sakura-zensen
魔性の春
00話
「ってな感じで」
警戒な声がした。
「彼のことがだーい好きなくんに呪われてる、乙骨憂太くんでーす」
皆よろしくー。と、憂太を紹介したのは、たしか五条先生とやらだ。
この都立呪術高専という呪いを祓う機関が運営する学校のような場所で教鞭をとっているそう。
唐突に鮮明になっていく思考の中で俺は、憂太の処遇を思い出していった。
「攻撃するとくんの呪いが発動したりしなかったり」
「はやく言えや」
「なんにせよ、皆気を付けてねー!!」
前の学校で、憂太をいじめようとした男子生徒を俺がノしたとき、大怪我をさせてしまった。それが問題になっちゃって転校。そして新しいクラスメイトとの顔合わせたのが今。憂太がまたいじめられそうな気配を感じて手を出した結果、今のやり取りに繋がる。
というか───憂太が誰に呪われているって?───くん?くんは俺だ。俺が憂太を呪う?───まさか。
俺は春野。憂太とはいわゆる幼馴染だった。
出会いは小学一年生。俺は入学直前に父親と登山に行き、一週間ほど遭難していた。その時の記憶は無く父がどうなったのかわからないが、一人山小屋にいたところを保護され、検査の為入院していた。その病院で同じく入院していた憂太と目が合って、話すようになって、同い年だったから仲良くなって。
退院後は同じ小学校だったことが分かり、家も近所だったことからその交流は続いた。
そして十一歳の時、俺は命を落とした。
六年前のことだった。
「この、───■■■っ!」
ひどい暴言を吐かれた。相手は祖母だ。
俺の長い髪を引っ張って、床にたたきつけるように投げられる。ごちんっと頭を床にぶつけて、小さい身体は容易に倒れた。
衝撃によって声を出すこともできず、生理的に出た涙によって滲む視界で祖母を見た。憎々しげな表情は、よく見えなくてもわかった。
母親は随分前に亡くなっていて、父が行方不明となった俺を引き取ってくれたのが母方の祖母だった。しかし彼女は俺のことを常々、気味が悪いと言っていた。
というのも、両親の死や失踪については俺が何かをしたにちがいない。男のくせに伸ばした長い髪に、人を惑わせる何かがあるのだと。
でもこの長髪は、母と父が愛でて丁寧に手入れをしながら伸ばした髪なのだ。だから俺は祖母になんと言われようと髪を切ったりはしなかった。
仲良しの憂太だって、クラスの子だって、担任の先生だって、友達の親だって、みんなみんな、こんな俺を可愛いと言ってくれたもの。
祖母に怒られたのは、俺が家をちょっと探ってたからだ。憂太の誕生日に、何かあげられるものはないかと。それで母親の婚約指輪を見つけて眺めていたら、盗人と言ってぶたれた。そのまま這いずって、罵倒を背にしながら家を出たので、俺は結局憂太にあげられるものは何も持っていなかった。
「、くん……くん?」
「───あ、ごめん」
「どうしたの、ぼーっとしちゃってさ」
誕生日なんだと嬉しそうに言っていた憂太に、何かあげると約束していた俺は何もあげられるものがないことが後ろめたくて、憂太に会っても気がそぞろだった。
だがそれを指摘されて、隠し事も出来ないまま俺は憂太に何もあげられるものがないと謝る。
「え~!楽しみにしてたのに」
「ごめんごめん!その代わり、今日はなんでも言うこときく!」
「ほんと!?なんでも!?」
憂太は子供らしく拗ねて見せ、俺は無邪気に願い事を叶えると言った。
そしたら憂太は嬉しそうにして「明日も、あさっても、一緒に遊ぼ!」と無茶な提案をしてきた。
「今日叶えられることを言えよ~ずるいぞ」
「え~でも、思いつかないよ」
う~ん、と考え込む様子の憂太に、俺はとうとう笑って許した。
「───わかった、いいよ。じゃあ憂太とは明日もあさっても一緒に遊ぶ!約束な」
「それってずっと、ずーっと、一緒ってことだよね?」
「うん、ずっと」
子供同士の無邪気な約束が、俺たちの間では宝物になった。
だけどそんな稚い『永遠』は、あっけなく壊れた。
血だまりに、自分の長い髪が揺蕩う。
車に轢かれたのだと理解した。
死に瀕して、自分の感覚が恐ろしく研ぎ澄まされていく中で、痛覚や周囲の騒音ではなく、もっともっと、深い世界を俺は見た。
身体を這いあがってくる、祖母からの恨み、人からの好意、妬み、恐れ、憂太から向けられた感情。───いかないで、そばにいて、と。
そうだ、憂太とはずっと一緒に遊ぶ約束をしたんだ。だからいっとう心地よい、その感情を掴んで引き寄せる。
ひとえに、憂太を悲しませたくないと思ったんだと思う。
『憂太、明日もあさっても、一緒に遊ぼう』
こうして俺は、人ではない何かに成った。
それを五条先生は呪霊と呼び、俺が憂太を呪っていると評したのだろう。
何でだかわからないが、その事実を突きつけられた時初めて俺は俺であることを理解した。つまり、前世の記憶というやつだ。
人生は3回目、いや3.5回目?幼馴染の背後霊をやっている今、思い出す……?俺が呪いだなんて、憂太を恨んでいるとか、不幸にしようとか、そんな気は更々ないのに。
憂太のことは五条先生の言う「だーい好き」ではあるが、あくまで友情の範疇。BGMは青春アミーゴよ。
しかも腑に落ちないことがある。記憶が無かったこれまでの俺だって俺。いくら死後……えーと、呪霊?になったとはいえ、そんな悪意を振りまくだろうか。ああでも霊だから上手く精神をコントロールが出来ていなかったってことかもしれない。
かつて憂太の身体を使って伸した不良共には、心の中でだけ詫びます……。でも先に手を出したのはあっちなので憂太は正当防衛です。
状況整理に勤しむ俺を他所に、目の前では憂太にクラスメイトの紹介が行われていた。
呪具使い禪院真希さん、呪言師狗巻棘くん、パンダのパンダくん……??パンダってなんだ?
俺と憂太は五条先生の言葉足らずの被害を受けまくっているが、話は目まぐるしく進む。
転校初日にして、憂太は呪術実習を体験する羽目になっていた。
「真希・憂太ペア」
呪具使いと言われていた女の子が、憂太のペアを言い渡されて嫌そうな顔をする。なんなら「げっ」とも言っていた。
確かに実習ではペアが足手まといでは大変なこともあるだろう。よりによって初対面、初心者、変なの(俺)連れてるとくれば、嫌な声も顔も隠せまい。
しかし安心してほしい、禪院さん。俺はこれまでとは違って心を入れ替えたので、憂太に触れる者皆に当たり散かすような真似はしないのだ。
「……オマエ、イジメられてたろ───図星か。分かるわあ、私でもイジメる」
憂太が挨拶をしたところに禪院さんがそう言う。
まあイジメられてはいたんだよな……憂太。でも俺がホイホイ手を出してしまったので、途中からむしろ怖がられてたけどね。
特に中学の時、俺は憂太の身体を使って、突っかかって来た学校の先輩全員と喧嘩して勝ったのだ。そしたら他校でも番張ってる奴とかが挑戦に来ちゃったりして。
なので中学時代、俺たちは二人で一つ、地元では負け知らずだった。
それがやっぱり高校に入って、憂太のことを誰も知らない環境に入っていくと変わるもので、クラスメイトのやんちゃ系に一目でイジメられっ子だと見破られて絡まれた。後のことはお察しください。
「呪いのせいか?"善人です"ってセルフプロデュースが顔に出てるぞ、気持ち悪ィ。何で守られてるくせに、被害者ヅラしてんだよ」
ハゥ……耳に痛い。憂太は好き勝手に動く俺のせいで自分の評価が変わってしまい、何とか挽回しようとした結果がこうなのだ。
俺は憂太の中にいながら、憂太の感情が手に取るようにわかる。
それは焦り、怯え、無力感、自己嫌悪だ。これだけ言われても反論出来ないほどに憂太の心は挫けていた。
パンダくんが禪院さんの厳しい指摘を止めてくれたが、(多分狗巻君もなんだろうけど"おかか"の意味がわからない)憂太は彼女の言葉を深く胸に刻んだ。本当のことだから、と。
実習でやって来たのは現在も使われている普通の小学校だった。
しかし昨日から、児童が2名失踪しているらしい。
多くのに人間が行き交う、思い入れのある場所というのは、呪いが吹き溜まるらしい。なので、自然発生した呪いによるものだろうとのことだ。
今回の実習は簡単に言うと呪いを祓い、子供を救出、亡くなってたら回収だ。憂太はまだろくに戦い方も知らないのに、いきなり先生に放り出されて平気だろうか。
禪院さんがいるとはいえ、彼女もまだ1年生だし。頼りになりそうな五条先生は、かっこいい呪文で『帳』という結界を張った後は外で待つという。先行き不安だ……。
夜みたいに周囲が暗くなると、先生が呪いをあぶりだすためと言っていた通りに、あきらかに人でも動物でもない異形のモノが校庭に現れる。
しかもちょっと喋る……やだあ……。
人の姿に反応するのか、憂太と禪院さんに向かって走って来た呪いだったが、狼狽える憂太を他所に禪院さんは長物の武器で薙ぎ払ってしまった。かっこいい。
しかしそれだけでは終わりとはならない。校舎の中に入り、行方不明の子供を探さなければならないからだ。
学校の中には確かに、コソコソ、ヒソヒソと小さな呪いのようなものが散見された。声を出すもの、物音を出すもの、動いて視界に入るものがいたが、最初に現れたものほど攻撃的ではない。おそらく弱いんだろう。
その間、廊下を歩く二人は交流を深めているのか、「オマエ何級?」などと英検か何かの話をしている。
「憂太、いるよ」
もー実習中でしょうが。そう思って大きな気配を感知したことを憂太に耳打ちをすると、憂太もはっとした。
「───!禪院さん、……後ろっ!」
指摘もむなしく、デカい呪霊が瞬く間に校舎を突き破った。
禪院さんと憂太は吹っ飛ばされ、重力に伴い落下していく。
着地時に攻撃を、と考えていた俺だが、ぐぱあっと開けられた呪霊の口の中に落下地点が定まってしまい憂太の保護につとめた。
これまで宙に放り出されたことのない憂太は目を回し、衝撃によってわずかに気をやってしまったけど。
「クソ!呪具落とした!!───出せゴラァ!!」
呪霊の内臓というか、肉壁に囲まれたところにいると、一緒に呑み込まれた禪院さんががなり立てる。どうやら彼女は外に武器を落としてしまったようだし、足に傷を負っていた。
目を覚ました憂太は、状況を理解できずに周囲を見渡す。だが禪院さんにこのくらいで気絶するなよと怒られて、やっと自分が"食われた"ことに気が付いて焦り出した。
「そうだテメエ呪いに守られてんじゃねーのかよ!」
「くんがいつ出てくるか僕もよくわからないんだ!それよりどうするの!?」
憂太の口ぶりはもっともだ。正直俺は何度か憂太の代わりに身体を動かそうとしたのだが、出て行けなかった。声を聞かせる程度のことはできるが、今ここで弁解しても邪魔になるだろうと静観する。
この呪霊の体内は、胃酸とかとかそういう毒が滲み出てきて身体が融けていく感じじゃなかったし、まあ大丈夫だろうと。
禪院さん曰く、時間がくれば帳が上がるらしい。しかしそれはまあ、恥である。とはいえ一年生なんだし別にいいのでは?特に憂太は、悲しいことに俺以外の呪霊を初めて相手にしているわけで。
「───助けて」
ふと、二人以外の声がする。
憂太と禪院さんもそのことに気が付き視線をやると、行方不明だと思しき二名の子供が、同じ呪霊の腹の中にいた。
子供らは呪いにあてられており、いつ死んでもおかしくない状態だと禪院さんは言う。
そんな彼女自身も負傷した足から呪いがかかっている。つまり帳が上がるのを悠長に待ってられないってことだ。
「乙骨、オマエ、マジで何しにきたんだ?呪術高専によ!!」
子供に助けを乞われ、禪院さんに自分の心を問われ、憂太の感情が湧き立つ。
何がしたいのか、何が欲しいのか、何を叶えたいのか。───憂太は、もう誰も傷つけたくないと返した。
俺がいて、勝手に力を奮われる環境で、一人で閉じこもって消えようとした。でも五条先生に一人は寂しいと言われて、本当にそう思った。
そんな、俺の知らないやり取りは、おそらく憂太が呪いを封じ込める作用のある部屋に入れられた間のことだろう。俺は強制的に眠りに落とされるような感覚を味わったことがあるから。
「生きてていいって自信が欲しいんだ」
「じゃあ、祓え───呪いを祓って祓って祓いまくれ!!」
禪院さんの言葉に憂太は目を見開く。
同時に俺の、ないけど心臓みたいなのがドクンと脈打つ。
「自信も他人もそのあとからついてくんだよ!ここは、そういう場所だ!!」
言った後倒れた禪院さんを茫然とみて、憂太は首に下げたペンダントを握った。そこには俺から切り落とした"髪"が入っている。今はそれが俺と憂太を繋ぐものだ。
「くん」
「───なぁに?」
はじめて、ちゃんと呼んでくれたね。
憂太の感情がひしひしと感じられて、とてもあったかい気持ちになった。
「力を貸して」
唇をペンダントにくっつけて、吹き込むように願う。
───ああ。今、理解した。
憂太の外に出て身体が構築されていくとき、エネルギーはまるでチャクラのように体内を循環した。だがそれは俺の物ではない、憂太の力だ。
今までも憂太の感情の揺さぶりに強く影響を受けていたが、憂太の力だから当たり前なのだ。以前の俺には『使い方』の記憶も経験もないので、制御することができなかった。
でも、今なら少し、俺にその使い方が分かる。
それに憂太が直接、俺に願った。つまり、そのエネルギーを俺へ注ぐことを無意識に意識していた。
俺は身体の中を通る、憂太の力をコントロールする。
相手が人間ではないので、憂太の身体は使わず憂太に作り出された『』の自身の拳を振り上げた。
「っしゃーんなろー!!」
地面を砕くときの要領で、呪霊の肉壁をぶち抜いた。
子供と禪院さんと憂太はその出来た穴から外に出し、俺は呪霊を引き摺って、えいっえいっと殴りつける。
そういえば俺、呪霊の倒し方知らないんだが。……と思っていたら、呪霊は跡形もなく消えていた。これって祓えたのかな?
ともあれ、俺はこの力をうまくコントロールして、失われし俺と憂太の信用を取り戻していかなければ……と一息ついてると、俺に向けられる視線を感じる。
どうやら帳が晴れていくようで、学校の外に立っている五条先生が見えた。
あれ、ちゃんと会うのって初めてカモ。
なんか改めて見られると恥ずかしいな、今さっきまで暴れてたしな。
ニ、ニチャ……と笑っておくことにする。
子供2人と禪院さんを背負った憂太が漢を見せたおかげで、皆迅速に病院に運ばれ治療を受けた。
俺はちょっとやりすぎた感もぬぐえないので怒られたらやだな、と憂太の内側に引っ込んでいる。信用を取り戻したいとは言ったが、やらかしの責任はいつだって憂太……ごめん憂太。
「……初めて、自分からくんを呼びました」
「そっか、一歩前進だね」
病院の廊下のソファで座る憂太と、隣に立つ五条先生は、特に俺を叱るつもりはないようだった。まあそもそも俺に、言葉が通じると思ってないのもあるだろう。
「少し、思い出したんです」
憂太はペンダントを一度触ってから、手を下ろし、初めて出会ったのは病院だったとこぼす。
その時は髪が長いから女の子だと思ったと。だけど俺は男だったし、髪を伸ばしていたのは両親がなにかと手入れをしてくれていた。愛情の証だったと思っている。
憂太はそんな俺の長髪を、両親同様に気に入ってくれた。それが当時の俺はとても嬉しかった。
「くんとはそれから仲良くなりました。ほとんど毎日、一緒に遊んでた」
五条先生は小さく頷き、続きを促す。
「僕はそんな毎日が楽しくて、ずっと一緒にいようって約束しました。くんはそれに今も応えてくれてる。くんが僕に呪いをかけたんじゃなくて、僕がくんに呪いをかけたのかもしれません」
それはたしかに、言い得て妙だな、と思った。
俺はこうなる前にあらゆるものに身体が引っ張られるような感触がした。そこに憂太を見つけて、手を伸ばしたんだ。
それを呪いと言われるのは、なんだか、寂しいけれど。
「青春だね───だが憂太。それは永遠に続くものではないんだ」
五条先生は俺たちの友情を爽やかな言葉で表した。
「だから大切にするんだよ」と柔らかい声で付け足して。
憂太はしばらく黙って、それからぎゅっと拳を握った。
「僕は呪術高専で、くんの呪いを解きます」
そうだね、俺も頑張るよ。
憂太のその拳を包んで、同意した。
初めての実習後すぐ、五条先生は武器がしまわれた倉庫に憂太を連れて行った。
憂太が俺に命じ、俺が言うことを聞いたというのが第一歩であり、憂太の言う俺の呪いを解くというのが光明だ。
「春野ほどの大きな呪いを祓うのはほぼ不可能、だが解くとなれば話は別だ」
俺そんな言われるほど大きな呪いだったのか……。ちょっぴりショックだ。
五条先生曰く、呪いを解くというのは、何千何万もの呪力の結び目を読み、一つずつほどいていくことを言うのだそう。しかもそれは、呪われている憂太にしかできないこと。───その説明を聞きながら、俺がやらなければならないことは多分ソレだなと理解する。
憂太はわからないと言いたげに「具体的にどうすれば……」と困惑していたが、五条先生に一本の刀を渡された。
「呪いは物に憑いてる時が一番安定するからね。まあ、は憂太に憑くこともできるみたいだが、それじゃあいつまでたっても埒が明かない」
え、そうなん……。
「が顕現したとき、君はそのペンダントを媒介にして繋がったんだ。パイプはできてる」
俺の呪いを憂太がうまく刀に込めて使うことで、力を支配する訓練をするらしい。……言いたいことはわかる。憂太の肉体を使って戦うのでは憂太の身体が持たないし、離別ができないってことだろう。
だけどその裏で、俺は憂太が無意識に放つ力を受け取り、循環させて憂太に返さなければならないということだ。───かなりやることは複雑になってくる。
五条先生が、何千何万の結び目を解くといった通りだ……。
刀を手にした後、試しに鞘のまま五条先生と打ち合ってみることになった。
しかしすぐ「憂太!に任せすぎ!」と怒られる。
びゃ、とびっくりした俺と憂太はうっかりそれで刀を握る手を緩めた。
すかさず手に衝撃をあたえられ、とうとう刀を取り落とす。
「いいかい、呪力を込めるのは刀にだけ。身体をに任せて刀を振ってもらうんじゃないの」
「あ、あれ?僕またくんに……?」
「初心者の憂太がそんな立ち回れるはずないでしょ」
「うぅ……た、確かに……」
再び憂太は傷ついた声を出す。
やだうっかり、憂太の身体を操ってしまった。
とはいえそれは憂太が無意識に俺に自由を許している証拠でもあるので、互いに認識を強く持たなければな戸思う。
「今までだっての力だろ?聞いたよ~君、中学の時、地元では負け知らずだったそうじゃないか」
「あ、あれはくんが喧嘩に強いからで……」
「そうだ、は強い」
「……はい」
どこから湧いて出た技術なのかと聞かれると困るが、実際俺は今呪いになってるので、すべて不問みたいなとこある。どっちにしろ聞かれることはなかろう。
「だから、の力をうまく武器に纏わせて、自分の身体で動かす。そうすればいずれその力は手中に収められ───後は晴れて自由の身さ。君も、彼もね」
自由の身、と心の中でつぶやいた。
先生は俺たちの様子もなんのその、言葉を続ける。
「と、同時に、自分で刃物の扱いも覚えなきゃだし、がいなければ貧弱なんだからまずは徹底的にシゴきます」
体力はあるみたいだね、に動かされてたおかげかな?と五条先生は楽しそうに笑っていた。
俺が憂太に与えられたのは、何となく体が覚えている正しい力の使い方や反射的な動きとか、ちょっとだけついた体力だったんだね……。
三ヶ月もすると、憂太は竹刀で真希さんと元気にやりあうようになっていた。といっても、1本もとれたことはないようだけど。
真希さんは長い棒を使う戦いが多く、武器の扱いも身体の使い方もうまい。
憂太の振った竹刀を飛ぶことで避けた真希さんは、体勢を崩した好機とみて着地を狙った憂太をしなやかに避けて足技で絡めとり、引き倒しておでこを突っついた。わあ、すごーい。
「最後のいりました?」
「甘えんな、常に実践のつもりでやれ、罰があるのとないのとじゃ成長の速度がダンチ───」
「え、く……!?」
真希さんが得意げに背を向けたので、俺はうずうずして、憂太の身体で彼女を引っ張って地面に寝かせて押さえた。
いたずら成功の気持ちだったんだが、……もしかして、俺はやってしまった?
憂太は顔面にビンタされてぶっ飛んだ。ごめん憂太。
「テメェ!!に身体を動かさせるなって言ってんだろ!」
「ご、ごめんなさいぃ!」
「ッアー!クソ!今のは隙だらけだった情けねえ!!もっかいだせゴラァ!!!」
「え!?今出すなって……」
ごめん憂太。もっかい心の中で謝って、憂太から離れた。
もう手は出さないのでどうぞ、続けて。
俺は最近、憂太の力のコントロールを覚えつつあるのでチビっとした姿で顕現することが出来るようになった。初めてその姿を見た時の憂太は、俺を抱えてダッシュして教室に飛びこみ、クラスメイトのいる前で机にぽちょん、と置いた。良い思い出だ。
というわけで、今日も今日とてチビ姿で外に出て、グラウンド脇で見学中のパンダくんと狗巻くんといつの間にか来ていた五条先生の方へ行く。
「なんだ、。憂太のとこいなくていいのか」
パンダくんにそう聞かれて、こくこく頷く。
おしゃべりはね、憂太としかまだうまくできないの。
「……あんまり過呪怨霊らしくねえな。最初の時より随分落ち着いてるし」
「しゃけ」
パンダくんの言ってることはよくわからないが、狗巻くんの言葉はもっとわからん。
ほけっと首を傾げて見せると、五条先生は俺を指先でつっついてくる。
「まあ、普通は被呪者に対して猛烈に執着してて、その周囲に害を与えまくるものなんだけどねえ」
五条先生は目隠しをしているにもかかわらず、じいっとこっちを見てくる気配を感じたので、どうしたらいいのだろと思って、またニチャ……と笑っておく。
結局何も言われずに、彼らの視線や興味は憂太へと移った。
そういえば五条先生は狗巻くんを呼びに来たらしい。
パンダくんと真希さんがじゃれ合い始めたところで、狗巻くんには離脱の指示、そして憂太もサポートという名の見学を言い渡された。
当然俺もついていくわけだが、俺が全部出たら憂太と五条先生の首が飛ぶかも、と軽率にプレッシャーを与えられたので俺と憂太はビビりながら車に乗った。
───現場はハピナ商店街。
現在ほとんどの店が閉鎖しており、いわゆるシャッター街というやつだ。
ここらを解体したのち大型ショッピングモールを誘致する計画があるようだけど、視察中に低級の呪いの群れが確認されたとのこと。
補助監督の伊地知さんが事前にそう説明し、帳を下ろしてくれた。ついでにドライバーも兼ねているので彼は外で俺たちを待つのだろう。
狗巻くんは呪言を使う術師だそうで、大まかにいうと言葉に呪力が宿る。一般人的知識でもまあ言霊的なのを使うんだなとわかるが、どういったメカニズムと威力なのかはいまいちわかっていない。
中では早速、レベルの低い呪いがうようよと泳いでいるのが見え始める。
真希さんも『弱い奴ほどよく群れる』というかっけえ名言を残していたけど、まったくその通りで、小魚の群れがびちびちと大量に表れた。なるほど、これが雑魚というやつだな。
これは憂太にはちょっと向かないタイプだなと思う。武器で攻撃をしても数が多いので体力が消耗するし隙もできる。広域に呪力を放出する練習もしといたほうがいいかもな。ビームとか爆発とか……と思ってたら、狗巻くんが「爆ぜろ」の一言で呪霊を一掃してしまった。
俺は憂太の後ろでぴちぴちと拍手をした。
あっと言う間に終わったので、さて帰ろう、さあ帰ろうと踵を返す。しかし、帳が上がらないことに気が付き二人は首を傾げた。
たいていの帳は呪霊が祓えたり、時間が来れば解除されるらしいんだけどなぜだろう、と。
しかしそこに、新たな呪霊が背後に降り立った。
さっきの雑魚と比べると強く、憂太達はなんとか攻撃をかわして物陰に隠れた。
だがここはいわゆる隔離空間。帳が上がらないのでは逃げられないし、この呪霊を野放しにもできない。
狗巻くんは最初の攻撃から憂太を守るのに指を負傷したが、階級が上であることや、純粋に憂太を慮って1人で戦おうとした。
憂太はその姿を見て甘えるような男じゃない。恐怖と困惑をぐっとこらえて、勇気を出して2人で頑張ろうと言った。───やっちゃえ、憂太。
憂太は刀に呪力を込めて、足を絶えず動かし、目を凝らし、呪霊の隙を探す。
攻撃するも、呪霊は固くて刃が通らない。憂太もまだまだ、力の扱いがなってないからだ。戻ったら要訓練である。
とはいえここで諦めるわけにも行かず、先程逃げるときに落としてしまった狗巻くんの喉薬を拾って、物陰にいた彼に投げ渡した。
狗巻君はその喉薬を瞬時に嚥下し、渾身の呪言で呪霊を潰す。
そしてすぐに、憂太に駆け寄って来て、2人はにっこり笑いあってハイタッチした。
───あれ、なんかいる。
商店街の上の方、アーケードのところを見ると柱の上に人影がある。呪霊もつれて、こちらを見ていた。
あちらも俺の視線に気づいてにんまりと笑ったけど、笑い返す気にはならなかった。
明らかに、帳が上がらなかったり予定外の呪霊が出現したのは奴の仕業だと思う。
狗巻くんと憂太は五条先生にも異常を報告し、伊地知さんも調べにあたってくれるそう。
俺が憂太に、誰か人間が見てたという報告すると、おそらくそれは呪詛師だと言われた。なんでも呪力を使って呪いを祓う以外に悪用する不届きものがいるらしい。
それがどんな奴で、どんな目的かまではわからないけど、今俺たちに出来ることも無さそうだし、とりあえず憂太は体術向上と、呪力の操作を練習あるのみだ。
俺が憑依して憂太に身体の動かし方を教えたり、力のコントロールを手伝ったりして叩き上げた憂太は、日々心身ともに成長していき、上級生と一緒に向かった京都の呪術高専での交流会では見事圧勝した。
敷地内だったので、ある程度ぶっ放して良いと五条先生が言ってたので俺も暴れちゃった。
後日怒られたよ、五条先生がな。
そして東京に帰ってきて、またいつも通りの朝。
早朝にトレーニングをしているので憂太を起こす。
「ゆうたおきて」
「んぅ……おはよう、くん」
むにむにと顔を動かす憂太は、人並みに朝が苦手だ。眠そうだしいつも目の下にクマがあってとれないので、どうしたら安眠できるかと考える。
やっぱし、俺が憑いてるせいだろか。……あ、自分で言ってて傷ついた。
今までは眠そうだったら俺が勝手に身体を動かして顔を洗わせて、なんだったらランニングまでやってたけど、最近ではもう身体を勝手に動かすことはなくなった。そうしなくても憂太は自分で動くと分かっているし、俺も意図的に身体を使わないように心掛けているからだ。
こうして、互いに互いを意識して使うことによって、ほんの少し俺たちの絡みついていた結び目が見えてきたのがわかる。───これを解くには、憂太も理解しなければならない。
それが分かっていながら、俺はまだ、そのことを告げずにいた。
ある日の夕方、憂太が「何か嫌な感じがする」とこぼした。真希さんもパンダくんも狗巻くんも、気のせいだなと片づけた。何しろ憂太は呪力感知がザルで有名。それは俺が横にいるからだとも言われてる。
だがしばらくしてみんなも本当に呪力を感知した。
「珍しいな」
「憂太の勘が当たった」
憂太は違和感を訴えたわりに、本当に勘で言ったらしく頭にハテナを浮かべた。
間もなく、翼の羽ばたく音がし、大きな呪霊が降り立った。
ペリカン……?とともに着地したのは、いつぞや見た男で、自分の名前を夏油傑と言った。
鳥の口の中からわらわら出てきた人をよそに、憂太の手をにぎにぎするので、警戒しつつも様子を見る。
非術師のない世界をつくろう、とヤバイこと言ってる明らかに呪詛師だが、そういう危ない思想よりも憂太の琴線に触れたのは真希さんのことを『おちこぼれ』と称し、『猿』と呼んだからだ。
呪詛師・夏油傑は集まってきた呪術師から大顰蹙を買うも、クリスマスイブに渋谷と京都に呪霊を放つという犯行声明を残し、原宿の竹下通りでクレープ食べに行った。生活感みせるな。
そしてクリスマスイブ当日───。1年生の憂太と真希さんは実戦経験が少ないのと階級が低いから学校で待機、狗巻君は2級なので新宿に応援、パンダくんは学長のお気に入りらしくおそらく新宿、上級生はもともと京都の方へ遠征に行っていたそうなのでそちらで応援へ行った。
真希さんと憂太が別れた後、高専内に帳が下りた。
憂太と窓から外が暗くなっていくのを見て、久々にぞっとする。
「憂太、あいつがきてる」
「え……?」
夏油だと教えればどうしよう、と憂太は困惑する。
戦力がほぼ新宿と京都に分散された今、通常の呪詛師や呪霊を追っ払うくらいはもちろん警備が整っているだろうが、夏油という特級を冠する男が来たとなると、心もとない。
五条先生から彼の術式や強さを聞いているし、そんじょそこらの術師じゃ適わないとも聞いている。
「ど、どうして高専に……?新宿と京都にいるんじゃ」
「───狙いは、憂太か俺かな?」
俺のおおよその心当たりに、憂太は立ち止まる。
実感の伴わない、「僕たち……」という復唱をしたが、───ズン、と地面が沈むくらいの衝撃があり、憂太の意識が逸れた。
「と、とにかく真希さんを……あれ?むこう誰かが戦ってる!?」
「応戦してるのかな。真希さんかも」
「───!」
憂太は寮に向かっていたが、すぐに違う方向の建物へ駆け上がった。
真希さんなら侵入者に対して向かっていくだろうし、他の誰でも夏油に相対して無事でいられるかはわからない。
たどり着いた先では、狗巻くん、パンダくん、真希さんが血を流して倒れていた。
夏油は、憂太のために術師が集ったと感動に涙している。
足が変な方に曲がり、お腹からひどく血を流している真希さんを見下ろす憂太の顔は絶望に染まった。
狗巻くんが憂太に逃げろ、と呻く声には力がない。
パンダくんは呪骸だというから体の損傷よりは核が壊れていないかが心配だが、かろうじてそこは無事だった。
怒りに震えた憂太の思いが、俺に伝染する。
してこなくたって、俺も怒るけど。
「───来い!!!!!」
もう、手加減なんてしない。
夏油という男は多くの呪霊を使役している。そう聞いてた通り、次々と呪霊を使って襲い掛かってきた。しかし奴は、憂太と俺が皆を運び出し、反転術式で治療する間を与える。
それはなぜかと言うと、気を削ぐからだ。
ある程度治療をして戻ってきた俺たちに、おかえりと宣い、改めて続きをしようと合図した。
そういう態度に若干イラッとこないでもないが、憂太が俺以上にブチ切れているので余計な手出し口出しもせず、憂太に合わせて希望通りのものを作り出す。
といっても、ほぼ憂太の力だけど。でもそれでいいんだ───憂太の思いが強ければ強いほど、俺も強くなれる。それが俺たちだってわかっている。
狗巻くんの術式を借りて真似して、真希さんから見出だした武器の使い方、パンダくんから教わったこぶしの使い方、俺が教えた力の込め方、憂太は全部使って夏油と戦う。
俺はそれすべてに付き纏い、隙を見ては憂太の援護だ。
宗教観が違うので夏油の言いたいことはわからないが、憂太が自分の思いを強く持ち、奴を殺すと決めた。
非術師と呪術師の在り方とか、呪霊がどうだとか、まだわかんなくていい。
そういうのは、青春した後に考えれば。
「……───憂太、下がって」
とはいえ、だ。
夏油の全身全霊の攻撃を食らってしまえばどうなるかはわからない。
特級仮想怨霊と、呪霊4461体を一つにした攻撃なんて、さすがに特級と言われた俺ひとりで、守れるだろうか。でも、守らないと。
「」
「な、に」
前に出た俺を引っ張って、憂太が抱きよせた。
さらりと髪の毛が零れ落ちて、憂太にかかる。
「いつも守ってくれてありがとう、友達になってくれてありがとう」
憂太は俺の髪の毛好きね、指に絡めてくるくるするの。
「最期にもう一度力を貸して。コイツを止めたいんだ、そのあとはもう、何もいらないから」
俺の顔を見るためか、きゅうと髪を引っ張った。
「僕の明日も明後日も、皆にあげる。───だから、今日は目一杯遊ぼう、」
言いながら憂太は髪の毛にそっと唇をあてた。
それと同時に憂太の覚悟が、気持ちが、力が、また俺の中にあふれる。
死ぬんだって思った時につかんだ、あの約束みたいに。
憂太がそうしたように、俺も、もう放さなければいけないんだね。
全力で呪力を放出した俺と憂太は、衝撃によって引き離された。
憂太は気絶して倒れていて、治療後意識を取り戻した真希さんと狗巻くんが助け起こしている。俺は少し離れたところから、その光景を見つめた。
だが、皆が俺の存在に気づく。
「え、……くん?」
「おめでとう、解呪達成だね」
まるで皆、初めて俺を見た、みたいな顔する。そんな一同をよそに瓦礫の影から拍手をして出てきた男性。
誰?と俺が思っているのと皆が口に出すのは一緒で、自称グッドルッキングガイの五条悟先生だそうだ。へ~こんな顔してたんだ。
先生は憂太がいつぞや、俺が憂太の願いに応えててくれてる、とこぼした発言を気にして憂太の血縁を探ったらしい。そしたらなんと、大物術師の末裔だったらしく、憂太には呪術師としての才能があった。そして、先生は更に続ける。
「が君に呪いをかけたんじゃない、君がに呪いをかけたんだ」
何てことを言うんだ、俺も気づいていたけど……と五条先生をねめつける。
さっきの憂太のお願いは、無意識に俺にかけていた呪い「ずっと一緒にいよう」「明日も明後日も遊ぼう」という憂太の願いを憂太自身が解いた。
憂太がそう願った代償として、今度は俺が憂太の明日も明後日ももらえるはずだが、そんなものは要らないので、無事解呪成功というわけである。
「……全部僕の所為じゃないか」
憂太は真相を知って、崩れ落ちるように泣き出す。
「くんをあんな姿にして、たくさんの人を傷つけて……」
俺のことも、夏油のことも罪に感じているようだったので、俺はぎゅっと抱きしめた。
「憂太のせいじゃない。俺は自分の意志で憂太の手を取ったんだよ」
「───、」
「憂太のそばにいるのは心地よくて、だからこの6年間楽しかった、ありがとう」
もういかなきゃいけない、と何となくわかる。
魂のような状態の自分が、ものすごい力で引っ張られていくのだ。
これが成仏というやつだろうか。
「憂太、だーいすき」
憂太はぐじゃぐじゃの顔でうなずいた。
またねという言葉が掠めて、夕日が綺麗な空に抱かれるように身を任せた。
光の中に入ったはずだが、目を閉じれば暗闇があって、そしてすぐに瞼を突き刺す衝撃に眉を顰める。
今度は光だ。
「……?」
全身痺れているような感触から、徐々に抜け出していく。
目を開くと、視界を遮る布のようなものがあったが、その隙間からぼんやりと人影が見えた。
横になった状態の俺を、誰かが見下ろしているのだ。
「やあ、起きたね!僕が誰だかわかるかな?」
「………………グッドルッキングガイ五条悟先生だあ」
そこには、大当たり~!とはしゃぐ、目隠し不審者。
初対面だったら絶対避けただろうけど、会ったことがある、夢の中で。
つまり俺は生きていたらしい。
この話は映画観た直後に、漫画では乙骨くんがまだ登場してなかった状態で書きました。
テーマソングは青春アミーゴ。笑 BLっていうかブロマンスのつもりです。
タイトル「春の約束」から変更しました。憂太が『呪いの子』なので主人公は『魔性の春』で。
魔性の子ってタイトル秀逸ですよね。これが魔性……と感動した作品。
だから今回魔性って言葉を使って良いか迷いました。でも、むしろこの話にしか魔性って使えない気がして使います。
Jan.2022
Feb.2025 加筆修正