Sakura-zensen


春はあけぼの 04

サブローくんは逃げ出したのち、奥方様とデートに出かけたらしい。池田様は追いかけて行ってしまったので、侍女のときさんがわけがわからんという顔で教えてくれた。
そしてしばらく後、奥方の帰蝶様がうっとりサブローくんにしなだれかかった状態でお戻りになった。あと池田様もなんか目がキラキラしていた。
「おかえりなさいませ」
「お、サクラ!帰ってきたよー」
信長やめる!って言ったことはもう忘れているみたいで、拾っといた脇差を返すとああよかったと笑って受け取り再び腰に下げた。


その日から池田様は意欲的に仕えはじめ、なんだか俺にまでとばっちりが飛んでくるようになった。おそらく俺が前と変わらずちゃんと殿を慕っていると思ったからだと思う。しっかり御身をお守りするよう教育熱心にもなったし、前以上に殿のお側にいるように取り計らうようになった。
「あれ、サクラだ」
「おはよう」
朝起こしに行くと、サブローくんが寝ぼけ眼で俺を見た。
「なんかこうやって会うの久しぶりだね」
「そうだね、ようやくお許しが出て」
「え、禁止されてたの?なんで?」
ぼりぼりと頭を掻きながら起き上がるサブローくん。
「禁止というか、俺にもなんかおべんきょーがいっぱいあって」
「うへえ、聞きたくないかもー」
「俺がやれば信長様もやってくれるかもってさ」
むにゃっとしかめっ面になる。これは勉強しろって言われた時の顔だ。
「それってサクラが俺に教えてくれるってこと?」
「さすがに教えるほどの頭はないかな……」
「じゃーやだ」
ドきっぱりと宣言されたので肩をすくめる。まあ大人しく勉強するたまじゃないのはわかってた。
「うん、まあいいよ。俺が勉強して、サブローくんの力になれるように頑張ります」
「助かります、頑張ってください」
あくまで彼は信長様の身代わりをしているにすぎないし、俺は彼を助ける義務がある。
兵法や戦い方なんて平和な世の中で生きていた子には難しいだろう。
本物の信長様が帰ってくるまで、しっかりお守りしなければ。


池田様は信長様の弟君、信行様がサブローくん暗殺を目論んでいることで最近ピリピリしている。
主君がうつけになってた悩みが消えたと思ったら今度はコレ。大変だ。
サブローくんは基本的に一人でホイホイ出かけてしまう。
俺を見かけたら一緒に連れてってくれるが、見かけなかったら探すほどでもないのだ。

今日は城内の一室で大の字になって寝転がってるのを見つけて掃除をするのをやめた。
艶やかな板の間に、サブローくんの身体と、見下ろす俺が写り込む。
まったくもう、こんなところで無防備に寝て。
周囲に人の気配もなく、サブローくんの体は規則的な呼吸をしていた。
そばに座って頭を撫でるも、起き上がる気配はない。
ぼんやりお昼寝に付き添っていたところ、足早に池田様がやって来て俺たちの姿を見て部屋に飛び込んでくる。
「殿……、サクラか」
慌てた池田様は俺の姿を見て安堵した。
「眠っておられるだけですよ」
「とはいえ、こんなところで無防備に……殿!起きてくだされ殿!!」
「……誰?」
「恒興に……ござりまする……」
起き抜けのサブローくんはどうやらタイムスリップしたことを忘れてレストランでハンバーグを食べる夢を見ていたらしく、誰に起こされたかわからなかったらしい。
「あーよく寝た、サクラ外に遊びに行こ」
「殿!」
「はい」
ふあーとあくびをしたサブローくんを追うべく立ち上がるが、池田様がきつく呼び止めるのでちょっと足を止めた。
うつけのフリだと思っている池田様曰く、いくら何でも度が過ぎるとのことだ。まあフリじゃないんだけどな。
「───このような場所で居眠るなど、言語道断!」
「あ!さてはまた説教だな!?」
ばっと耳を塞ごうとするサブローくんだが、一応それは聞いておいてほしいなあ。

「殿、ご相談がございまする。サクラもついて参れ」
わかった気をつける、で済ませようとしたサブローくんをさらに引き止めた池田様に首をかしげる。
殿のことで俺に相談を持ちかけてくることはもちろんあったが、殿と一緒に相談を受けるというのは珍しい。
俺は臣下と呼ぶには及ばない身分だ。ただ、まあ、今はサブローくん扮する殿に心から仕える者がいなくてお供させてもらっているが。

サブローくんが俺を同席させて相談を受けることについて言及するはずもなく、池田様の隣に座って話を聞くことになった。
それは、命を狙ってくるであろう信行さまをいっそのこと暗殺してしまった方が良いのでは、というもちかけだった。俺は驚かないが、少し前まで現代っ子だったサブローくんは驚き、たった二人きりの兄弟じゃないか!とよく分からない持論を展開した。たった二人きりの兄弟じゃないんだよなあ、これが。
話を聞いてるのか聞いていないのか、何かを思い出したサブローくんは俺の手を掴んで外へ飛び出した。
「また勝手に外に出て、池田様に怒られますよー」
「ちゃんとサクラ連れてきたじゃん」
「そういう問題じゃないんだよなあ」
馬に乗せられて二人でぱかぱかと走る。遊びに行くって感じでもなさそうだし、何をするつもりで外に出たんだろう。
「たしかここらへんに落ちたんだよな、俺」
「うん?」
田んぼ道で馬から降りたサブローくんは草の間を分けて何かを探してる。
落し物とかしたんだっけ。というか、タイムスリップしてきた時に彼が所持していたものは全て俺が回収し保管しておいた。
そういえばそのことを言ってなかったな、と言おうとしたところで村の子供達数人が通りかかる。
「お、さぶろーじゃねえか、おーい」
どうやらサブローくんとは顔見知りらしい。確かある日、村の子らと角力に興じていたらしいから、その時の子たちかもしれない。俺を一瞥しつつも、村の子たちは見知ったサブローくんの方に声をかけた。
「あ、ねーねーみんな、ここらへんにバッグ落ちてなかった?」
「ばっぐ?」
「なんだそれ?」
案の定、現代の所持品を探していたようだ。
バッグと言われても何も思い当たらない子たちは首を傾げ、サブローくんはそれ以外に何と言ったら伝わるのかも分からないし、もしかしたら伝わってないこともわかってないのか、あれーと周囲を見渡している。
「殿!!」
それなら城にあるよ、って声をかけようとしたところで、慌てて駆けつけてきた池田様が馬の上から殿と呼びかけた。村の子たちはまず侍の登場に驚き、さらには殿と呼びかけたこと、そして呼びかけられたであろうサブローくんに戸惑う。
「なぜいつもお一人で動かれる!?用心してくだされと申したばかりではありませぬか!」
「サクラ連れてきたって」
俺を連れて外に出たとしても、結局相談もなしに丸腰で連れ出してきたんじゃ、一人で動いたことと同じだ。信用されてるとはいえ、池田様からみた俺はまだまだ子供。武器も持ち歩いてるわけではないので護衛の数には含まれない。
「サクラを連れ歩いておればよいのは、城内のみにございまする」
「えー……もーうるさいな」
「ところで殿、お探しのばっぐどやらは殿がここいらにきた時にお持ちだったものにございますか?」
「そうそう、サクラ知ってる?」
「はい、それでしたらサクラが預かってございますよ」
大股で馬のところまで歩いてきたサブローくんに声をかけると、ぱっと明るい顔をした。
「なんだ、それなら早く言ってよ」
「妙なものだったゆえ。それに外に出る時に何もおっしゃらなかったではありませんか」
「たしかに」
荷物を持ってると報告しなかったことは悪かったけど、こうして外に出てきた時に何も説明しなかったサブローくんのせいだと思います。
「まいっか、帰ろっと」
ほっと掛け声をあげて馬に乗ったサブローくんは俺に手を伸ばした。
つかまりながら俺も馬に乗り、村の子らを見下ろす。どっかのさぶろーだと思っていた子が、殿と呼ばれる人だったことに呆然としたままで、サブローくんがまた角力でもしようと声をかけても碌に返事もできないでいた。




next.
主人公は現代から来たとはサブローに言ってないので、サブロー的にはなんか話のわかるやつって思われてる。
口うるさい側近とじいに比べて、事情知ってて色々助けてくれる主人公を頼りにしてたんだけど、そんなにそばに居られないので一時期やさぐれていました。
本物の信長だったころも主人公はよくそばに居たので家臣たちからもお気に入りだと思われてたけど、サブローになってからはもう殿の面倒を見られるのはあいつしか居ないと思われていそう。とにかくもう一緒にいることが当然と見なされて居たら楽しいなって思います。身分?わからないです。
Sep 2019

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