sakura-zensen
春の通りみち
04話
桜屋にて桜さんが何者かに殺害された事件に居合わせたサクラちゃんである。現場に駆け付けた綾小路警部こと俺の従兄文麿くんは、後になって俺を長らく迎えにいけなかったことや、殺害現場で待ち合わせをしてしまったことを悔いていたがそんなのは彼にどうにでもできなかっただろうとヨシヨシ慰めた。
その後、俺は若干十二歳の子供であったため、身体検査もそこそこにシマリスのマロちゃんが待機するパトカーでおうちに帰された。
翌日、昨晩の事件のショックを和らげようとしたのか、おばさまが新しいお着物あるから着て見てと俺を部屋に呼びにきた。
剣道の稽古は道着で行くし、その後お茶屋で着付けしてもらったりとで着物を着る機会は多いけれど、俺の普段着は洋服である。
おじいちゃまと文麿くんが喜ぶ……とみせかけておばさまが楽しいから髪の毛を伸ばしているが、もちろん常時女装をしているわけじゃないのだ。
が、やはり暇な日におばさまが俺を着飾ってみたりするので、女の子になるのは日常茶飯事だった。
昼になる前に、おじいちゃんとお散歩にでかけた。
綺麗なおべべ着た孫を連れて歩きたいのだ、おじいちゃまは。
馴染みの店に顔を出してお茶をして、かわいいかわいいした後は普段からよく集まってる友人たちと話をはじめてしまう。
いつものことなので、俺は一人で遊びに行ってくるよと声をかけた。
おじいちゃんは俺に帰りのタクシー代を握らせて、快く送り出してくれて無事解散。お昼ご飯の時間にはそれぞれ家に戻るのが暗黙の了解である。
ほとんど用事がなかったが、文房具を買い足したかったので商業ビルに入って文具のフロアを練り歩く。目当てのものを手にしたあと、てきとうにぶらぶら商品を見て会計をすませ、日用品や雑貨のフロアをひやかしてから店を出た。
外国人のカップルが俺と一緒に写真を撮りたいといって声をかけてきたので了承して一枚パシャり。
さてそろそろ、家に帰っておべべ脱がせてもらおう───と家路に着いた。
タクシーは使わずに歩いて頂法寺の前を通りかかると、子供が一人うろうろしているのが見える。なにやら首を傾げている、ぷっくりお腹の男の子だ。
もしかして、と思って境内の中へ入って行くと風が揺らす柳の向こうで男の子の困った顔が鮮明に見えた。これは、あれだな。
「───ぼく、まいご?」
東京から来た小学一年生の小嶋元太くんは、京都ではお友達と博士(?)といたのだけど、途中で逸れてしまったそうだ。
お寺の人に言って保護者に連絡してあげようか聞いたけど、実は既に連絡がついているとのこと。ただし元太くんはこのお寺の名前が読めなくて、うまく伝えられていなかった。
「このお寺はんは頂法寺ゆうの、せやけど六角堂ゆうほうが有名かな」
「ちょうほうじって読むのか?あれ」
「うん、また連絡しい」
「おう!……あれ?おかしいぞ、これ!」
ぶうっと顔を歪めた元太くんは胸についたバッチを弄っている。
なんと、それがトランシーバーだったらしい。
元太くん曰く、今は繋がらないらしくて連絡手段が途絶えた。このトランシーバーで連絡とってたなら、保護者の電話番号もわからない可能性がある。
「おれ、もう帰れねーのかな?」
「ちゃんと送ってあげるよ」
「ほんとか!?」
元太くん曰く、博士が作ったバッチは友達全員に行き渡っており、発信機がつけられているそうだ。その位置情報がわかるのは一人の子のメガネだそうで。その一人の子はコナンくんというらしく、彼は一人だけ先に京都へ来ていて別行動しているとのことだ。
保護者と友人らはその子と合流してから元太くんを迎えにくるそうで、お寺から出ないで待つようにってわけだ。
「コナン、早く見つかんねーかな」
「その子は同級生なの?」
「おう!みんな同じクラスなんだ!」
それって、昨日会った子ではないだろか?だとしたら山能寺さんに連れてってあげればいいのかもしれない。いや、行き違いがあっては悪いし、しばらくここで待ってみるか……。
結局、俺と元太くんが紙風船で遊んでいるところに、コナンくん御一行がお迎えに来てくれた。
俺の想像通り、昨日会ったコナンくんだ。あと平次くんもいる。
元太くんをはじめ、歩美ちゃんと光彦くんと哀ちゃん、阿笠博士は毛利さん親子に会いに、山能寺にいくそうだ。俺も一緒に行こうと子供達に誘われたので行くことにした。お昼ご飯は適当に済ませると、後で連絡を入れようと思う。
コナンくんと平次くんはちょっと寄るところがあるそうだけれど、俺たちがお寺についてお茶を飲んでいる間に戻って来た。そして新たにまた人がやって来て、俺の姿を見るなり驚いた。
「な、なぜ、君がここに……?」
「白鳥警部、サクラちゃんのこと知ってるの?」
それは文麿くんと同期の任三郎くんである。
二人の仲はあまりよろしいわけじゃないけど、文麿くんと研修期間に一緒だったところに俺と鉢合わせたのが始まり。
文麿くんは彼に子持ちと思われたことを未だに許していない。その誤解は俺が文麿くんのことを「おにいちゃん♡」と呼んだことでちゃんと解けているが。
「サクラちゃんは綾小路警部の親戚だから?」
「あ、ああ……、それで何度か顔を合わせたことがあってね」
「任三郎くんはねえ、京都来はるとき、いつもご飯するんよ」
「な~んだ、綾小路警部と仲良しなんだね」
二人がライバルという噂でも聞いたような口ぶりのコナンくん。いや、二人はけして仲良しじゃないです。
「や。お兄ちゃんは抜きで二人で行くの。ねー」
「うん、京都に来てまであれと食事する暇はないので」
「へ、へー」
コナンくんはちょっと呆れたような、引きつった顔で話を流した。
任三郎くんは東京から京都に来て事件の調査に加わっており、その際自分で調べてきた情報───千賀鈴さん姉さんのこと───を毛利さんに知らせに来たらしい。
彼女とはお店で時折顔を合わせたりする程度なので、過去までは知らなかったがかなりのご苦労があったようだ。
宮川町で芸子をしていた母親が五歳の時に病死し、その後は御茶屋の女将である山倉さんに引き取られて生活していた。父親は素性も行方も不明で、どうやらお母さんは未婚のまま千賀鈴さん姉さんを生んだらしい。
しかしその引き取られたお茶屋には謎の送金が毎月あったので、それが父親のせめてもの誠意なのかと思われていたところ、三ヶ月前にその送金は途切れている。
三ヶ月前というのが意味深な所で、皆がぶつぶつと話をしている最中に任三郎くんの携帯電話が音を立てて鳴る。どうやら本庁の人からの電話のようだった。
任三郎くんがその電話に出ている間に毛利さんが推理を思いついたらしく、早急に千賀鈴姉さんと保護者の山倉さん、文麿くんが呼ばれ、竜円さんに案内されてやってきた。
文麿くんには俺が山能寺にいることを知らせていなかったので、任三郎くんのそばに控えめに座っていたらすごく驚かれてしまった。あ、着物見せられて丁度よかった。
そんなに驚くかよってくらい、言葉を失いわなわなしていたので、袖をぴっとひっぱってどや?と首を傾げてみた。彼はその瞬間はっとして、今まで任三郎くんを指さしていた手で口を抑え、目を瞑る。よろしいようです。
これからするのはおそらく深刻な話だろうに、ギャラリーは背負ったまま、毛利さんは桜さんを殺害した犯人について推理を述べた。
それによると、千賀鈴さん姉さんと文麿くん、シマリスのマロちゃんが共犯という展開になり、俺はいよいよ首を傾げすぎて体まで傾いた。
文麿くんは弓をやっていないし、千賀鈴姉さんは矢枕となる親指の付け根が切れてしまうレベルの初心者である。服部くんを遠くから狙ったりすることはできまい。それに山倉さんは舞妓は忙しくて人を殺す暇などないというし、眠りの小五郎さんの起きてるときの推理は脆く破綻してしまった。
「シマリスだけど、あんな小さな身体じゃ短刀を運べないんじゃない?」
極めつけはコナンくんの指摘。うるせー!となった毛利さんがマロちゃんに撥を背負わせて動けと命じているのを背に、千賀鈴姉さんと山倉さんは帰ってゆく。
竜円さんが見送り、俺も小さく手をフリフリした。
「呆れてものも言えませんな……」
文麿くんは少し離れたところに居ながら、近くにいる俺に聞こえる程度の声てぼやいた。
目線の先には不機嫌そうにしている彼の唯一の友達マロちゃんがおり、子供たちが可哀想だと熱く訴えたことにより解放された。
「おいで」
お利口なマロちゃんは子供達の手に乗ってはいるが、俺が声をかけるとすぐに手から飛び降りて足元へやってくる。
少し屈んで手を差し出すとぴょこっと乗って腕を伝い肩に乗った。
その様子を見て歩美ちゃんたちは残念そうに、ああっと声をあげて俺を見ている。
あら、なんか悪いことをしたかもしれない。
「わ、わかった!!」
「へ?」
「犯人は君だぁ!」
毛利さんが雷に打たれたような顔をして、今度は俺を指差した。清々しいなあ。
「はあ?」
地を這うような声と凶悪な顔が上の方にあるのだが、俺は面白くて笑ってしまった。いや、俺も共犯の可能性に考えてみろってコナンくんと平次くんに仄めかしたことあったけど。
「おっちゃんのおかげで犯人がわかった」
「ああ……」
マロちゃんが俺の言うことを聞くというだけで可能性を感じた毛利さんに、文麿くんが凶悪な顔をして食ってかかり、任三郎くんが俺の擁護し、歩美ちゃんたちの白けた視線が集中している間に平次くんとコナンくんが何やら意味ありげなやり取りを始める。
「あとはその証拠と」
「仏像のありかやな」
「仏像って?」
縁側から降りて、マロちゃんと一緒に二人の間に入り込む。
俺がいても自然体にしているコナンくんは、一緒に殺害現場を見学したよしみなのか以前は濁した依頼内容を教えてくれた。
どうやら山能寺で十二年に一度公開されるという仏像が八年前に盗まれたが、一週間ほど前にありかを示す謎の絵が送られて来たというのだ。
「へえ、謎の絵。どんな?」
「これだよ」
今度は座敷に上がって荷物をごそごそやる。
コナンくんから見せられた紙には、確かに謎の絵が書かれていた。
ひな壇のようなところに、天狗とかにわとり、富士山やドジョウの絵がある。
「場所を示す暗号やったら、おおきい可能性としては二つやろ」
「へ?」
「二つ……ってなんや」
「地図になるんか、文になるんか」
暗号の作り方解き方、法則性などは忍者やってた時も習う。里には政策や解読に重要性を抱き暗号班があるほどだし。
もののありかを示す場合は大抵地図だけど、文の可能性もなくはない。関連する書籍である義経記の内容から抽出というものかもしれないけど、とりあえずセオリー通りにやってみる。
「そのまんま地図でええなら、簡単なんやけど、そない簡単なはずは」
「───簡単って?」
「これ、京都の通りの名に似てはるの」
「!そうか……!」
コナンくんと平次くんは地図を出して、通りの名前のところに印をつけていく。
───え、ほんとうにその地図の通りだったのか。
絵と通りを繋いだところと、絵に描かれた点を地図に書くと「玉」の字になる。まんま宝の位置を示すものになった。
そこは五芒星の真ん中ちゃうんかって思ったけど、いかにも京都らしいかなって思って黙っておいた。
にんざぶろーくんは声繋がりで主人公が生理的にちゅき……て懐いてる。
彼もまんざらでもないのでご飯を貢いでる。ド健全おに活(おにいちゃんかつどう)。
Feb 2025