Sakura-zensen


春のおまもり 01

ちいちゃいとき、それはそれは不思議なお子でした。
人に見えざるものが見え、何もないところを指差してものをいう。
親戚のおばあちゃんに、だいじょうぶもうすぐだよ、こわくないよ、だの語りかけ死期をそっとほのめかす。しまいには羨ましいなあと宣ったそうな。
両親はたびたび天の国へ帰りたがる、神様のお迎えがあると信じる子がこわかったらしい。そらそうだわな。
ある時見知らぬお兄さんがその子を見て、この子は『桃太郎』の生まれ変わりですと両親に教えてくれたそうだ。数多の鬼を屠り英雄となった彼は本来転生して人間になることはなく、未来永劫尊い魂は天にあるはずだった。
それがふとした拍子にこぼれ落ちてしまい、あなた方の子供に生まれ変わったのです……だとか。
両親は話を聞いた時、そんなまさかと思った。しかしお兄さんはさらに続けた。
理解できなくても構いませんよ。気味が悪いと思ったのならこのまま過ごせばいいのです。いずれ迎えがきて天へ帰るでしょう。だって。
それはつまり、早死にするってことじゃないですか。日頃の子供の口ぶりと、他人の口から言われた言葉で、さすがに両親は目を剥いた。
ちょっぴり変だったけど、可愛い子供でもあったわけである。
どうすればいいのかと、子供を抱きかかえて泣き出す母と、慌てる父を見てお兄さんは助言した。
七歳まで性別を変えて隠れると良いですよ、と。
病気を魔物ととらえ、欺くために男児を女装させる風習はうっすらと認知されていたこともあって、両親はぶんぶん首をふって子供───息子に女の子の格好をさせ始めた。
お兄さんはいつのまにか消えていた。

七歳になった男の子は神様を欺くようになったからか、すっかり言動は落ち着いてきていた。両親はほっとして子供の女装をといた。お兄さんは再び現れることはなかったけれど、いう通りにしたし大丈夫だろうとのことだ。
長く伸ばした髪の毛をしゃきんしゃきん、ぱらぱら、と切られていくのをぼんやり眺めた子供は徐々に理解していく。天国に帰れないの?とつぶらな瞳をうるうるさせる子供に、母は久々に驚いたしその子供を失うことをさらに恐れた。そして天国へ帰してやれないことに罪悪感もあった。
ごめんね、ママたちの子供でいてね、大事にするからね、と抱きしめた。子供はうんわかった……とママを抱きしめ返したそうです。
ちょっと不思議な美談かな。

これが、盆暮れ正月になると親戚中で逸話として話される内容。昔の写真を見た親戚の子たちが、なんでくんは女の子のカッコしとるん!!おもろいな!!!ってなると大概その話が出るので新しい世代にもその話は知られてる。

今思うと助言していったお兄さん、絶対鬼灯さんだよな。
幼くて自我がほとんどなかったけど、白澤様がお迎えにきてくれるかもと信じてたんだよ、俺は。
ただ、一度人間に生まれてしまった以上寿命まで生きるべきというか、白澤様が子供の魂をさらうのは普通にダメというか。そういうことで様子を見にきたのかもしれない。
白澤様をイジめるためにやった可能性も否定しきれないんだけどな。

ある日の学校帰り、電柱の陰に隠れてこっちを見てる白澤様を発見した。
俺はランドセルをがっちゃがっちゃさせながら駆け寄った。そのころには記憶が戻っていたので、純粋にわーいって感じ。
ハタからみたら不審者に突撃する小学生である。良い子は真似したらダメやで。
「はくたくさまー!」
ふにゃぴっと笑いかける俺を見て、白澤様はむせび泣いた。
「お店だいじょうぶ?」
跪き俺のお腹に頭うずめてぎゅんぎゅん頷く。ほんとかなあ。
「お酒飲みすぎてなあい」
「うえ、……だいじょうぶぅ」
べちょべちょの頬を手のひらでぺちぺちした。
濡れた手をズボンに擦りつけてから、Tシャツをひっぱって白澤様の顔をごしごしする。
天の掟なのか、良心なのか、白澤様はさすがに俺を連れては帰れないそうだ。ちょっと残念。でもま、しょうがないかなと俺も思う。天寿は全うしなきゃな。
わかってはいても桃源郷に帰りたがらないヤダヤダっ子は、それを見越してついてきていた鳳凰様と麒麟様に無理やりひっぺがされて帰っていった。また遊びに来てねーとお空を見上げる。
その日、母親はスーパーの福引で米を当て、父親は出世が決まり、親戚中にもちょっとした幸運が降り注ぎ、家にはくん生存確認の問い合わせが殺到した。昇ってない昇ってない。


親戚やご近所さんが徐々に俺へ相談事をしにくるようになったのはいくつからだったかな。多分中学に入ってすぐくらい。ちなみに俺を利用しようとするような奴はここいらには住めないし、親戚にもいない。
不幸や怪奇現象の相談事が主に多い。まあ大抵、不幸は受け入れるしかないし、怪奇現象は勘違いなんだけど。
いつのまにかそれが周囲の子供たちにも広がり、学校の友人にまで届いた。失くしたものの場所はさすがに言い当てられないが、相談くらいはのるし、落ち込んでりゃ励ますし、できれば助言だってする。
人の助けになるのが、やっぱり使命かなって。だってそうしないと天国いけないしさ、また桃源郷の極楽満月で働くよって約束してるしさ。

そういうわけで20歳になった俺は大学生やりながら、お助け相談室なるものを続けていた。
お金とるわけじゃないし、普通に話を聞いてほしい人がいたら聞く感じなんだけど。いつのまにか心霊現象も持ち込まれるようになって、たまーに現場に顔は出すけど俺は亡くなった人の霊に対してどうこうする術は持っていない。鬼退治ならできんだけど……。
というわけで霊能者じゃなくて出張相談室の延長というていで、困ってる人のお話を聞きに行くだけの簡単な奉仕活動である。

「あら、あなたも呼ばれていましたの」
何度か現場でお会いしたことのある霊能者さんと、また顔を合わせた。座敷童のようだけど俺の知ってる子たちはもっと小さい格好をしてたので一緒にしたら失礼だろうか。
原さんは、とある学校の事務室の前で俺を見て僅かに目を見開いた。
「桃太郎さんがいらっしゃるなら安心ですわね」
「ははは」
アツい信頼に後頭部をかく。そのあだ名現世でも浸透してんのな。
テレビによく出る霊能者さんにそういわれると照れるような、居心地が悪いような。
依頼主である学校の校長先生は俺たちを案内しようとしたが、原さんが断った為別れた。
「どう見ます?」
「呪われてはいないよなあ」
本校舎があって校庭を挟んだ向こうにある木造の旧校舎を眺める。依頼内容は旧校舎の様子を見ることだ。原さんは霊能者なので霊がいたら説得とまで含まれるけど、俺の管轄はちょっとちがうので、ひとまず見るだけ。
「気配はしませんわね」
薄暗い校舎内に足を踏み入れる。下駄箱はいくつか倒れ、備品の残骸などを避けながら足をすすめる。途中でカメラがあったので、他の業者が入っていて調査をしてるんだろう。
人の気配がすることを確認しながら、教室へ入ると中にいた人がびくっと怯えた。まあ、怯えたのは若干一名で、他はおやって感じだったけど。
「……校長はよほど工事したいらしいですね、あなたまで引っ張り出すとは」
「知り合いなの!?」
原さんを見て、一人の少年が小さく笑った。歓迎しているわけではないだろう、整った美しい顔の微笑みはむしろ嫌味ったらしい。
俺たち───というかおそらく原さん───を幽霊かと思って怯えた女の子は金髪の男の子に宥められた後、少年の方をみて声を上げる。
「いや、顔を知ってるだけだ。原真砂子、有名な霊媒師。口寄せがうまい」
たぶん日本では一流、と少年が説明する。
原さんはたしかに俺が今まであった霊能者の中では一流だと思う。というかこの界隈はインチキがおおいからな。
「あ、俺は別で相談を受けました、春野といーます」
「霊能者、ですか?」
「俺は相談員?ボランティアです」
「あなたは?霊能者に見えませんけれど」
俺は霊能者を名乗ってないし依頼ではなく相談だし、お金もとってないのでなんと言うべきか迷ってニュアンスふわふわに自己紹介した。
途中で原さんが口を開き、美少年はゴーストハンターの渋谷と名乗った。ちなみに金髪の男の子はブラウンさん、エクソシスト。セーラー服の女の子は生徒の谷山さんだと。
後から巫女の松崎さん、僧侶の滝川さんを紹介された。ゴーストハンター、エクソシスト、霊媒師、巫女、僧侶、女子高生……肩書きが豪華だ。それに比べて俺ってばなんもない。





next.

女子高生も豪華な肩書きに数えるやつ。
ぽろっと現世におちてうっかり転生してしまった設定です。
座敷わらしのルールに勝てなかった時みたいに鬼灯さんに引っ掻き回され、まんまと民間信仰に負けた神獣は血涙出したよね……。でもまってゆ。。。

June 2018

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