sakura-zensen

春の通りみち

01話

東京から新幹線に乗って二時間と少々、京都駅に降り立った。
「やっぱり京都はあたしたち日本人のふるさとよね!」
園子が手を広げているのを、蘭が微笑まし気に見て頷く。
そこにおっちゃんが、特別に連れてきてやったんだから大人しくしているように、と言いつけた。蘭と園子、そして俺も「は~い」と口をそろえて頷く。

数日前、毛利探偵事務所に一本の電話が入った。それが京都にある山王寺というお寺の僧侶、竜円さんという男性からの相談で、おっちゃんは京都に行くことになった。
俺はその依頼内容が気になり、蘭と園子は京都観光がしたいということで便乗して、京都に来たというわけだ。

依頼の内容は、山王寺で十二年に一度公開されるご本尊、『薬師如来像』について。実はその像は八年も前に盗まれていたらしいのだが、住職の「縁があればまた帰ってくる」という言葉により大事にしないでいた。そしてつい五日前、その在処を示す絵が手紙として寺に送られて来たそうだ。
絵は五段ほどの雛壇のような装いに、上から蝉や天狗、金魚、鶏や泥鰌、花や富士山のようなものが絵が描かれている。それから一番上の段のすぐ下には妙な『点』、それから段を外れたところにある団栗も何か印象的だった。


山王寺から仏像を盗んだのは古美術を狙った盗賊団「源氏蛍」でまず間違いない。そして源氏蛍といえば、最近東京と大阪、京都で五人の男が殺害されている。被害者は皆同じ「義経記」を所持しており、盗賊団源氏蛍のメンバーであることが発覚したと警察が発表した。
そこで俺は、翌日蘭と園子が和葉ちゃんと合流して京都見物をするのとは別行動をとり、義経や弁慶にゆかりのある場所───五条大橋に来た。
しかし謎の絵に関係するものは何も見当たらない。

次はどこへ行ってみるか、と思案する俺の背後を行き交う人の気配が入り混じる。
「京の五条の橋の上───」
静かな声が聞こえ始めた。
「大の男の弁慶は、長いなぎなた振り上げて牛若めがけて斬りかかるっ!」
徐々に声が大きくなっていくにつれてその距離感、勢いが増していくのを感じた俺は、ほとんど反射的に振り下ろされた竹刀を避けて咄嗟に飛び退き、橋の欄干に着地した。
「はっ、……服部っ?」
「よう、お前とここで会うとは、神様もシャレたことしてくれるやないか」
俺に強襲をかけてきたのは、西の名探偵服部平次だ。
和葉ちゃんとの京都見物にこいつは来ないと聞いていたが、京都には来ていたらしい。
「はあ……?」
「こらー!!」
服部が何を言ってるのかわからなかった俺だが、そこに叱り飛ばすような声が聞こえてくる。視線をやると、こっちに駆け寄ってくる複数の子供がいて、彼らは皆揃いの紺色の道着を来ていた。
その先頭に居た子だけが一人、一番に俺たちの元に辿り着く。
他にいる小学校低学年くらいの子とは違って背が高いので、高学年くらいなんだろう。長い髪を後ろで一本に括った女の子だ。
「人から借りた竹刀で人を襲うなんて!この不届きもの!」
少女は少し目尻を釣り上げて服部に言い寄った。
至極真っ当な意見である。
「にいちゃん、竹刀返してえな」
「おーすまんすまん、サンキューな」
遅れて追いついて来た少年達の一人が、服部に向かって手を伸ばし、竹刀を受け取っている。少女は服部のヘラヘラした様子を一瞥し、橋の欄干に立ったままの俺の方へやってきて両手を伸ばした。
「おいで」
え、と思っている俺を他所に、少女の腕が俺の身体に巻き付いて来た。
恐らく下ろそうとしてくれてるのだろう。
「あ、じ、自分で降りられるっ」
「暴れたらあぶないよ」
そう言われ、遠慮がちに体を預けた。ああもう、しょうがねえ……。
身長は俺よりも高いが、小さい子供であることはかわりない。おそらく五年生とか六年生くらいだろう。
細い腕で俺を抱きしめて、ゆっくり下ろした瞬間にお香のようなかおりが鼻腔をくすぐる。俺を地面に下ろしてから、柔らかい髪の毛を揺らして背筋をしゃんと伸ばした少女は、どうやら俺と服部が知り合いであることはわかったようで、その顔はもう怒っていない。
「みんな、このお兄ちゃんの真似したらあかんからな」
「わかっとるよ。ほな行こうや」
「おー」
少女は少し口を尖らせて年下の子供達に言い聞かせた。
小さい子供でもわかるってよ、服部。
「しっかり稽古せえよー」
走り去っていく子供達に笑いかける服部を、俺は少し睨みつけた。
竹刀なんか借りるなよな……。



どうやら服部も「源氏蛍」について調べていたらしい。
大阪で殺された男性の一人が馴染みのたこ焼き屋の店員だったらしく、古くから顔見知りでよくしてもらっていたのだそうだ。
盗みを働くのは許せないが、だからといって殺されていい人ではない。
犯人を見つけて仇をとってやろうという心意気はよくわかった。

俺と服部はその後、バイクで弁慶や義経にゆかりのある場所を巡った。
京都市内から少し走り、鞍馬寺の西門付近にバイクを止め、山を少し登り、僧上ヶ谷不動へやってくる。
ここは、牛若丸がかつて天狗と出会った場所だとされている。
俺は謎の絵を眺めてから、不動堂をもう一度見る。しかし何もヒントになりそうなものが見つからない。
服部は辺りを見渡し、杉がでかいなとこぼしているあたり、同じく手がかりを見つけた様子はない。
結局ここも違うようだ、と声をかけようとした瞬間、俺は高い木の上に登り弓矢を構えた人を目撃した。
咄嗟に伏せろと声をかけながら服部に飛びかかると、矢は先ほどまで服部が立っていた杉の木へ刺さった。

襲われた理由はわからないが、源氏蛍が関係していることはよくわかった。
日が暮れて暗くなってから山能寺へ戻ると、蘭たちがちょうど出てくるところだった。どうやら、檀家さんや竜円さんたちと飲みに出かけているようで、寺には不在とのことだ。
俺と服部は蘭たちと一緒に、住職に教えてもらった茶屋「桜屋」へ向かうことにした。

だがそこでは見事に、蘭が目つきを胡乱にするような光景が広がっている。
鼻の下を伸ばしたおっちゃんが舞妓の女性にへらへらしていた。

竜円さんは突然の俺たちの来訪に驚いてはいたが、一緒にと誘ってくれたので皆が席に着く。服部は少し遅れて入って来たが、中にいた舞妓の千賀鈴さんと顔見知りらしく軽く話をしていた。
「蘭さん、お父さんを叱らんといてあげてください。お誘いしたんは、わたしらなんですから」
「そうや、名探偵に源氏蛍の事件、推理してもろたら思うてなあ」
おっちゃんを庇う竜円さんや桜さんに続き女将は義経記のことを話し出す。
しばらく義経記の内容に触れたあと、桜さんがふと女将に声をかけた。
少し仮眠をとるために下の部屋を貸してくれと。女将は今日は他に客人がいないらしく、隣の部屋でもと提案したが、桜さんは下の部屋が落ち着くと言って部屋を出て行った。


茶屋の窓からは鴨川と桜がよく見える。
残っていた檀家さんのひとり、水尾さんが下の階で夜桜見物をしてきたらどうだと提案してくれたのは、桜さんが席を立ってわりとすぐのこと。
外は今少し曇っているが、じきに晴れて良い月が見られるというので、蘭たちは女三人連れ立って座敷を出て行った。まあここにいたって酔っ払いのおっちゃんを見るくらいしかやることがないしな。
かといって俺はその女ばかりの集まりに参加する気になれなくて、おっちゃんがエンジン全開のテンションで千賀鈴さんと遊んでいるのを眺める。
そこに、手洗いに行っていた竜円さんが静かに襖を開けて戻って来た。
そっと後ろを振り返り、さあと声をかけているので誰かいるのだろう。
向ける視線の位置からして小さい───……。

「おじゃまします」

手を引かれて、ひょこりと顔を出したのは少女だった。
「んあ?その子は?」
「この子は女将の知り合いの家のお子でして、時々遊びにきてはるんですわ。今日も習い事終わってお迎え待ってはる言うから誘いましたのや」
「へえー」
おっちゃんは首を傾げながら、まだ酒に酔ったままのゆるい口調で問いかけた。少女は着物姿だが、髪を結ってるわけではないし、舞妓特有の白粉なんかもない。口や頬に紅をさしてはいるが、そもそも舞妓になるにしては幼すぎる。
小学生の五、六年生くらいの───、あれ?

「五条大橋の」
「あら」

気がついて俺が口を出すと、少女も小さく口を開いた。そしてにこりと笑う。
「大人ばかりで退屈ですやろ?サクラちゃんも年が近い子とおったほうが楽しいでしょうし、どないです?」
どうやら竜円さんは俺と服部に気を利かせた遊び相手のつもりらしい。あとおそらく、サクラちゃんに対しても。しかしそれなら俺たちは蘭たちのところへ行けばいいし、サクラちゃんだってそちらに紹介したらいいのだが、……まあいいか。
「おおきに、竜円さん。一緒にいさせてもろてええですか?」
「あ、うん」
「おお、ええで」
サクラちゃんがそれでいいのなら、と思い俺たちも受け入れることにした。
「おふたりは、お友達?」
「ああいや、いや、ま、そやな」
着物の裾をゆらし、しずしずと歩み寄ってきたサクラちゃんは俺たちのそばに座った。
「そういえば、習い事って剣道?」
「そ。他にも色々やっとるけど、おうちの人が迎え来てくれはるまで、ここでようまたしてもろてる」
「へえ、えらい豪華な託児所やっとるなこの店」
服部のずけずけした物言いに、サクラちゃんは小さな白い歯を見せて笑った。



2018年3月に書いたものを加筆修正しました。
美少女に見える主人公書くのがめためたにたのしい。
Feb 2025