sakura-zensen

魔性の春

01話

目を覚ました時、今まで見ていたものが夢だったように感じた。
そしてさっきまで夢で見ていた人に起こされて、ワア……と感心しながら、夢が現実だったことを知る。

俺の身体には和紙みたいなのがぐるぐるにまかれていた。
身動きを阻むほどの拘束力はなく、起き上がるにつれて、破けて剥がれていく。
申し訳程度のクッション性がある寝台に座った俺は、膝を曲げ、背を丸め、自分の身体を見下ろした。
手足は記憶の通り短くて細い。
下を向いたせいで髪が肩から落ちてきて、邪魔くさいなと手で退ける。
だけどそれは思いのほか長く、手に絡みついた。

「……えぇ?」

困惑の声が漏れる。
その髪は桜色をしていた。
座った寝台の上で蛇が塒を巻くようにうねって溜まり、更には毛先が寝台の下へと落ちていく。
以前の俺の髪の毛は勿論黒だったし、胸くらいの長さだったはずだ。六年間で伸びたってことだろうか……。いや、だとしても長いし、それなら身体も成長してないとおかしいような……。

「解呪した途端、自力で反転術式をしたのか?」
「みたいだ。憂太の呪力が身体に流れてる。媒介にしてるのはやっぱり、髪だね」

家入さんと五条先生が俺をまじまじと見ながら会話をしている。
せめてもう少し俺に対応してもらっていいすか。服とか。
今の俺は、全裸に破れた札まみれ、これいかに。

、事故に遭った時、憂太が君に呪いをかけたことは覚えているよね」
「?あ、はい」

俺が腕をさすったのに気づいた家入さんから手渡された、検診衣みたいなガウンを着用しながら、五条先生の言葉に頷く。
呪霊だったことを俺が覚えているのは、目覚めて一番に五条先生のことが分かったことで証明されている為話は早い。

「それによって、君の時が止まった。かろうじて、生きていた状態のままね」

自分は死んだと思っていたけど、それが勘違いだったことは理解していたので頷く。憂太がいかにたくさん呪力を持っていたとして、死んだ人を生き返らせることはさすがに不可能だろう。

「だがそれが先ほど解呪されたことによって、君の時は動き出したわけだ。本来ならその瞬間に怪我がもとで死んでいたところだったけど、今なおその髪に溜め込まれている呪力を使い、生存本能によってその身体を治癒させたってわけさ」
「な、なるほどう……?」

俺は呪霊だったときに反転術式が出来たから、その応用で自分を無意識に治したと言いたいんだろう。ややこしいことになるので言わないが、反転術式と呼ばれるそれは俺にとっては医療忍術でもある。

「それで、いつから気が付いていたのかな?」
「うん?」
「高専に来てからの憂太、いや、は今までの比ではないほどに落ち着いていた。転校初日以外では他人に危害を加えることはなく、憂太への執着も強くみられなかったよね?」

そういえば過呪怨霊らしくないと言われていたな、と思い出す。
五条先生も俺が"変わった"ことに気づいていた。これまでの憂太と俺を取り巻くか環境はかなり酷いものだったから尚更。
だから、俺自身が憂太と俺の間にある、呪いの真相に気が付いたと言いたいんだろう。

「……憂太が初めて俺を呼んだとき」

ぽつりと零すと、五条先生はぽかん、とした。

「───初日?」
言いながら、やや口が引き攣って笑いの様相をとる。
俺は小さく頷いて言葉を続けた。
「そう、初日。憂太が俺を意図して使った時に、ああこれ憂太の力だなって」
「あ───っははは!その時からもう自我があったのか」

五条先生は今度は弾けるように笑い出した。
そんな笑う?と彼に目をやった後、家入さんを見ると、深いため息を吐く。
そして俺の健康観察を行うといって話を遮る。
とはいえ五条先生は付き添いの為ずっといたので、実際に話が尽きることはなかった。

「憂太がの力をコントロールしようとしてるとき、反対にも憂太の力をコントロールしようとしていたわけだ?あの小さいサイズのもその成果?」
「自分の意志で動く練習です」

は表向き死んだことになってるんだけどねえ、君は火葬"できなかった"。君の祖母はその身体を引き取るしかなかったが突如失踪───そのまま君は生家に放置され続け、あの家自体が呪いと化して誰も出入りしなくなった。でも憂太を取り巻く呪いについて調べて、『春野』に行きつく。そこで呪術師が最後の棲家に派遣されたことによって、君の身体が発見された」
「呪いの家……きんじょめいわく……」

「あ、そうそう、憂太はが生きてることを知らないよ。ってわけで───サプライズ登場、したくない?」
「し、したい……!」


と、こんな感じで。
十一歳の肉体のままだが健康体、という診断を受けた俺は五条先生の誘惑に乗った。
しかしすぐに俺がひょっこり現れるわけにはいかない。なにせ俺はもと怨霊だったし、肉体が呪物だったみたいだし、憂太は俺を失ったことで特級から四級に格下げだし。
今の俺が再び憂太と一緒に居られるかといえば、そうではない。
俺と憂太はしばらく離れ、それぞれ力をコントロールできるようにならなければいけなかった。
そして五条先生が上層部をやり込めて俺の居場所を作ってから、ということになった為───およそ三ヶ月を要した。



「憂太、誕生日おめでとー、あと特級昇格も」
「あ、五条先生ありがとうございます!」

俺が日々呪力コントロールを磨き、呪霊退治の練習をしている間に、憂太はさくっと特級に返り咲いていた。天才……!
今日はたまたま憂太の誕生日が近かったのと、特級に昇格したお祝いがあるということで、箱の中に入った俺は音を立てない小さな拍手でお祝いする。

どうやら寮の共有スペースにいるみたいで、狗巻くんと真希さん、パンダくんの声もした。
これからみんなでお祝いをするところに、俺の生還と社会復帰も報告されることとなる。
外では「なんだこの箱」とか「すじこ?」「デカくね」とか言われており、五条先生がくくっとの喉を鳴らして笑ったのが聞こえた。

「これはねー、僕からのお祝い。憂太が泣いて喜んじゃうプレゼントが入ってるよ」
「え、なんですか?楽しみです!」
「自分からハードル上げに来たな」
「絶対泣かないに一票」
「しゃけ」

わくわくしてるのは憂太と五条先生だけである。
俺は段々このフリ大丈夫か?という不安が押し寄せてきた。
サプライズ登場の仕方は打ち合わせしてあるんだけど……最近見た芸人のネタにゴリゴリに影響された奴、……皆知ってるよ、ネ?

「も~皆ノリ悪いなあ。はいここで問題です、地球上に男は何人いますか~?」

なんか雑なふりだよなあ。
と、思いながらも箱の蓋が開けられたので、俺は立ち上がる。
視界がぱっと明るくなり、皆の顔が見えた。ので、用意していたセリフを言うべく口を開こうとした。でも、

「35お、ぶゅ」

顔が胸にもごっと埋まってしまって、最後まで言えなかった。
憂太が飛びこんできて、俺を抱きしめたからだ。

本当は35憶、からの五条先生があと5千万ってつづくはずだった。その35億5千万分の1、春野くんですって。まあそんなの言う暇はないよな。ポカンとしてしまっていたら別だが、それはそれでやっぱりスベっているわけで。

く……くん……っぅええっ、」

五条先生の『泣いて喜ぶ』が達成できたので、───まあいっか。
俺は憂太の背中に手を回して、ぽんぽんと撫でることにした。

「ただいま、ゆうた」







四月、俺は呪術高専の一年生となる。
憂太が何で!?とショックを受けていたけど、そもそも俺は呪術師といっていいかどうかもわからないイレギュラー存在だ。持ってる呪力は憂太のものみたいだし、憂太と一緒に半年ばかり授業を受けていたとはいえ、それはあくまで睡眠学習。一年生に入れてもらうことすら異例でもあった。

ともあれ、上層部は五条先生がやり込めたし、学長との面談はクリアした。
今日は、一年生一番乗りの俺が、入学する直前に寮に入ることになった新一年生を、五条先生と共に出迎える日だ。

寮の前で待っていると、やって来たのは髪の毛がつんつん跳ねた少年。
五条先生が遠目に見た時点で軽く手を挙げる。顔見知りらしい。

「こちら、去年まで特級被呪生霊だった春野。こっちは伏黒恵!あともう一人いるんだけどその子は遅れてくるからねーっ」

五条先生は俺の両手を持って、伏黒恵くんの前にぶら下げる。小さき俺は足が地面につきましぇん。
彼は眉を顰めて「年齢制限、ないんでしたっけ」と聞いている。つまり俺の容姿に引っかかっているようで、特級被呪生霊という言葉は聞き流された。一番パンチのあるワードだと思ってたが、俺の見た目の方が目立つか……そうだな。

はこう見えて十七歳だよ」
「十七歳でぇす」
「じゅっ……十七!?年上……!?」
「十一歳の時に呪われちゃってー、身体の成長も止まっててー、最近や〜っと解呪されたんだよねー」
「ねー」
「!解呪……、ああ、だから特級被呪生霊───って何ですか?初めて聞きましたけど」

伏黒くんは困惑しつつも、俺の経歴を察したらしい。
憂太と俺の話はそのうち聞こえてくるだろうから、五条先生と俺から話しておいていいだろう。というわけで、俺が十一の時に事故に遭い、その時に呪われギリギリの命のまま保管され、魂を縛られて憂太の背後霊(生霊)をやっていたことをかいつまんで話す。
「あの、」
「じゃあ顔合わせも済んだことだし、は恵に寮の案内ヨロシク」
「オス!」

なにやら伏黒くんがもの言いたげだったが、多忙な五条先生が去ってしまったため結局口を噤んだ。きっと、五条先生に何か聞きたかったのだろう。
その場合俺では力になれないので、彼が言わない限りは触れないでおくことにした。



寮の中に入ると、共用スペースで新二年生が揃って出迎えてくれた。
約束してたわけではなかったが、今日入寮日だと言っておいたので、楽しみにしてたもよう。

「ふぅん、オマエが今度の一年か」
「よろしくなー」
「ツナ」
「あれ、今年の一年生は三人じゃ……?」
「家の事情で遅れて来るんだって。───伏黒くん、丁度いいから、こちら新二年生!」

五条先生が以前憂太にやったように手短に、呪具使いの真希さん、呪言師の狗巻くん、パンダくん!とこなした後、憂太だけは俺のオリジナルで「さっき話した幼馴染~」と。憂太はエヘヘと笑った。
さっき話したということはつまり、俺を呪って魂を縛っていた張本人であるが、彼は数秒の沈黙の後に「伏黒恵です、よろしくお願いします」と律義に頭を下げる。良い子や……。

「じゃあ早速、寮の案内いってみよー」
「「「おー」」」
「しゃけ!」
「……こんな大人数でやらなくても良いんですけど」
伏黒くんはぞろぞろと寮の中に入っていく一行の中で、ぼやくように言った。
「んー、皆新しくできる後輩に興味津々なんだよ。許してやって?」
「ただでさえ人数少ないからなー。任務とか授業で外に出てて揃わない時の方が多いから、今後はそう頻繁にないと思うぞ」
「あたしらも別に、いつも暇しててつるんでるわけじゃないからな。最初だけだ、最初だけ」
「ツナツナ」
「確かに、皆と一緒になるの本当に久々だなあ」

伏黒くんはこの感じからするに、静かに少人数でいたい性質のようだ。
しかし安心してほしい。彼らはかなり個性豊かなので、絡むときは好き勝手絡んでくるが、ベタベタしてくるタイプではないんだぜ。

「伏黒君の部屋はここ。自由にお使いー」
「はい」
「あ、俺にまで敬語使わないでね?見た目もこんなだし、同じ一年生だしさ」
「……わかった」
「ヨシ。あ、俺の部屋も教えとく。憂太と同じ部屋だからあっちの」
「!?お、同じ部屋……!?中身十七歳なんじゃないのか」
「ハゥ……!いや、いい歳して一人で眠れないわけじゃないぞ!?憂太が一人で眠れないんだ!いい歳して!」
「そうじゃなくて」

伏黒君は突然口ごもり始めた。そしてもそもそと言う。

「乙骨先輩は男だろ」
「んぇ?」

憂太のほにゃんとした声がしたあと、俺は察した。
───この子、俺のこと女だと思ってるわ。
その理解は二年生皆にも伝播してゆき、やがて笑い声が弾ける。

「あ、あの伏黒くん!くんは男の子なんだ!」
「カワイイってツミ……」
「ガキのナリだし、確かには女児にも見えるわなあ!」
「髪が長いせいもあるんじゃないか〜?」
「こっ、こんぶ……っっ」
「!?~~~ま、紛らわしいんだよっ」

伏黒君はその後しばらく部屋に引きこもって出てきてくれなかった。
もう、皆が笑うからだ……。


特級に返り咲いてから再会してるので、憂太にはイマジナリーフレンド()とリアリティーフレンドの二刀流で戦ってもらう予定。笑
「35億」は2017年頃にはやったはず。ブルゾンサクラWithG。人数足りないし雑なネタ合わせしかしてない。
Feb.2025