Sakura-zensen


春はあけぼの 06

森の中でかわゆいお花を愛でる帰蝶様はたいそうお可愛らしいです。
サブローくんがいつもデートに連れ出すのもわかる。
信長様はこんなにお可愛らしい奥方様をずうっと放っておかれたので、俺の罪悪感が今この時ちょっと薄れた。いやサブローくんと信長様は別なんだけどさ。

かつて、奥方様よりサクラを寵愛しているのでは、という噂があった。
帰蝶様は信長様からも俺からも離されていたし、そのような不快な噂を聞いていたかもしれない。
とはいえ、帰蝶様が俺に何かをいうこともなく、先日小姓になったと正式に挨拶をしたときもにっこり笑って挨拶をしてくれた。優しいお人である。

俺は信長様と帰蝶様の護衛としてデートに同行している。
兄上としては外で少人数しか護衛をつけずにフラフラするなんてもってのほからしく、デート自体を取りやめて欲しそうに周囲を警戒していた。
一方サブローくんはいまいち危機感がないので、帰蝶様と二人きりのデートではないことを渋っている。
いつもの言い合いが始まったので木の幹に背中を預けて見守った。相変わらず仲の良い二人だなと思っておこう。
「まぁ……」
草の陰から猫が現れ帰蝶様の興味をひく。
猫は気まぐれに姿を現したけれど、やすやすと触れさせることもなく、走り去ってしまう。思わずといった感じで帰蝶様が追いかけて行ったのがサブローくんと兄上を挟んだ向こうから見えて、俺は思わずえっと声をあげた。

すぐに追いかけたがなぜか複数の人の気配がするので、警戒と様子見のため、音を立てずに木の上に登った。
男が二人掛かりで帰蝶様を捕まえて、走っていくのが見えた。暴くでも、金目になるものを奪うでもなく。
気づかれないように男たちを追いかけた。
指示した人間を目撃できれば御の字、できなくても誘拐犯の隙をついてふん縛って吐かせれば良い。帰蝶様に危害をくわえそうになったらすぐ手を出すけど。

帰蝶様は小屋みたいなところに閉じ込められた。
見張りは相変わらず実行犯の二人だけ。おそらく計画的犯行で、帰蝶様をしばらく閉じ込めるという手はずなんだと思う。
周囲に人の気配はなく、この人数なら余裕でノして逃げられるので小屋に入り込み、二人の気が逸れるのを伺う。
途中、帰蝶様にだけわかるように顔を見せて安心していただく。
ちょっと驚いたようだったが、すぐに悟られないよう表情を隠してくれた。


音もなく部屋に降り立ち一人を沈めた直後、残る一人に向かっていこうとしたところ、白い煙がそれを遮る。
「エッ!?」
いきなりのことに俺でもビビったが、煙を噴きかけられた男はビビって腰を抜かしてしまった。毒の煙だと思ったみたいだ。俺は、鼻腔をくすぐる特徴的な香りに首をかしげる。なんだか嗅ぎ覚えのある、なんとやら。
「だいじないか?」
「あ、はい……」
一応煙から逃げるように身を低くした俺は、心配そうに俺を見下ろす帰蝶様に返事をする。
帰蝶様の手には、戦国時代にはあっちゃならない、虫除けスプレーが握られていた。
手にあるものを尋ねれば「殿の荷から持って来てしまった」とけろっとした顔で答えられた。
うーん、得体の知れない煙が噴き出すものを恐れず使うって、結構豪胆な人なのでは……と思ったが本人としてはいきなりさらわれて、頼りにならなそうな小さな子供しか助けに来られなかったのだから、絶体絶命のピンチなのだろうし、なりふり構っていられないよな……っと。

「この者たちは後で使いに捕らえさせます、まずは殿の元へ戻りましょう」
素早く気絶させて転がし、帰蝶様に提案する。一刻も早く無事であることを知らせなければと思い、許しを得て帰蝶様を抱き上げた。

しかし時すでに遅し。戻ったところにサブローくんや兄上の姿はない。
城に戻ったかと思い足をすすめれば、森の中にいるうちに、兄上と見覚えのない男を見かけた。腕の立つ者ではなかったようで、兄上に助太刀するほどではなさそうだ。
「尋問の必要はありません、兄上」
───、奥方様!ご無事で……!」
帰蝶様の行先を尋問しようとしていたので声をかけた。
簡単に経緯をはなしながら、兄上にサブローくんの所在をたずねれば、主犯と思われる信行様を目撃したのち追いかけて行ってしまった、とのことだ。
なるほど、帰蝶様の身を危険に晒して信長様の地位を貶める、っていう作戦だったわけか。
「一刻も早く追いかけて知らせなければ!……すぐに人を呼んで参りまする」
兄上は帰蝶様に言ってから馬にまたがった。俺を抱き上げて馬に乗せないってことは、ここに護衛として残れという意味だ。
しかし先ほどとらえた男の馬がここにあるじゃないか。兄上は俺が一人で馬に乗れるとは思ってないようだが。
「兄上、も帰蝶様と共に行きまする。その方が安全でございましょう」
帰蝶様を抱っこして走って来られる俺は、当然帰蝶様を馬に乗せることもできるわけで、さっヒョイっと行動を起こした。未発達な体躯の子供と姫様の馬二人乗りははたから見ていて不安にもなるが、まあご容赦いただきたい。ヘマはしない。
「乗れたのか馬に……それも奥方様を伴って……せめてこちらに」
「前から申してましたけど?兄上は急がねばなりません。帰蝶様、頼りないかもしれませぬが、けして落としはしませぬゆえ……」
「ええ、早く殿の元へ参りましょう」
帰蝶様は花のように微笑み頷き、俺の体に掴まってくれた。兄上は呆然としつつも不安そうだったが、今ここでためらっている場合ではないと思い直したようで馬を蹴った。

信行様を追いかけたサブローくんはおそらく末森城にいるだろうと駆けつければ、案の定門のところで大揉めだった。おまけに大殿様もいらして、ただ事ではすまない雰囲気になっていた。

その後、兄上や俺が懲らしめた連中や帰蝶様の証言もあり、信行様は言い逃れもできずに大殿様からお叱りをうけ、寺での謹慎処分を言い渡された。
一方今回の一件で信長様は帰蝶様の羽織を肩にかけて城に飛び込んで来たのでうつけ説が強まった。
俺はというと、帰蝶様から今まで以上の信頼を受けるようになった気がするし、兄上からは馬に一人で乗れるって認められたし、サブローくんにも大殿様にもたいそう褒められた。



next.
忍びムーブたのしい。
Feb 2020

PAGE TOP