Sakura-zensen


春はあけぼの 05

サブローくんの日本史の教科書は俺も読ませてもらったけど、ざっくり長い日本の歴史が書かれたものであるから、細かいところまで書いてるわけじゃない。
もちろん信長についてはいくつかやることが書いてあるわけだが。
「俺が知りたいのは信長が日々どのように生活し、どのようなことを考え、いかなる方法で天下に近づいていくのか……!?ってことなのに」
というのはサブローくんの談。
「なるようになるよ、きっと」
「だね。ま、いーや、好きに生きよ」
サブローくんが教科書をぽいっと投げたのでキャッチしてバッグにしまった。
現代の文字はみんなには読めないだろうけど、もし万が一読み解かれた場合はこの教科書は大変な扱いを受けることになる。一応人目につくところにはおいておかない方が良いだろう。
しかもこのバッグ中に色々と現代のものが入ってるので、バッグ自体が危ないから本当は俺がどこかに隠し持っていたいんだけど。
さすがのサブローくんも、唯一現代から持ってきた荷物を今は手元に起きたがっているのでしばらくは様子を見ることにした。


最近サブローくんは外に出る時に池田様に声をかけるようになった。俺のお供じゃ城内しか駄目っていう言葉をようやく聞くようになったらしい。
その日もサブローくんが外出るよと言って池田様を連れて城を離れたので、俺はにこにこ見送った。本当は一緒にくるかって誘われたけど、池田様がいるなら大丈夫だし、俺には平手様に言われた勉強があったので遠慮した。
「サクラはほんに聞き分けの良い子じゃ……」
最近勉強してる時に様子をみにくる平手様が、思い出したかのように呟く。
じいの懐古は頻繁だから困る。
「かつての信長様もこのように勉学に励んでおられたというのに……ああ」
「……」
指南役の先生と俺は黙りこくっていた。とはいえ完全無視できる立場でもないので、なんか黙々と書き写すふりをしつつすぐに返事ができるように準備をした。
「ところでサクラ、ちと打診したいことがあってな」
「!はい」
案の定信長様の話をしていたかと思えば、進捗状況を尋ねたり、今後の話をされたりするので気を抜かないでよかった。
「織田家の臣のどこか───池田家がよいとわしは考えておるのだが、おぬし養子に入る気はないか?」
そもそも、まだサブローくんがくる前から、俺を殿の小姓にする話は持ち上がっていた。
けれど殿が俺をそのまま連れ出すつもりだったので一度たち消えた。多分殿が何か上手く言ったのだと思う。
しかし事態は変わった。
目の離せないサブローくんという殿に、本格的に小姓や側近をつけなければ駄目だって。
一応現在は池田様が側近なわけだが、それじゃあ足りないんだって……。
そういうわけで、今になってまた、かつて話し合われていた池田家の養子になる件が掘り返された……というわけだ。
「どうじゃ、受けてくれるな?」
「謹んでお受けいたしまする」
ま、いっか。池田様はよくしてくださるし、織田家のことは好きだし。
そもそも、ほぼ拒否権ないしな。


平手様は本来大殿様の重臣だ。
一方俺はというと、信長様付きという状態ではあるが、織田家に雇われこの那古野城に配属されたに過ぎない一奉公人。
つまりは今回のことも大殿様に打診が必要なわけで、平手様は近々大殿様に報告を入れると言っていた。
が、まさかその日に急に来られるとは思ってもみなくてですね。
平手様も他家臣の皆も大慌て、てんやわんや。だってサブローくん、いま池田様をお供にふらっと外に出ているんだもの。
「これ、誰か若を連れ戻して参れ……!」
「では……」
俺がひとっ走り……と立ち上がったところで腕をむんずと掴まれた。え、なに。
「大殿様のご案内を!」
アッハイとしか返事もできず部屋を飛び出した。

「サクラか、久しいな。大きくなったではないか」
「お久しゅうございます」
深々と頭を下げたのち、同行されていた弟君の信行様へも挨拶をする。ちょこっとしか顔をあわせたこともないし、あちらからすれば、有象無象の一つであろう。が、大殿様と若干顔見知りなので互いになんとなく挨拶を交わす。
「そなたはよく体の弱い信長の世話をしてくれたと、話にきいておるぞ」
よくやったと頭をくしゃくしゃ撫でられる。
「今はさほど……。信長様もお元気になられて、サクラの手も要らぬほどでございまする」
信行様は信長様を目の敵にされてたので、俺がよく信長様を世話していたとの言葉に一瞬目をやる。
「うむ、らしいな。して、その元気になった信長は今どうしておる?」
「それが、池田様と外に出られているようでして。使いを出したところにございますから、すぐお戻りになられるでしょうが……」
「よい、ならばしばし待とう。わしも先触れなく来たからな」
豪快に笑ってくださった大殿様にお礼を言った。
席を立とうか迷ったが、なんだかこの人も懐っこいというかなんというか。次々俺に近頃のことを尋ねてくるのでハキハキおしゃべりするのに必死だった。
なぜだ、俺はそんなに興味がわく対象なのか。
大殿様と顔を合わせたのは、織田家の入る前におっちゃんのつてで挨拶にきただけだ。いやそもそも、その状況からしておかしいんだが。
心の中でおっちゃんに大殿様との関係を問うがもちろん答えは出ない。信行様だってなぜこんなちんちくりんに色々話を聞いておるのだ?みたいな顔を隠せていない。隠せてないんだぞ。


ふいに城内が少々騒がしくなったように感じたので、サブローくんの帰宅ならぬ帰城を察する。
まだ二人とも耳には届いていないようだったが、一足先に立ち上がりお連れして参りますと言ったところ、元気な大殿様は俺を押しのけてサブローくんを出迎えに行ってしまった。
ああサブローくん、急におじさんに声かけられて誰?とか言わないといいけどな……。

「そなた、サクラと申したか」
「あ、はい」
「なにゆえ父上とあのように懇意にしておる?」
「それがなんとも、わからないのでございます……」
「わからない……?」
大殿様が部屋を出て行かれて、信行様が口を開く。
俺だってなんであんなに大殿様の覚えがめでたいのか知りたいくらいだ。
この時代子供が奉公してるのなんて珍しくもないし、もう俺は10歳超えてるわけだし。
やっぱり俺を育ててここに入れたおっちゃんが何か大殿様と関係があったに違いない。とはいえ確証もないのにベラベラ喋る気もないので子供ならではのキョトン顔でしらばっくれた。
信行様は少し訝しげだったけれど、俺が何も知らない子供だと諦めたのか、大殿様をおって部屋を出て行った。

サブローくんはどうやら俺の懸念通り、大殿様に誰?ってぶちかましたが、その冗談をいたく気に入った大殿様が笑いながら彼の背中をばしんと叩くだけで済んだらしい。
その後親子三人夕食をとった後、俺は平手様と池田様に連れられて大殿様に御目通りすることになった。池田家に養子入りし、小姓として信長様につくことをお許しいただいた。
この場合池田様って俺の何になるの?父上?
聞いた話では池田様のお父上はかなり前に亡くなっており、池田様───恒興様が家督を継いでいる。そして現在お母上は大殿様の側室であり、信長様の乳母でもある。
つまり池田家は結構織田家に重用される家であり、信長様の小性となるべく入れられたなら恒興様の息子という立ち位置では後継としては難がありそうだ。ということで、俺はどうやら恒興様の弟という立ち位置になるようだ。本来池田家の血筋はお母上のものだったので、お父上が亡くなられて恒興様が家督を継いでいても大丈夫らしい。いやほんとのところ知らんけどな。
「というわけで殿、これよりサクラ改め、池田は我が弟にして、殿の小姓と相成りました」
「あーはいは……え、まってずるい」
「何がですか?」
サブローくんに紹介してもらいに兄上とともに挨拶をしたら、軽い調子で聞き流した後驚かれた。
「養子にできるならなんでうちじゃないの?俺もサクラの兄みたいなもんでしょ」
信長様の養子にも、大殿様の養子にも、なる意味が全くない。
兄上は全くわけわからんという顔で固まった。
「ありがたきお言葉にございまする。しかし殿、恒興様はすでに信長様の義兄弟、なればも信長様の弟ということになるのでは?」
「あ、そっかー、じゃ、君は俺の弟ってことで」
兄弟が10人以上いて、しかもその一人からは着実に命を狙われているのに弟を欲しがるとは何事かと思ったが、俺はそれほど信頼されてるのかなと少し嬉しく思う。
「はあ……それより、恒興様ではない、兄上だ」
「あ、はい、つい……あにうえ」
ふへっと笑うと兄上は少し嬉しそうな顔をする。
サブローくんはちょっと唇を噛んでむうっとした。
羨ましいのか……そうか、信行様も兄上って呼ぶけど殺意がこもってるんだもんな。



next.
信パパがなんで主人公を覚えてるのとか、おっちゃんとのエピソードとか、その辺は特に重要じゃないし、必要になったら書きますね。まあ考えてないっていうのが本音ですけど。
恒ちゃんちはお母さんがもともと池田の人でお父さんは婿養子だし、お母さんでいっかと思って(言い訳)
つねちゃんをあにうえ(ハート)って呼ばせたい。
Sep 2019

PAGE TOP