sakura-zensen

春の通りみち

03話

桜さんを殺害した容疑者について、外部犯である可能性は低い。
見せに出入りする表の引き戸は開けると音がして、女将や他の従業員に気付かれる。
それに犯人は桜さんが納戸にいたことを知っていた者と考えれば、やはり内部的な犯行だと思われる。
つまり桜さんの知り合いの、竜円さんに西条さん、水尾さんの可能性が高いというわけだ。

「三人とも、桜さんや蘭たちが出て行った後で一回ずつトイレに立っている」

竜円さんはサクラちゃんを連れてきたが……、と思い、口に出していた言葉を止める。そう言えば、サクラちゃんもまだ一緒にいたのだった。店内を探り歩いてた時、あまりに静かについて来ていたから忘れていた。
今は服部とともに、座敷の中を眺めている。
「サクラちゃん、竜円さんが来た時何か変わったことはなかった?」
「とくには。おトイレに立った時間がわからないけど、部屋にやって来た時間はえーとね」
サクラちゃんはその時の時間をだいたいで覚えていたようだった。
竜円さんが席を立って戻って来るのに時間がかかっていたが、それはサクラちゃんを迎えに行っていたことを考えればおかしくはない。
「ほとんど差はないな……竜円さんの可能性は低い」
俺はすっかりいつもの調子で喋る。まあ、子供のふりをするのはおっちゃんたち大人に対してだし、いいかと思う。
同じ子供に話しかける時も多少声のトーンはあげるが、親しみやすさを考えてのことだ。サクラちゃんにはもうその必要はないだろう。
「水尾さんのときは千賀鈴さん姉さんがおトイレの付き添いしはったやろ?」
「え?」
俺と服部はサクラちゃんの言葉に目を瞠る。
「お酒飲まはったお客さんには、ようついていかはるよ、怪我しいひんようにな」
「そういえば舞妓さんはそうするらしいな。西条さんと竜円さんにはついていかんかったけど」
「あれは、おっちゃんとゲームをしていたからだよ」
すっかり一緒になって考えこみながら、座敷を出て階段を降りて行く。
しかしそうなると、サクラちゃんを連れて帰って来た竜円さんは可能性が低く、千賀鈴さんと一緒に行って帰って来た水尾さんも違う、残るのは西条さんだけだ。───ただし千賀鈴さんが共犯ではない証拠はない。
そう呟くと、服部は少したじろぎながらも頷いた。
「せやったら、竜円さんの可能性もあるなあ」
「え?」
サクラちゃんのその発言に俺と服部は首をかしげたが、桜貝のような爪がついた指先で自分をちょんと指差したので、引きつった笑いがこぼれた。
それは、自分も共犯に数えられるってことだ。

京都府警の綾小路警部の身内だったらしいサクラちゃんは、しばらくして制服警官に伴われパトカーで家に帰された。
俺と服部もそんな彼女を見送ってから、先ほど桜さんのジャケットから拝借して来た鍵を使い、店や家を見させてもらうために茶屋を抜け出した。
桜さんの営む『桜古美術店』を物色していると、義経記が本棚から見つかる。本を持っていること自体は明言していたし、おかしなことではないが、その表紙の裏に伊勢三郎と署名されていた。───つまり桜さんは源氏蛍のメンバーだった。
しかも、その本の中には山能寺に送られて来た謎の絵のコピーが挟まっている。送り主は桜さんだったということか。

寺に戻って来たおっちゃんたちと合流して、桜さんの正体を伝えた。
犯人はおそらく水尾さん、竜円さん、西条さん、千賀鈴さんの誰かだろうと服部が言うと皆は驚いた。俺たちが茶屋を出た後、身体検査を行ったそうだが、誰も凶器を持っていなかったからだ。
店内からも出なかったのなら、店のすぐそばを流れるみそぎ川ではないかと思って聞くと、園子も犯行があった時間帯に何かが水に落ちる音を聞いたと言う。
しかし警察が川を捜索した結果、凶器はでてこなかった。
ならば共犯者が外にいたのではないか、と服部が指摘する。しかし今晩は満月で外も明るかった。ベランダからは下も見えるため、共犯者がいたのなら蘭たちも気づくはずなのに……。



翌日、俺と服部は水尾邸へ向かった。
ちなみに昨晩自宅へ戻る途中で襲われた服部は、本来なら入院しているところだったが、本人はじっとしているつもりはないらしく病室を抜け出している。後で怒られても知ーらね。

服部を襲って来た人物にはいくつか疑問点があるらしい。短刀を置いて逃げていこと、服部がもつ初恋の人との思い出の品が入っている巾着を拾おうとしたこと───。確かに、なぜだかわからない。
とにかく相手の一番わかりやすい特徴である、翁の面を持っているであろう人物、水尾さんにアリバイを聞きに来たというわけだが、そこには普段からよく集まっているらしい西条さんと竜円さんもその場に居た。
丁度良いから全員の昨晩店から帰って以降のアリバイを聞いてみるが、誰もが、一人で自宅や寺にいたという為、証明できる人は誰もいなかった。
重ねて弓ができるかと聞いてみたが、特に誰も経験はないそうだ。
水尾さんは能の演目で射つふりをしたり、竜円さんは悪霊払いのために弦を鳴らすことはあるそうだが、習っていたり腕が立つという話は出ない。西条さんはそんなエピソードもないほど。
「じゃああのとき、お茶屋さんの中にはいないの?弓をやっている人」
「そういえば、やまくら……」
「あの山倉はん、弓やってたんか?……けど、あん時はおらへんかったやろ?」
「ああいや……」
西条さんがこぼした名前に服部が反応するが、違うのだと言葉を濁す。
「ごめんやす」
そのとき、庭の奥の木戸門があいて和装の女性が入って来た。竜円さんは腰を上げて迎え入れる。
「あれ?」
「どないした」
薄化粧のため一瞬わからなかったが、よく見ていたらなんとなく面影がある。昨夜、茶屋で接待をしてくれた千賀鈴さんだった。確かめるように問うと彼女は微笑みながら肯定した。

「───弓、いうたら、くんはどないやろな」
くん?」
「ああ」

しばらく談笑が続いた後、水尾さんが思い出したようなそぶりで話を戻した。
千賀鈴さんも合点がいった様子で声を漏らす。
「そ、その人って、昨日お茶屋にいた?」
「ん?ああ。あの子はいわゆる、武道の達人なんやで」
「武道の、達人……!」
とは誰なのか、俺と服部には見当がつかないが、それよりも武道の達人と言われて慄く。
源氏蛍のメンバーを連続して殺害している犯人は、弓や剣などの達人と言われているからだ。
「あらゆる武道を嗜んではって、あちらこちらの教室にひっぱりだこなんですよ」
「柔道なんかもすごおて。大人でも勝てるもんはおらへん聞くなあ」
「弓もやってはるんとちゃうかな?千賀鈴さん、なんか聞いてはる?」
「さあ、弓習うてはるとは聞いとりまへんなあ」
俺も服部も、誰なんだと思いながらも一縷の望みをかけて聞きこむ。しかし弓をできるという証言はなく、ただ昨日茶屋にいて、武道の達人であることだけがわかった。
「剣道はどないや?できるんか?」
「どこいったら会える?お茶屋さんにはいつも来るの?」
「今日はなんもお稽古してはらん休みの日やさかい、店には寄っていかれへんと思います」
「剣道は教室でも教えてはるからできるはずですよ」
千賀鈴さんと竜円さんは、どこかのんびりとした口調でそう言ったきり。俺たちはくんと呼ばれる人物のことを、詳しくは知ることができなかった。



水尾邸からの帰り道、服部の初恋の人が唄っていたという手毬唄を口ずさんだ千賀鈴さんを、奴はすっかり本人だと思い込んだ。京都の子供はみんな歌えるというのだが、どうやら聞こえなくなっちまったらしい。
その後大滝刑事からの電話で、昨晩服部を襲った翁の面の人物が置いていった短刀は、桜さんを殺害した凶器であることが判明した。
そうなると、茶屋で凶器を持っていなかった四人は、犯人ではないということになる。もしくは、何か方法があって持ち出すことができたか。
「しっかし、くんってのは誰やねん……」
「ああ、気になるな。弓ができるかはともかくあらゆる武道を嗜んでいて、それが達人と言われるほどなら……」
千賀鈴さんたちはまるで、容疑者の一人ではなく冗談のひとつみたいにして話題にしたのだ。俺と服部が会えるかと真剣に聞いても、言葉を濁して笑われてしまった。
「昨日、そんな人みかけたか?」
「いや。くん呼ばれてるっちゅーことは、あの人らより年下やろ」
「ああ、大人でも勝てない……ということはおそらく、俺たちと同じくらいの年頃の……見た覚えはねえなあ」
俺達はぼやきながら山能寺の前で足を止めた。
服部は、なにかを思うように桜を見つめている。

「あっ」

そのとき、声をあげながら近づいて来る人物がいた。コナンくん、と呼びかけるのは歩美、一緒に駆け寄って来たのは光彦だ。少し離れたところには博士と灰原までいる。
聞けば、博士がクイズに正解した褒美にここへつれてきたらしい。どうせまたくだらねえダジャレクイズを出したんだろう。
「ところが元太くんが……」
「迷子になっちゃって」
元太の姿が見えないなと思っていた俺だが、すぐにその理由は理解した。
「だったら探偵バッチで、」
「もう呼びかけて、連絡は取れてるんです」
「でも……元太くん漢字が読めないから今いる場所が言えないの」
「で、君のそのメガネで探してもらおうと思ってなあ」
少し呆れたが、まあ漢字が読めないのは仕方がない。
快く引き受けてメガネからアンテナを出す。すると服部が面白がって俺のメガネを取り上げて、あっちだと歩き出してしまう。子供かってーの。

服部の案内でたどり着いたのは六角堂と呼ばれる寺だ。本来は頂法寺というらしいが、本堂が平面六角形であることからそういった通称がある。

青々しい柳がしな垂れ、のどかに揺れていたのが目に入った。
風と柳の揺れる音に混じって徐々に、柔らかいアルトの声が聞こえて来る。
「あ、げんた、く」
建物の裏を覗き込んだ光彦は、戸惑いながら語気を弱める。さっきから聞こえてきた声が、あきらかに元太の声ではなかったからだ。
「そぉれ」
掛け声をあげて飛ばした紙風船がふわふわと宙を浮く。
髪の長い少女の着物を着た後姿があった。しかし光彦の声や俺たちの足音に気が付いて振り返る。
ざあっと風が吹いて舞い上がる髪の毛は、着物を着た少女をより神秘的見せていた。
「……サクラちゃん?」
なぜここに、と思いながら昨日出会った少女の名をこぼすと、元太が嬉しそうに駆け寄って来た。
光彦や歩美も、元太が見つかったことで歓声をあげていたが、一緒にいたサクラちゃんを見て首を傾げる。
「この人は?」
「一緒に遊んでたの?元太くん」
「ああ、おまえら待ってる途中で、ここに来たから暇つぶしによう」
三人がそう話していると、サクラちゃんが口を開いた。
「通りかかったら一人でさびしそうにしてはって」
どうやらさっきまでの元太は、ここ本堂の裏ではなく表側に居て途方にくれていたのだろう。そこに近所に住んでいたサクラちゃんが通りかかって声をかけたらしい。
お寺の名前が読めないことで、待っているように言われた元太だったが、サクラちゃんにその読み方を聞いたことで再び連絡をとろうとしたが、上手くいかなかったとかなんとか。
結局、俺と合流して眼鏡で見つけてもらうまでは時間を潰すしかないと思って、旅先で一人になった子供についててあげよう、と思ったであろうサクラちゃんの心遣いを理解した。
「この子から君の名前聞いてたしなあ、いつまでも来いひんかったら、山王寺さんに連絡したろ思うてたんよ」



コナンくんが『姉ちゃん』つけて呼ぶのは高校生以上くらいでしょうか。だからちょっと年上の女の子ちゃん付けで呼ぶコナンくんかわいいなって思っています。
Feb 2025