sakura-zensen
魔性の春
03話
久々に来た仙台に、懐かしいとかは特に感じなかった。
呪霊でいた期間が長く、最近の記憶の方が濃いせいか、過去の記憶がかなり遠い。というか多分昔の俺、憂太に関すること以外はほとんど記憶してなかったんだと思う。子供の記憶力なんてそんなもん。幼馴染大好きクンだ。
生前住んでた家も、とくに感慨はなく、むしろ記憶とも程遠い荒れ具合に内心引いた。
五条先生に呪いの家になってると言われてたけど、建物自体がこんなに損壊しているとは思わなかった。
何の気なしに同級生である伏黒を俺の家に招待してしまったが、ちょっと後悔してる。恥ずかしいぜ。
しかし伏黒は汚い家なのに何も言わないし、土足で上がることをためらっていたので、なんて良い子なんだと心の中で感心してしまった。
さぞ良い親御さんの元で育てられたことでしょう。
そういえば、祖母とのギスギスした思い出しか詰まっていない家で、何か見物があるとすれば記憶に薄い両親のことだと思い立つ。
俺が前に座ることさえ祖母が嫌がった仏壇には、両親の写真があったのでそれを見に行った。彼らの顔は記憶には薄いが、俺のことを可愛がっていたという印象だけは残っている。
両親の死や失踪は今でも真相がよくわからないけど、呪術高専に来て、自分の性質やこういう世界があるのだと知って、彼らは呪いの影響を受けたのか、俺の性質の影響を受けたのかもしれないと思う。
学長との入学前面談で、俺は人の感情を引きやすい性質だと聞かされた。つまるところ呪いを受けやすい。それは今回憂太に呪われたことだけに限らず、俺は人の気を惹くような雰囲気をしているのだそう。
死に瀕した意識で、他者の感情のようなものを知覚した時のことを思い出し、その体質を深く理解した。
しかし憂太の呪い、他者からの呪い、そうやって『呪い』と名付けてしまうのは勿体ない気がした。
だから俺は、憂太には呪われてなんかいないし、それは愛だと評した。学長からはそれで合格をもらった───が、五条先生はそれを後に愛を最も歪んだ呪いだと評した。
呪霊だの呪術だのを扱っていればそういう認識になるのだろうが、五条先生は過酷な世界を生きてきたんだな……シンミリ。
───っと、思考が逸れた。
そう思って、両親の写真を撫でる。
彼らもまた俺を愛してくれた人、俺が思うのはそれだけでいい。
呪いを愛と呼ぶか、愛を呪いと呼ぶか、それは自分の生き方と力の根源を左右する大切な"軸"だから、他者に侵されることはない。
大した感傷に浸ることなく家を出た後、俺と伏黒は本命の仕事に取り掛かる。
だが夜の学校、杉沢第三高校の百葉箱に、回収するべき呪物がない。両面宿儺の指という特級の呪物なのだが、どうしてそんな簡単な保管方法にしてしまったのか……。
伏黒が呆れていると、五条先生には電話口で五年間空き家に放置されてた呪物クンを引き合いに出されて笑うしかなかった。がはは。
呪力感知は得意な方だったが、力の強い呪物の為かぎ分けが難しい。しかもおそらく百葉箱を開けて呪物を持ち出したのは生徒ということになるので、潜入して探す必要がある。よって俺たちは翌日出直すことにした。
勿論十一歳のちいさい俺では高校生に扮することは不可能。伏黒が単体で放課後に生徒たちの中に紛れ込むと言う作戦となり、俺は学校近くで待機だ。
で、得た情報というのが50M3秒で走るトンデモ高校生・虎杖悠仁クンである。
彼から強い呪物の気配がしたということで、伏黒と俺はまず調べ上げた虎杖家へ向かったが不在。ご近所さん曰く「おじいちゃまが入院されてて、悠仁君はお見舞いじゃないかしら」とのこと。
伏黒がその病院に行く間、虎杖くんがすれ違いで帰宅することも考えて俺は虎杖家で待機。
とっぷり日が暮れるまで待っていたというのに、伏黒からの連絡はない。だが、───ゾッ、とするほどの呪力を感じて俺はその場を駆け出した。
恐らく伏黒は虎杖くんに会えたんだろう、それで色々あって連絡できなかったに違いない。
……ということは察しているが、まさか呪物の影響で出た呪霊に殺されていやしないか。
そう思って辿り着いたのが杉沢第三高校だったので、結局ここかよ……!と内心悪態をつく。
学校の門を飛び越えた先は、頭皮がムズムズする程の呪力に溢れていた。
俺のたっぷり持ってる呪力なんてメじゃないほどの莫大なそれが、肌を刺し、全身を這いまわるよう。
既に校舎は目に見えて壊れており、自分の到着が遅かったことを知る。
「素晴らしい───鏖殺だ」
遠くにいるはずなのに耳元で声がした。
校舎の上に立つ上裸の男が見えた時、生命の危機を感じる。事故に遭って死に瀕した時以上に、やばいと思った。
あれは呪霊なのか、それとも人なのか、とにかくものすごい呪力に触れて俄かに汗が沸き出す。
受容しやすいこの身体は、こういう時に困る。普段から憂太の呪力をたっぷり溜め込んでいるおかげで少しは楽だが。
その時、ふと俺の背中に手を回されてビクついた。
呪力の主の余りの存在感に気をとられていたのもあるが、相手が五条先生だったので仕方がない。
「、一人でなにやってんの。恵は?」
「あっこ」
「この呪力なに?封印解けちゃった?」
「たぶん……???」
「はあ、やれやれ───恵に聞きますか」
先生は俺の首根っこをキュッと掴んだ後、伏黒と呪力の塊の元へと移動する。
気づけば大分力が弱まったようで、さっきまで凄まじい殺気を放っていた存在感は薄れた。とはいえ呪力の塊はまだ上裸の男から立ち消えていない。
話を聞くと上裸の男は呪物を持ってる疑惑のあった、虎杖悠仁くんだった。しかし実際に呪物を持っていたのは彼の所属する、オカルト研究部の二名の先輩。虎杖くんは空箱を持っていただけにすぎず、そこに残された両面宿儺の呪力の残滓を感じた伏黒が、虎杖くんを追いかけてしまったというわけだ。
オカルト研究部の先輩たちとは接触していなかったので、気づけなかったのも無理はない。
で、その先輩たちは夜の学校でワクワク封印解放儀式を行おうとしたらしく、見事にあたりを引いた。この場合はずれである。人生からのな。───まあ運よく助かったわけだけれど。
封印を解かれた呪物によって引き寄せられた呪霊は先輩たちを襲った。
そこに駆け付けた伏黒が応戦したが、一人では戦力が足りず虎杖くんが無茶をして助けた。そして呪いに応戦するために、呪いの力を得ようとして両面宿儺の指を食べた、というのが今回の顛末。
俺と伏黒の調べ、連携が悪かったとか、色々反省すべき点はあるけれど、両面宿儺の指食べた、って───。
「「マジ?」」
「「マジ」」
特級呪物を飲み込んだ虎杖くんは驚くことに、一度は意識を飲まれながらも自我を取り戻し、それどころか意識の切り替えをコントロールしてみせた。最終的には五条先生に気絶させられて、この後目を覚ました後の意識次第ということになる。
そんなわけで虎杖くんの身柄は五条先生が預かり、先輩二名は俺と伏黒が病院へ搬送。
伏黒自身も怪我をしてたのだが、彼の場合は俺が反転術式の練習がてら治療したので問題ない。なお一般人には余程のことがない限り、やってヨシとは言われていないので俺は手を出さなかった。
翌朝、泊まったビジネスホテルの部屋で、先に起きた俺が五条先生からの連絡を受ける。
電話を切ったところで、伏黒も起きだした。うっすらと俺の返答だけは聞いてたようだ。
ちなみに、同室なのは俺が子供にしか見えないからである……世知辛い。
「虎杖の処遇は」
「死刑───だけど、両面宿儺の指を全て飲み、道連れにする為の執行猶予はついた」
「……まあ、そうなるか」
「全部でニ十本でしょう?その間に何をするか、だ」
起きだした伏黒の背中をぺんっと叩くと、伏黒も俺にし返しのように軽く体当たりをした。
みなまで言わずとも、俺たちは虎杖くんのことを他人事とは思っていない。
ホテルの部屋から二人で出て、チェックアウトをしてタクシーに乗った。
向かったのは火葬場。実は昨晩、虎杖くんは最後の身内である祖父を亡くしていたらしい。大変な時に大変なことになってしまったようだ。
五条先生が虎杖くんに付き添っているのでそこに合流すると、虎杖くんは伏黒を見て「元気そうじゃん!」と親指を立てた。
俺が元気にしました、と背伸びをして伏黒の肩に肘を置くと小突かれる。
「オマエはこれから俺たちと同じ呪術師の学校に転入するんだ」
伏黒は五条先生と虎杖くんのさっきまでの会話を繋げた。一方虎杖くんは伏黒の「俺たち」に不思議そうな顔をした後、五条先生の言葉にドギャーンと驚くことになる。
「ちなみに一年生は君で四人目、そこの小さい子、も一年生だよ、ああ見えて十七歳だから悠仁より年上」
虎杖くんの入学はこの時点では正式はなかったが、俺たちが東京に戻って二日後、遅れて荷物を持ってやってきた彼は学長との面談を合格した為入学が決まった。
入寮日は聞いていたので伏黒の部屋を訪ねて一緒に出迎えようと誘っていたのだが、ドアのところで話していたら伏黒の隣の部屋から虎杖くんと五条先生が出てくる。
「おっ、伏黒!春野!」
虎杖くんは俺たちを見ると笑った。
「げっ、隣かよ……空き部屋なんていくらでもあるでしょ」
「賑やかな方が楽しいでしょ」
「授業と任務だけで充分です」
伏黒は隣の部屋に誰かが居ることをあからさまに嫌がった。
まあそんなのを慮る五条先生ではない。
ていうかここ二人が隣部屋になるなら、いっそ俺も隣部屋に移るべきでは?仲間外れいくない。
「先生俺も部屋隣に移って良いですか~」
「やめろ、更に騒がしくなるだろうが」
先生に挙手をするが、伏黒はすかさず嫌がる。俺が騒がしいというより二年生が来る可能性を考えて言ってるだろう。
しかし元々俺は憂太の部屋で寝起きしていたので、そろそろ部屋をもらっても良いころだ。今は憂太が海外任務に出ているから実質一人部屋のようなものだが、引っ越すならむしろこの機会だと思うんだよな。
「えっ!?春野って女子っしょ?さすがにそれは駄目くない?」
───ああ、カワイイってツミ。再び。
虎杖くんが伏黒同様に俺を女と思ってたことで、誤解を解いていたら結局俺の部屋移動の件は有耶無耶になっていた。
ちなみに翌日、合流した最後の一年生釘崎野薔薇さんも俺を見て理解できないと言う顔をしたので、十七歳オトコであることを早々に自分の口から明かした。
手短に、呪力の影響で成長が止まっていることを話すと、「アンチエイジングじゃない……やり方教えなさいよ」と言われたけど大変なコントロールが必要であることを告げれば舌打ちをされた。そして俺の見た目のインパクトは、その後に続いた虎杖くんの宿儺の指呑み込みエピソードによってほとんど消しとんだ。
「悠仁はねえ、イカレてんだよね。その点はも一緒だけど」
「お、ケンカか」
「まあまあまあ」
ぴかぴか一年生の釘崎さんと虎杖くんだけで呪われた廃ビルに行かせた五条先生は、外で待機中に伏黒との会話の流れで突然俺と虎杖くんをディスり始めた。巻き込み事故辞めてください。
呪術師は大抵イカレてるという持論を持った五条先生だったが、その呪術師の中には俺も含まれていたようだ。喜んでいいのかはわからん。
虎杖くんがイカレている理由というのが、普通に生きてきた人間があんな風に簡単に呪いを受け入れられるわけがないということらしい。伏黒は小さいころから呪いに触れていたようだが、虎杖くんは違う。呪いという非現実的存在を、あの晩初めて目にして、なおかつ殺されそうになったにもかかわらず、立ち向かい呪いの指を飲み込むという選択をするのは、イカレてなきゃ出来ない所業だと。それはそう。
「もさ。十一歳の子供が六年間魂を縛られながら、自我を取り戻して呪力をコントロールして使いこなす───とんだイカレっぷりだよね」
地べたに座ってたのでゲシゲシ蹴っていた俺を、同じく地べたに座ってた五条先生は長い脚で挟んで抑え込みながら言った。
「今回試されてるのは野薔薇の方だよ」
そこで不意に出てきた名前に顔を上げ、ギブアップの意思表示の為先生の膝を叩く。
拘束が緩んだので脚の間から這い出すと、伏黒が呆れた顔で俺を一瞥した。
釘崎さんはたしか、元々呪術師の身内がいるとかで、呪いに関しては虎杖くんよりは経験と知識があるはずだが。
そう思って俺と伏黒は五条先生の言葉に疑問を抱く。
しかし地方と東京では、人の質が違うという。つまり、呪いの質も違う。
果たして彼女はこっちの世界で生きていけるのか、というのをテストするのが新一年生二人だけで行かせた理由だ。
……憂太の時もそうだが、先生は教え子を千尋の谷に落とすが過ぎるのでは。
そんな話をしていると丁度、ビルから呪霊が飛び出してきた。
伏黒はそれを祓おうと身構えたが、釘崎さんの呪力が呪霊の内側を穿つ。後で聞いた話だと芻霊呪法という術式で、五寸釘と藁人形を使って遠隔から呪霊に自分の呪力を流し込む仕組みらしい。呪霊の腕がもげたからで、それを媒介にしたのだとか。
被害者は攫われていた子供一名。怪我はしているが軽傷で、補助監督を呼び出し送り届けさせ事後処理を済ませた。
もちろん、釘崎さんと虎杖くんは怪我もなく帰還。
五条先生は釘崎さんのイカレっぷりに大変ご満悦だったので、この後皆でご飯という、珍しく期待に沿った提案をした。
さすがに一年生が全員揃ったからだろう。
よぉーしぃ、これで本格的に一年生開始だぁ。
この後主人公と離れて海外に行って病んでる憂太に合流するか、もう少し一年生と青春(?)するか決めてません。
青春する場合は京都校との交流試合で東堂さんに「ケツもタッパも小さい……」とガッカリされる。
Feb.2025