Sakura-zensen


春のおまもり 02

紹介されたはいいけど、巫女の松崎さんが教室に閉じ込められた件で意見が割れてて空気がビミョウ。霊がいるという松崎さんに対し、霊がいないという原さんが特に対立してる。
「仮にも霊能者なのでしょ?あの程度のことで声をあげるなんて情けなくありません?」
「小娘は黙ってなさい!あたしは顔で売ってるエセ霊能者とはちがうのよ!こんなところに彼氏連れできちゃって舐めてるんじゃないの?」
「容姿をおほめいただいて光栄ですわ。それに春野さんはちゃんと依頼を受けていらした方です」
「まあまあ、驚いたんだから声をあげたっていいじゃない。声をだしてくれないと助けにいけないしね」
一応俺の存在にちらっと目を向けられたので仲裁に入る。
原さんには申し訳ない、俺がくっついてきてたばかりに。
「ボランティアってのがわけわかんないのよね。名前も聞いたことないし」
「え、でも本業ではないし……生活相談の一環だから……」
ちょみちょみと人差し指を合わせてつっつく。
「今までもこういう現場にきてたってこったろ、真砂子ちゃんと顔見しりみてーだし」
滝川さんが首をかしげる。
まあ原さんとは共通の知り合いがいたからだけど、たしかにこういう現場で一緒になることも多い。
どういうことしてたんだい、っと問われるとなんとも言いづらい活動内容だ。
「うーんまあ、専門は鬼退治です」
「おにたいじ……?」
女子高生谷山さんはぽかんと俺を見た。
「そう、お坊さんが仏さま、巫女さんが八百万の神さま、神父さんがイエス様や父なる神さまを筆頭としてる……っていっていいのかな?そういう微々たる違いがあるでしょ?祓うも鎮めるも、対象が悪霊、荒ぶる精霊、悪魔だとか言い方がちがうように」
「う、うん」
「俺はいわゆる日本の民間信仰で名も無い部類、対象は妖怪だね」
「じゃあ、人の霊には効かないの?」
「効くときもあるからやってみるときはやってみるかなあ」
谷山さんはここの生徒だというからおそらく興味本位で覗いてるんだと思ってたけど、どうやら霊能者に会うのは初めてで、知識も乏しいようだ。こう言ったらなんだが、はて……なぜここにいるのか。
「あたしはこの場所に住んでる地霊の仕業だと思うわ」
「地縛霊ってこと?」
「んーちがうわね。地縛霊ってのは何か因縁があってその場所に囚われてる人間の霊をいうの。地霊は土地そのものの霊で、さっきこっちが言ってたでしょ、対象は荒ぶる精霊って」
「そっかあ」
「でも俺は地縛霊のほうだと思うけどなあ。この校舎昔なんかあったんじゃねえ?んでその霊が棲み家をなくすのを恐れて工事を妨害してる感じじゃねえ?」
「君はどう思う?ジョン」
俺の分類に納得がいったらしいみんなは次々に意見を言い始める。そして渋谷さんは遠慮がちに黙っていたブラウンさんに意見を求めた。
「ボクにはわかりまへんです。ふつうホーンデットハウスの原因はスピリットかゴーストですやろ?」
「スピリット……精霊か」
渋谷さんは手に長い釘を持ちもてあそびながら考え込む。
仏教神道キリスト教?と三種類あると言い方がちがうのでややこしい。
どっちつかずの神父さんに、巫女さんとお坊さんが地霊か地縛霊に引き込もうと詰め寄ってる。
それをよそに、渋谷さんはちらりと俺を見た。
「春野さんは?」
「ほ?」
「ここに何か感じましたか?」
「俺は何もいないと思ったけど」
ブラウンさんのようにまだわからない、ではなく言い切った。それは原さんと同じ意見だ。
全員の意見が割れてるのはこの際しょうがない。それぞれ分野が違うんだし。
松崎さんはいつまでもこんな事件に付き合っていられないと教室を出ていってしまった。


明日もここへ、と声をかけられている谷山さんを見て察した。彼女はどうやら渋谷さんの指示のもと、お手伝いをしているみたいだ。
みんな旧校舎への泊まり込み調査はしないらしい。
初日だから霊や妖怪が活性化する夜がくる前に撤退ということなんだろう。
「帰らないんですか?」
原さんと滝川さんとブラウンさんは一通り見て回りつつ帰ると、みんなで集まってた実験室を出ていった。谷山さんは渋谷さんの指示でカメラを置きに行ったため不在。
俺だけぽつんと残ったので、渋谷さんはちらりとこっちを一瞥した。
「んー……夜の様子も見ておきたいんだよね」
「初日から?」
「だってここ、ぜんぜん危険な感じしないんだもん。それにいざとなったら逃げるくらいできるよ」
「ふうん」
渋谷さんは慎重派なのかな。他のみんなもそこそこに。
俺は無謀というほどではないけど、それなりに自分の感性に自信がある。
「ところで、こちらの意見は提供したんだし、あなたの調べたことも少し提供してくれたりはしないのかな?」
「僕としてはまだ結論は出せませんが?」
「欲しいのは現時点で確かな情報だから、意見じゃなくていーよ、霊能者じゃないんでしょ」
「……校長先生からはどう説明されてますか。前もって春野さんが調べて来たことは?」
渋谷さんは少し考えるような仕草をみせたけど、不満そうではなかった。
俺はこの旧校舎の噂と、過去の事件、事故は校長先生から説明を受けている。ちなみに死者は全て不審死ではなく理由は明確だという。
そもそも、その話について詳しく調べたのは渋谷さんでそれを校長先生に報告してあったらしい。
「あ、じゃあ先に恩恵を受けていたわけだ。どうしようかな」
「構いませんよ───とはいっても、僕も今日荷物を運び入れてカメラやマイクをまわしたので、量もなければ、観測したものもないといっていい」
「つまり、今のところは不審なものが映ったり音がとれたりはしてないと。じゅうぶん。これサーモグラフィー?……異常な温度もないわけだ。まだ、平均温度がとれていないけど、こんなもんだろーな。」
「たぶん」
「たらいまあ」
二人でモニタとにらめっこしてたところで、谷山さんが帰って来た。
「おかえりなさい、お疲れ様。手伝ってあげればよかったね、次からは声かけて」
「え、そんな、いーんですか!ありがとうございます」
「二人はおともだち?」
「ちがいます!!!」
谷山さんが即座に否定した。渋谷さんの方を見るとしれっと顔を背けてノーコメント。
え、じゃあなんで谷山さんが手伝ってるんだろ。
「あ、あたしがぁ、ナルの助手さんを怪我させちゃって、そいでもってカメラも一台壊しちゃったから……手伝ってるんです」
「そーなんだ……いい子だね」
「へ?」
両手で頭をわしわしとしてる途中で我に返る。この子はシロじゃない。
くきゅう〜っと言いづらそうにしつつ、素直に自分のしたことを言ってるところがそっくりで。
「ごめんなさい、前に飼ってた犬に似ててつい……アッ」
ホールドアップして言い訳する。あれ、これも失礼だね。
もう一回ごめんなさいと言うと、谷山さんは笑ってくれた。
「じゃ、あたしもう帰っていいよね」
「ああ」
「気をつけてねー」
「春野さんはまだ帰らないの?」
「うん、もうちょっといる。また明日ー」
「……はぁい」
やっぱり明日こないとだめかなあ、だめだよね、くきゅう〜っとして帰って行く谷山さんが再びシロと被って見えた。


「渋谷さんも付き合うの?」
せっかくモニタがあってカメラ回してくれてるんだから、実験室に居座らせてもらうことにした。日が暮れても渋谷さんは帰ろうとしないので、一応聞いておく。この人さっき滝川さんには泊まらないって言ってなかったかな。
「もともと僕はもう少しいる予定だったので。春野さんは本当に泊まり込むんですか」
「うん、泊まるー。お弁当も持って来たもんね」
「……桃?」
タッパーをででーんと掲げると、渋谷さんは少し顔を近づけて来た。
袋から出したので、匂いもするかもしれない。桃切って来たんよ。
「ばんごはん」
「それだけ?」
「精進潔斎ってやつよ」
「へえ、意外と」
「こういうのは身体が資本じゃないですか」
「まあ確かに」
鬼ヶ島で鬼退治した時、酒を飲んでへべれけだったというのは内緒です。
まああれは明確には鬼退治じゃないけど。
もにゃもにゃと桃を食べながら、渋谷さんにもおすすめしようかと思ったんだけど、この黒猫みたいなつんとした美男子が初対面の人がタッパーに詰めて来た桃食うだろうか?と思ったので口をつぐむ。
これはうちの庭にある俺が丹精込めて育てた桃で、多分とってもご利益のある桃なのだ。親戚中でもうちの桃をもらうために遊びにくる時の手土産が豪華だ。渋谷さんに食べさせてあげられなくて残念だな。





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年中桃がなる不思議な木が生えた庭、という妙な設定でやってます。
主人公は今回さほどドライというか傍観ではないので、積極的に仲裁の姿勢はみせます。
June 2018

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