春はあけぼの 09
「美濃の……斎藤道三……はて、どこかで聞いたような」「何をとぼけておるのだ」
美濃の斎藤道三から会見の申し入れがあった、という話を兄上からされて首を傾げていると、げんこつが飛んで来そうになったので一歩距離をとった。
そうだそうだ、帰蝶様のお父上だった。
かつて敵対していた美濃斎藤家は大殿様が同盟を組んで、帰蝶様が信長様に嫁入りをした、政略結婚である。
信秀様亡き今となっても、信長様と帰蝶様の婚姻が解消されたわけではないのだし、同盟関係は終わっているわけではない。……でもたぶん、今回の会見次第ではどうなるのかわからない。
サブローは、「帰蝶のお父さんね、オッケー」って感じで了承しちゃってるので、今更都合が合わないだのなんだのいって逃げるわけにもいかない。というか、まあ、いずれ会うことにはなっていただろう。
「会見は尾張と美濃の間にある聖徳寺で行う」
「はい」
「正装の準備と当日の隊列を組まねばならぬ」
「では若いのに招集をかけましょうか、有志から選んで……」
「そうだな、ああ、当日わしと殿が城をあけるにあたって、は残れ」
「え」
当然のように打ち合わせを進めて自分も参加する気でいたところで肩透かしを食らう。
今まで基本的に兄上とセットで殿のお供をしていて、織田信長近習の池田兄弟として名を馳せてたらいいな……という希望はもっていたのに。
「……な、なにゆえ……?」
ある日唐突なお留守番宣言である。他の家臣が側近としてつくことになっているからと、城の警護に励むようにと頼まれてしまい、仕方なく俺なしの隊列作成と正装の手配に取り掛かった。
殿のお供したいのこの指と〜まれ!をした結果集めた連中を書き留め、兄上に報告し、正装の準備も滞りなく進め、きちんとサブローに一度着せてチェックもした。
「ん、ん、これでいいでしょう」
「お似合いにござりまする」
「きゅうくつ……」
侍女に手伝ってもらいながら着付けを終えると、満足感のあるため息が出た。
サブローは立って締め付けられていただけなのでむぎゅっと眉間にしわを寄せているが。
「早く脱がしてよー」
「今着終えたばかりではありませんか……、会見はもっと長いのですよ」
「……」
首も腕も足も動かしづらい……と不満顔のサブローは助けを求めるように俺を見た。
まあ動きづらいったって、動かずお話してればいいわけだが。
「辛抱なさいませ、殿、大事な会見ですからね」
「サクラこないんでしょ?」
「ええ、兄上に用事を申し付けられましたので」
用事というかお留守番なわけだが。
早く脱ぎたそうなサブローのご要望に応え、結局さっさと帯を解く。たんなる最終チェックだしな。
侍女も苦笑しながら着物をたたみ、風呂敷にまとめてくれた。
「すっきりしたー」
体が楽になるなり、どかっと座り足をのばす。
俺は風呂敷に包まれた衣装を横に置き、サブローのそばに座り侍女に用事を頼む。侍女は快く請け負い、部屋を出ていった。
「くれぐれも、気をつけて。蝮と言われるほどの人なんだから、怒らせないように」
「まあなんとかなるでしょ」
「でもなサブロー、嫁の父っていうのは必要以上に怖いもんだぞ」
「知ってるかのような言い草……」
二人きりなので砕けた調子で話しかける。
ずいっと身を乗り出して言い聞かせると、若干引きつった顔をされた。
「サクラって結婚してたっけ?え、してないよね?俺許してないもん」
「してないけど。っていうか許しっているんですか?」
「いるでしょ、俺の弟なんだし」
「せめてそこは俺の臣下だしっていいなさいよ……」
今度はサブローが身を乗り出す番だった。
正装の準備も滞りなく済んだし、兄上に報告へ上がるとお褒めの言葉をいただいた。なんか未だに小さい子扱いされてる気がするんだよな。
小さい頃から見て来たからだろうけど、俺だってもう戦国時代でいったら立派な成人男子だぞ。
「そういえば」
「いかがした」
成人男子といえば、で思い出す。兄上は俺が言いかけて口ごもるのを見て首を傾げた。
「俺が嫁をとる場合って、誰に許可を得ればいいんですかね」
「───!!!!」
青天の霹靂みたいな顔で兄上が硬直した。
「……名は?」
「へ」
「どこのおなごなのだ……!」
「あにうえかおこわ……」
きゅうっ肩をすぼめて、別に嫁をとるといってるわけじゃないことを説明する。
サブローといい兄上といい、俺への扱いがひどすぎるぞ。
「やはり兄上の許可を取れば良いってことか」
「そうだ、絶対わしの許可なしに婚姻など……」
「なんです、その絶対結婚させない感じ」
兄上には嫁いるくせに……。いやでも兄上は池田家の当主で、家を繋ぐお役目があるわけで、俺はひょっこり池田家に養子入りしたどっかの馬の骨だ。
信長様にお仕えしやすくするための養子入りであって、池田家繁栄は俺に期待されてない。
と考えると、確かに兄上のその意気込みは理解できなくもない。
「はいはい、生涯信長様にお仕えするのみね、精進いたします」
「うむ」
「池田の繁栄は兄上に任せます」
「ああ、なんの心配もいらぬからな。はそのままでおれ」
会話だけ聞いていると普通にポジティブなんだけど、俺はちょっぴりやるせなさを感じるのであった。
その後、美濃の蝮と恐れられる、嫁のパパに会って来たサブローは俺の予想通りけろっとした顔で帰って来た。兄上曰く正装を途中で無駄にされ、サブローが城に帰って珍妙な召し物を持って来たという大問題なことはやらかしているようだが、斎藤道三も同じく珍妙な召し物愛好家だったらしく広い心で受け入れられたとのことだ。どういうことだろうね。
「わしが城に取りに帰ればよかったのだ……しかし、なぜお戻りになった殿にきちんとしたお召し物を渡さなかったのだ」
「殿が戻っていらしたの知らなかったんですよ」
事の顛末を聞いてるだけのつもりでいたら、なんだかお説教が始まりそうな気配。
何かあった時のための留守番が俺だったようです。いやでも自由人サブローを完璧にカバーできる人なんていないからな。たとえある程度訳知りの俺でも無理。
「そもそも、正装を無駄にしたのはどういう了見です?あれは成政に届けるように言いつけたんですよ!」
「う、うむ、それが……」
叱られてたまるかの精神で兄上にはむかう。
成政は隊列の中でも若く新人で気性も荒いやつだったが、役目に対しては忠実で根性もあったから頼んだ。
それなのに、どうやら隣にいた犬千代が成政の荷物に興味を示した、と聞いて拍子抜けする。
犬千代と絡むと、成政の考える力が極端に落ちるからなあ。
案の定『殿のお召し物はわしが持つ』『いやわしが持つ』と引っ張りあって、池にドボンしたそうだ。
俺は無言で頭をかかえ、兄上もため息を吐いた。
next.
犬千代と成政はほぼ同年代だけど後から来たんで呼び捨てにしています。
臣下同士の話し方とか呼び方とか、ちょっと自信がないです。主人公は特別枠ということで。
Feb 2020