元ツキヨ領内の人々はえらく安堵したらしい。

「その前の殿様はもう少しまともで、城の兵力もかなりのもんだったけんど。それこそ古代の鬼"ウラ"を従えているとも噂をされてたんじゃ。でも、ある時心を病まれて儚くなって。すぐに継いだ若殿がうめえことやってりゃ、ツキヨ領はもっと広うなってたじゃろうな」

やっぱりツキヨは、鬼に関する言い伝えが多かった。だけどはっきりとはしない対象で、いったいどの鬼の頸なのかと最初は思った。
村の人たちは好き勝手、前の城主、その前の城主の戦力、そして古代ここに存在していた鬼だとかを口にする。
一番わかりやすいのは評判が悪かった最後の殿かと思ったが、あれはサク領に捕らえられ打ち首になり、しばらく晒された後、身体と一緒に葬られたと言うので、城にはないだろう。
その前の殿や奥方は鬼って言われてたわけでもなさそうだし、おばちゃんが言っていた───古代の鬼ウラの頸があるのか?古代っていつだよ……と思いつつ、忍び込んだツキヨ城の物置部屋などを物色する。

ふいに、小窓から月の光が部屋に差し込んだ時、自分の頭の形が壁へ浮かび上がり、視界にちらつく。
何気なく目をやって、それで───はたと動きが止まったのは、目が見覚えのある情報を捉えたからだ。
視線をさっきまでの動きを辿らせるように戻して、注意深く見直す。そして小さな壷に行きついて止まった。
壷には紙が貼られていて、そこに『羅』の文字があったのだ。

ウラは温羅、その───『羅』を彷彿とさせる。

音を立てず落ち着いて忍びよって、その壷を手に取る。
だけど頸……つまるところ頭が入ってるにしては小さくて、軽い。
それに匂いとかもしないし。
「くそ、剥がれちゃってて見えねえじゃん」
悪態をついたのは、紙が破けて剥がれて薄くなっていたせいでそれ以上の字が見えないから。俺はしばし考えてから、封をしてある和紙を括った紐を解く。
明らかに頸が入ってるとは思えないけど、これが何なのかがものすごく気になったのだ。どうせ違うのなら見ても構わないだろうという甘えもあった。あと、調査も兼ねてだ。何か鬼に関係するものかもしれないし。

片目を瞑って、中を見るがやはり暗くて何も見えない。なのでいっそのこと逆さまにしてしまえ、と掌にむけて壷を傾けた。
重みや揺さぶった時の感触からして、ヘンなものは入ってないはず。だから、

───するりと零れてきたのが白髪だったとき、ぎゅ、と喉が引きつった。
思わず、気持ち悪い、と肌が粟立つ。
しかしそれは手触りの良い、艶めいてしなやかで、瑞々しさの残る髪だった。

「こ、れは……」

よくみたら、それはうっすらと赤みを帯びている。
まるで春に咲く花のように美しい色をした───こんな色を持つ人を、俺はただ一人しか知らない。



調べたら、その髪が鬼の頸なのだとわかった。
この国にはかつてウラと呼ばれる『人』がいた。ツキヨ城主が最も勢いを持っていた時代に重宝した忍びの呼称であり───名も付けられず存在を葬られた若君のことだった。

依頼人の阿曽さんがこれを使って何をするのかはわからないけど、俺はその行方を知るべく仕事の範疇を越える覚悟で壷を彼女の目の前に置く。
「ここに『頸』が?」
元通りに封をして紐を締めたから、俺が見たことに言及はない。
「羅の文字しか見えなかったのですが、阿曽さんの言う『鬼』とは『温羅』のことですよね」
「ええ。本当はそう言うべきではないのですが、あの城内で鬼と言えば温羅なのです」
「これは正確には頸は、頭ではなくて───髪です」
「!」
「調べによるとそれを『頸』と呼んでいたようです」
小さな壷に違和感を感じていたであろう彼女は、俺の報告に目を瞠った。
そして手早くその壷の封を破り、逆さまにして手の上にそれを出す。
本当は紙に包んだりとか、結って整えたりとかすればいいのだが、あくまで『頸』扱いをしたくて城の人間たちは壷に入れたような気がして、その扱いの悪さに内心腹が立つ。けど、俺はすべてを飲み込んだ。

阿曽さんの手の上にある髪は、明るい部屋の中でみるとやはり、

「……綺麗な色ですね」
「!そう思う!?」
「ええ、桜色に見えます」
「うふふ……そうなの、桜色で綺麗な───あぁ、おにいちゃま……っ」

阿曽さんは急に少女のように笑ったと思えば、くしゃりと顔をゆがめて泣き出した。
俺は狼狽えて、背中を丸めて床に這いつくばってしまう彼女の近くに寄る。うっうっ、と引き攣った声をあげながら泣く彼女は、誰かを想っているようだった。
「あの、大丈夫ですか……?」
「……ええ、取り乱して申し訳ありません」
俺は月並みなことしか言えなかったが、彼女はやがて涙を堪えて顔を上げた。
そしてぽつり、ぽつりと語る。きっと誰かに聞いてもらいたかったのだろう。

「おにいちゃまは、あの城で生まれた時から鬼子と蔑まれてきました」

『温羅』は桜色の髪、緑の目、白い肌をした麗しい少年だったと阿曽さんは言う。
だが生まれた時に母御を始め肉親が彼を受け入れず、化生扱いをしたのだそう。
当時阿曽さんの御父上が城と懇意にしていた神社の祝であったために、城で生まれた子───若君に、悪霊がとり憑いているのか、前世で業をおかしたのか、敵勢力から呪われているのか、そんなことを確認するために呼ばれた。
御父上は若君を、色は違えど普通の子であると言ったのだが、城主は聞き入れず殺そうとした。しかしせっかく生まれたやや子を殺せば神罰が下ると諫めた。
また、生まれた子は育てるのが、親であり人、そして領地を治める主として守るべき道理ではないのかと。
城主と奥方はその言葉によって若君を育てるようにはなったが、その世話係として御母上が城に勤めることとなり、阿曽さんが生まれてからは一緒に出入りをすることになったと。
「おにいちゃまはその身も美しかったけれど、とても優れたみこころの持ち主で、阿曽に……わたしに色々なことを教えてくださった。でも七つを過ぎたころに、城主様の命によって戦働きに出されるようになりました、そこで母も私もお役御免となり、城への出入りはなくなってしまった」
徐々に声が重くなっていくのを感じながら俺は黙って聞く。
彼女は度々噂を耳にした。戦果が挙げられるにつれツキヨ城には鬼がいる、古代の鬼を従えていずれは日本の冠者となると。
「きっとおにいちゃまのことだと思いました……驚くほど力が強くて、怪我をされても一晩で治ってしまうほどに丈夫なお方だったから───でも、わたしが十二歳のころ、七年ほど前に一度だけおにいちゃまは私の前に現れて、それきり鬼の噂は聞かなくなりました。直後、城主様は気を病み儚くなられ、今度は次の城主様のことを民は鬼と揶揄し始めた」
阿曽さんはその先の城主が気を病んだ際にまた御父上が呼ばれたのについて行き、温羅は首を落とされたこと、そのせいで城主が悪夢を見て魘されていることを知った。
「う、うら……様、が阿曽さんのところに来た時は、なんて?」
「何かを言うわけではないのです、おにいちゃまはすっかり人が変わられたように無口になられていて……きっとつらい日々をお過ごしだったのでしょう。でも、幼いころに共に過ごした私を思い出して会いに来てくださったのだと……少しだけね、期待したのよ」
「期待?何ですか?」
「わたし、小さいころにおにいちゃまが初恋でしたの。お嫁さんにしてちょうだいって一方的に約束して、……だから迎えに来てくださったのか、それとも攫ってくださるのかと思ったけれど、結局妹程度にしか思われていなかったのよね」
「あ、ああ……」
俺は何とも言えずに相槌を打つ。
「あの人は鬼なんかじゃなかった。人はみな天から戴いた尊い命にほかならないのに、どうして見た目が違えば、力が強ければ、欠点があれば鬼とよぶのかしら」
阿曽さんは再び沈んだ声でそう言い出した。
きっとそれは温羅に対しても、後の城主への揶揄に対しても、人を鬼と呼んだ全ての人への憤りだ。

「……疑いの心が鬼を生む」
「え?」
「以前知り合いに言われたことを思いだしました」
阿曽さんは興味深そうに俺の顔を見た。
「人は何か怖いものがある、不安がある、隠し事があると、何の罪もない他人を信じられなくなったり、ただの暗闇に亡霊がいると言い出すのだそうで。何の慰めにもなりやしないですが、阿曽さんと阿曽さんのご家族は温羅様の姿を見てもそこに鬼を生まなかった強い心の持ち主だということです」
「……、ありがとうございます、きり丸さん」
桜色の髪の毛はその後、丁重に弔うのだとと言って、阿曽さんは俺に礼金を出した。
色を付けてくれたのは俺がその髪を桜色だと褒めたのが嬉しかったからだそうだ。俺もまた強い心の持ち主だと。


そんな風に稼いだ金を、温羅様───さんに返すべきかと思った。
だから饅頭を買って帰ってみたけど、ドケチの俺が人のために金を使ったので大雨を降らせちまったってわけ。

「いったいどうしてこんなことをしたんだ!」
土井先生は久々に来た俺に対して抗議した。でも俺は口をとがらせて悪びれない。
「これは守るべき縁かなってぇ」
「なに?」
さんがツキヨ城から抜け出して、土井先生の前に現れなければ俺たちは出会うことはなかった。それにはやっぱり、阿曽さんの御父上や御母上、もちろん阿曽さんの存在も必要だったんだろう。
なにより俺がさんの過去を知る機会も、縁が結ばれた結果だった。
そういうわけでこの阿曽さんからの報酬を、俺はさんに繋がにゃならん、というわけだ。神とか仏とかは別に信じてないけど、しいていうなら初めて会った時に、さんが俺の口に饅頭を放り込んでくれた礼ってことでもいいかな。
「なんでもありません!俺は確かに渡しましたからね!」
「えぇ?なんか怖いなぁ……何かの実験とかじゃないよな?」
「クンクン……」
「ちょっとぉ~お二人そろって何ですかあ~!?」
二人は饅頭を割ったり、匂いをかいだり、ちびっと齧ってみたりするのだから、本当にもう……。
だからって阿曽さんのこと、温羅の話、ツキヨ城にあった遺髪については任務だから言う気はない。
これは、俺の心だけにしまっておく。



end.


■主人公
ウラは温羅伝説(桃太郎伝説元ネタの鬼)から拝借。地域はおとなり岡山県。
前回話を書いた時点で、もう一回戻ってくるなら転生設定にしようとは思っていたけど特に身寄りのない子供にするはずが、ついうっかり妄想パゥワが弾けました。
▽ツキヨ城
その名の通り月夜から拝借。タソガレドキやオーマガドキみたいに日暮れ時ならぬ夜を象徴させてみたけど、本当はツキヨダケ(毒キノコ)にするつもりでした。夜に発光するところがとてもイイ。
▽サク城
月夜から月(主人公)がいなくなったので朔になったというイメージ。

■土井先生
おいて行かれるの似合うな→中々会えなくて凹むの似合うな→泣き落とし似合うな。という私の印象によってこんな話になりました。
今作は半子さんの姫抱きキッスが見せ場です。許せ半助。

■きり丸
幼いながらに人と人との出会いと別れは達観してしまうので、過度に悲しんだりはしてないけど、会ったら会ったで寂しかったんだなとか、また会えなくなったら嫌だなとか思う気持ちが湧き出たはず。そんな複雑な心を長い年月をかけてなだらかにしていってほしい。ので、最後おだやかに度々顔を合わせる仲に落ち着くという結末を書きました。主人公の過去を知るというスパイスを添えて。

■山田先生
いい人。山田家で「おとうちゃん」呼びして山田家に激震(隠し子疑惑)を走らせてほしかったけどやめました。

■利吉君
いい人。山田家で母上から主人公が自分の彼女だと思われた時は胃痛がした。
土井先生がいつまでも会えなかったら、主人公の彼氏だったかもしれない。

■大木先生
いい人だしテキトーなので、主人公は自分のことを雑に扱ってくれるところが好き。
土井先生がいつまでも会えなかったら、主人公の旦那になってたかもしれない。

■雑渡さん
主人公は闇より光の中で生きた方が似合うなって思ったので、見逃しつつ要観察。
サングラスを返したのも、その目を隠して明るい世界で生きなさいという示唆。フリー忍者になってドクタケに潜入したのは笑った。
多忙なのでぼちぼち監視はやめる。IFルートの続きはそのうち……。

■滝夜叉丸先輩
主人公が忍術学園に居た時に「わあ~ファンです」って握手をしてから、会うたび握手をしてくれる。書けなかったのでここで昇華。

Jan.2025