sakura-zensen
春の通りみち
02話
現代日本で生まれ変わって春野サクラことだったころの記憶を思い出した直後、両親が亡くなって母の実家に引き取られた。
親はどちらも天涯孤独だと聞かされていた気がするが、どうやら母親は家出───、駆け落ちをして一方的に縁を切っていたそうな。
お迎えに来た人は母の年の離れた姉で、なんとも品の良さそうなおばさまだった。
母とはそれなりに手紙のやり取りをしていたそうで、おそらく折り合いが悪かったのは祖父母だろう。母が家を出た数年後に祖母は他界し、祖父は年を取り、おばさま曰く丸くなったとのことだ。
とはいえ父との結婚を一番反対していたのは祖父みたいだからな、と不安を他所に会ったら、孫である俺を恨むこともなかった。
それどころか孫可愛いの沼に落ちたようだ。
おばさんに着せてもらった可愛い着物での、おじいちゃま可愛がってねアピールが功を奏した。
祖父と叔父と叔母の大人は皆、子供である俺を可愛い可愛いと喜んでくれたが、ここには年の離れた従兄がいた。もちろん彼は突然家に来た年の離れた子供を急に受け入れられなかった。といっても、当時大学生で年が離れていたから、俺にどう接したらいいかわからないという感じ。忙しく、会う時間はほとんどななかったというのが正しいだろうか。
会えばあいさつしてくれるし、届かないところにあるものはとってくれるけど、どうしても表情がかたい。まあ、あきらかに子供に接する態度ってのを向けられてもむず痒いからいいのだけど、気まずい思いをさせるより慣れてもらった方が良いだろう……と、俺は積極的に従兄に近づいた。
人は良いので俺を無下にすることもできず、接しているうちに慣れてくれるはずだと思った。
しかし、きけばお兄ちゃんは警察官を目指し国家試験を受けるらしくて、お勉強の毎日だった。はわわ……これは邪魔できない。
喋る機会を増やせば慣れると思ったが、そんな時間をとらせては悪いので俺は毎日お茶を持って行くだけにした。仲良くなるためには距離感をはかり間違えてはいけない、これ鉄則。
次第に俺がお茶を持ってくることが当たり前になると、お兄ちゃんはその時間だけわずかに勉強を止めるようになった。止めると言っても、俺が持って来た時にすぐに一口飲んでくれて、お礼を言うだけなのだが、これも立派な進歩である。
勉強の邪魔はしないが小休止のタイミングを俺に合わせるようになったのなら少し踏み込んで、一言二言会話をしたり、肩や背中をトントンして身体を癒してみた。俺は医療忍者でもあったので人体には詳しんだ。
静かに部屋に入って、お茶ですがんばってネと置いて部屋を出た日から半年───、お兄ちゃんはとうとう俺の膝の上にこうべを垂れた。落としたぞ、違う意味で。
「あらあら」
その日はのどかな休日のお昼すぎだったので、部屋の戸を開けて風を少し入れていた。
おばさんはいつも俺がお茶を入れて持って行ってるのを知っているので、通りすがりにのぞいた部屋で息子が膝枕で眠っているのを見て、少し驚いてから小さく笑う。
「めずらしなあ」
「最近根を詰めて勉強してたから」
今日もいつもどおり、手を止めた彼の肩を揉んであげただけだった。
たまに話しかけてくれるのだけど、この日は黙りこくってしまっていて、もしかして忙しかったかしらと顔を覗き込むと眠そうにしてた。
なるほど、と思いゆっくり身体を倒して膝の上に頭を乗せても全く抵抗しないので、そのまま腕を撫でて寝かしつけたら、目をぴったりとつむり、穏やかな寝息を立てたのである。やってやりましたよ、俺は。達成感。
「少し経ったら起こしたり、昼寝なんぞあまりしはりまへんさかい」
「はい、おばさま」
「起きた時どんな顔しはりますのやろ」
オホホホと笑って廊下をしずしず歩いていったおばさんを見送りながら、膝の上で眠る人を見た。わずかに動いたので、眠りは浅く、さっきの声がほんのり聞こえていたのかもしれない。
まだ五分と経っていないので、もう少し眠ってもいいんじゃないかなと身体を撫でて、十分したら起こすねと耳元にそっと囁く。
彼は寝ぼけた頭で、十分くらいならいいかと判断したのか、身じろぎして俺の膝にすりっとおでこを擦り付けて肩の力を抜いた。
───起きたらどんな顔しはりますのやろ……。俺はおばさんの言葉を思い出して、身体が揺れない程度に笑った。
約束通り十分後に起こすと、すっかり記憶がおぼろげになっていたお兄ちゃんはばっと飛び起きて、かつてないほど狼狽えて顔を赤くしていた。
そこからはもう転げ落ちるようだった……と記しておこう。
国家試験受かったら今までのお礼でどこかに連れてってあげるといいだしたのは本人だし、習い事の送り迎えも暇があればしてくれる。時が経つに連れて職場……府警にも慣れ出世もしたお兄ちゃんは、よく習い事終わりの俺を馴染みのお茶屋で待たせて一緒に帰るようになった。どうせ暇だし、お茶屋で芸子さんや舞妓さんにチヤホヤされるの面白いからいいかと。
今日もそんな風にして桜屋で待っていた。
そこへ、お店にもよく来るし剣道教室の大人の部でも時折顔を合わせる竜円さんが俺に気が付く。
俺がお兄ちゃんと一緒に帰るのを待っているのだと知ると、自分たちのいる席に子供がいるから合流するかと提案してくれた。
なんでも、東京から有名な探偵さんが来ていて、そこの連れに小学生と高校生の男の子がいるらしい。
俺にお化粧して遊んでくれてたお姉さんたちは、行って来はったら〜と言うので竜円さんに手を引かれてお座敷にお邪魔することにした。
竜円さんの言うお座敷にいた男の子二人は、昼間街中で見た子たちだった。
俺の弟分たちから竹刀を借り、子供に振りかざしたのでびっくりして追いかけたが、顔見知りだったらしく真剣に怒るのはやめた。だからといって子供たちが真似をしたら困るので注意はしたけど。
コナンくんと平次くんという二人は、なぜ明らかに女の子の着物を着ている子供が俺たちの所へ?みたいなことを思っていそうだが、明るい声でいいよ!と言ってくれた。すまんな、中身は年の近い(?)男の子やで。
しばらくは彼らとは、竜円さんが依頼した『眠りの小五郎』の連れだとか、義経と弁慶のファンで近辺をめぐっているだとか、俺が剣道教室に通っているなどの話をして過ごす。
しかし一向に来ないお迎えが気掛かりで、もしかして帰るように連絡来てるのかなーと思い始めた矢先に、茶屋に悲鳴が響き渡る。
女将さんの声だと思ったので部屋を飛び出して、声のする方へ向かった。後からコナンくんや平次くん、毛利さんたちもドタドタと走って来た。
なぜだかコナンくんが一番血相変えて俺に座敷で待ってるようにと言ってきたのだけど、それはもろこっちのセリフである。君が最年少や。
女将さんが誰か誰かと呼ぶ納戸へ行くと、先ほどまで同席していた(その後仮眠に出ると移動した)桜さんが何者かに殺害されていた。
コナンくんは俺を庇うように背を向け、後ろに押す。
誰も現場に入らないように言いつつも、毛利さんと平次くん、それに続いてコナンくんが納戸に足を踏み入れる。
「鋭利な刃物で頚動脈を切られている……」
「見事な切り口や……。これは一連の事件と同一犯かもな」
毛利さんと服部くんが話しているところに紛れ込む、コナンくんの後ろから腰を曲げて患部を見る。とん、と背中に手をついていたので俺の長い髪の毛がさらりと垂れてしまった。
「あ、だ、だめだよ、見ない方がいい」
「……大丈夫」
部屋の外に押そうとしたコナンくんの両手を握る。
どうしてコナンくんは見慣れた様子なのか気になるが、俺もまあ人のことは言えない。
「みんな、警察が来るまでさっきの部屋におってくれへんか」
「絶対に外へは出ないように」
平次くんと毛利さんが竜円さんたちに指示すると、彼らは素直に言うことを聞き始める。強制力はないが、人が殺された現場で動揺している彼らは反感を持つことはないようだ。
「サクラちゃん、わたしらといきましょ。おうちの人には連絡しときますさかい」
「はあい」
竜円さんは連れて来た責任がある為俺を手招く。彼に迷惑をかけたいわけではないので、俺もコナンくんと手を繋いでそちらへ向かった。
「え、ボクは、あの」
お???なんで自分もいられると思ってるん、この子。
今度こそ俺は女の子たちと一緒にいるように取りはからわれ、和葉ちゃんと園子ちゃん、警察に電話をして戻って来た蘭ちゃんに自己紹介をした。といっても、女の子の時は姉さんたちとお遊びでつけたお座敷名を名乗るのだけど。
「サクラちゃんは親御さん、いつ迎えにきはるん?なんならあたし電話しよか?」
和葉ちゃんは心配そうに俺を見つめた。園子ちゃんと蘭ちゃんも隣で頷いている。どうせもうすぐ保護者くるだろうから大丈夫だ。ふるふると首を振った。
「あの、ボクちょっとトイレいくね」
「一緒にいこか?」
「へ!?へいき!」
あ、恥ずかしいか。
そろりと立ち上がったコナンくんは元気に走って部屋を出ていく。
ん?なんか、怪しいな?さっきから殺人現場にやたら興味津々だったし……と思ってやっぱり俺もトイレと立ち上がる。今度は蘭ちゃんが一緒に行こうかと聞いて来たが丁重にお断りした。
階段を降りていくと、コナンくんが納戸の中にそろっと入って行くところだった。あら、好奇心旺盛。
しかし注意する間も無く、毛利さんに引っ掴まれて投げられた。よく飛ぶ~。
ドアのところでぽーんと投げられてバウンドしたコナンくんに俺は近づいて見下ろす。
「ってえ!……れ、サクラちゃ……」
「おトイレの場所わからんかったん?」
うふっと笑って、尻の痛みに悶絶したコナンくんのそばにしゃがんだ。
手を握りながら立ち上がり、あははーと笑うコナンくんはしどろもどろに言い訳をこぼしている。
そこでふと、上の方から店のドアが開く音がして、二人で階段に目を向ける。おそらく警察、そして俺のお迎えがきたのだろう。
平次くんとコナンくんも、俺と一緒に階段を上がって来た。
「京都府警の綾小路です」
女将さんがあっと小さく声をこぼしどうぞと招き入れる。
両脇に制服警官を連れた彼こそが、俺の保護者であり従兄のお兄ちゃん、文麿くんだ。
警官一人を外で待機するように指示し、もう一人を連れて入って来た文麿くんに小さく手を振る。
平次くんが早いお着きだ、となんだか含みながら言うけど、文麿くんは丸っと無視してすれ違う。ん?俺は無言で頭なでなでされてすれ違いましたけど?コナンくんはえって顔をして見ていたけど?
「??……あ、ねえ今日はシマリスは?」
文麿くんはコナンくんの問いかけに、嫌そうに振り向いた。
「いつも連れ歩いとるわけやない」
とかいって割といつもつれ歩いてるけどな。
まあ現場には連れていかないだけだ。
綾小路家は捏造です。おかあはんのところにおとうはんが婿養子になっとります。
京ことばはつられてと、半分わざと。
Feb 2025