Sakura-zensen


春のおまもり 03

旧校舎の教室から外をみおろす。校門の方へ向かいタクシーに乗り込んだ渋谷さんを見送って、再び校舎内に視線を戻した。
夜の校舎はちょっと気味が悪い。そして肌寒く、カビくささと埃っぽさがある。
人間に慣れたとはいえ、一度天国を知ると肉体ってちょっと不便と思わないでもない。いや、脱ぐにはまだ早いよネ。

人もいないし、霊もまったくいないと思うこの校舎。
俺は携帯ストラップについてる三つの小さな鈴を指で弾いた。りんりんりんっと鳴らすとやがてその音は消え、鈴も消える。
「寒いからって呼んだんじゃないだろうな」
「え、わかる?」
「いいよ!あっためてあげる!」
「しょうがねーなー」
現れた雉のルリオは呆れた様子で俺に抱かれ、犬のシロは嬉しそうにして懐にずぼっと頭をつっこんで、猿の柿助は笑いながら膝に乗りお腹に寄りかかってきた。うん動物あったかい。
普段は地獄の獄卒として働いてるこのお供たちだが、俺が呼んだ時は大抵来てくれる。新しく鬼灯さんや閻魔様に雇われてボスが変わったといっても、俺たちには絆があるわけだ。もちろん、地獄の仕事を優先してもらいたいので、呼ぶ時間も考えてる。
「はあ、ぬっくぬく。寝ちゃったらどうしよ」
「寝るなよ、何のための泊まり込みだ」
「ルリオうたって〜」
「歌ったら寝るだろ」
俺の右腕にいるルリオは口ぶりではそっけない。しかしあとで歌ってくれるの知ってるもんね。
「寝ないで遊ぶ?俺ボールもってきたよ」
「なんでだよ、朝ちゃんと持って帰れよな」
左腕のシロは相変わらずおばかだけど、なんかそこが憎めない。
「……ぷー……ぷー」
「サルって夜行性じゃなかったかな?」
お腹のだっこちゃんは俺にしがみついて既に眠っていた。そりゃさっきまで仕事してただろうし、眠る時間に呼んだけども。

結局みんなでおまんじゅうになって寝た。
朝になると仕事のため地獄へ帰り、俺は顔をごしごししつつ校舎の窓から顔を出して朝日を浴びる。
あー結局何もおきなかったなあ。霊の気配もまったくなかったし。

日課になってる準備運動と精神統一から体術の練習まで行ってると渋谷さんが一番にやってきた。はやくないか。
ご近所さんになら普段からほっほっと型を作ってるところとかは見られ慣れている。むしろ近所の人と一緒に太極拳やヨガまでやる俺だけど、日課を知られてない人に見られるのはそれなりの気まずさもあった。
「おはよーございます、はやいね」
「どうも、昨晩は?」
「何もなかったですね。気配もまったく」
「そうか」
肩透かしをくらったような、いや、期待してなかったような平坦な声。
「マイクとカメラも確認してみよう」
「うーい」
俺はせっせと渋谷さんの後について行く。実験室につくと慣れた様子でパソコンを操作して行く。
それから早回しで映像を確認。
俺はその横で朝ごはん用のタッパーをぱかっとひらく。
「それは?」
「おかゆ」
「……自分で?」
「そうだよ、こういうののたびに頼むの面倒だし」
なんだ興味あんのか。俺の料理レパートリーはほぼ、白澤様から授かったものなので由緒正しすぎるおかゆだぞ。
「作る方が面倒だ」
「作れない人はそりゃ頼む方が楽だよね。渋谷さん自炊しない人でしょ」
「まったく」
「うーん、ぽいね。全体的に生活感がないもん。洗濯もクリーニングに出してるんだろ」
「細かいところをよく見ているようで」
渋谷さんは気分を害した様子もなく、目線をモニタに戻した。

渋谷さんが席を外しているあいだも、とくにすることがなかったのでモニタ番を買って出た。何か反応があったらインカムで声をかけるように、と。
谷山さんが午前中短縮授業って言ってたからあ、彼女が来たら代わってもらってえ、一度家に帰って着替えてえ、ご飯の準備してまた来るべ。
「お」
頬杖をつきながら、モニタにうつる人影に気づいた。谷山さんじゃないじゃないのよう。
三つ編みおさげのメガネっ娘は、おずおずと旧校舎に入って来た。あらら、谷山さんの友達で、ここのこと聞いちゃったかな。気になっちゃったかな。カメラに映ってるぜ。
でも谷山さんは昨日、自分に負い目があったみたいだし、面白おかしく吹聴はしないと思うんだけどな。
じーっとモニタに映る彼女の動向を見守る。
なんだろ、カメラを気にしているようなそぶりだな。
いやまあカメラがあったら気になるだろうけど。
彼女はやがて、俺のいる実験室へやってきた。そしてびくっと驚く。
「こんにちはあ」
「……あなただれ?」
「俺?俺は春野といいますよろしく」
「霊能者なの?」
「うんまあ。君のお名前を聞いてもいいかな?何年生?」
「黒田直子、一年生……先生にでも言う気?」
「まさか。自分だけ名乗るのは不公平だと思っただけだよ」
俺なんかしたっけ?すごい……警戒されてる?
一方的な会話になりそうだったので、せめて名前くらい聞かなきゃと思ったんだが、この子は今少し落ち着きがないように思える。
「一年生ということは、谷山さんのお友達?あ、よかったらかけて」
「ええ」
彼女は俺が続いて声をかけると、ちょっとはっとして、それから俺が指し示した椅子に座った。
「じゃあ谷山さんがくるのはそろそろかな」
「どうして?」
「ココ、代わってもらおうと思ってて」
「なら私が代わるわ」
「え」
さすがにそれは、と思ったけど、強く押し切られる。
「春野さんはどこへいくの」
「ん、昨日ここ泊まったから、一度帰って着替えてこようと思って」
「ふうん、谷山さんには言っておくわ。私クラスメイトなの、大丈夫よ」
「そーお?黒田さんに手伝いさせてしまって悪いね」
すごいやりたそうだけど、こんなん楽しいんだろうか。何も起こらないモニタ監視なんて。
霊能者のお仕事に関わりたいお年頃かな?と思いつつ、そんなに言うならとお願いして、インカムの使い方を告げて教室を出た。
「あ、渋谷さーん、モニタ番黒田さんって子に交代したんで一度帰るね」
「は?」
「着替えてご飯持ってまたくるー」
外へ出たところで上にいる渋谷さんの影が見えたので、呼びかける。渋谷さんは顔を出してくれたので聞こえるように説明して、ばいばいと手をふった。


まさか戻ってきたら松崎さんの祈祷が終わってて、直後に窓ガラスが割れてるなんて思いもしなかった。
シャワー浴びてほわほわした顔を出してすんませんでした。
モニタ確認を全員でしてるところ、西側の教室に置いてあった椅子の位置が変わってることも判明し、ポルターガイスト現象ではないかと議論がはじまる。
「僕はポルターガイストにしては弱いと思う」
「じゃあ黒田さんが襲われたのは?」
「え、襲われた!?」
俺の居ぬ間にどんだけいろんなことが!?
「本当よ」
心なし、震える声で黒田さんが答えた。
「大丈夫だった?怪我は!?」
「───、……」
思わず黒田さんに詰め寄って、様子を伺う。あ、いや、見た感じ無傷だけども。
息を飲んだ様子の彼女の、思わず掴んだ肩から力を抜く。
「ごめん、俺が一人にしたあとに?」
「ちがうわ、そのまえ、ここに、くる時」
「じゃああの時すでに?言ってくれたらよかったのに……」
下を向いて目を合わせてくれない。まるで叱られてるみたいな子供。泣きそうになっている。
さぞや怖かったでしょうに。
ちょっと様子がおかしかったのはそのせいなのか。
気づいてあげられなくてごめんよ。いや、でも、それは言ってよ!
「あ、どのあたり?みてくるよ」
「い、いいの……!」
オロオロしながら退治しにいこうとした俺は黒田さんにシャツを掴まれた。
さっき泣きそうだったのが、なんかもう泣いてた。
俺が泣かした感じになってないかオイ。
みんなの、あ〜あ〜って顔が……。
先生、くんが女の子泣かしました〜なの、か……?




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テーマは、桃太郎さんの破魔みを感じて淨る()です。
June 2018

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