Sakura-zensen


春のおまもり 04

ここは実験室の隣の準備室で、少しだけ狭い。
壁には棚がたくさん残されていて、丸椅子がいくつかある。壊れていないそれを見繕って黒田さんと二人で座った。
どうして泣いたの、なんて聞くのは野暮だから、思い悩んでいることがあるなら話してみないかと問いかかけてみる。この年頃の女の子は多感だし、周囲に言えないで悩んでしまうこともたくさんあるだろう。
話しづらそうにはしてたけど、聞いて欲しかったみたいで彼女は悩みを打ち明けた。
よくある人間関係の悩みなんだと俺は思う。周囲の人とうまく波長が合わないようだった。
普段の彼女を知ってるわけじゃないし、目の当たりにしてるわけじゃないので正しくアドバイスはしてやれないけど。
「自分の口からでる言葉も、自分の行動も、だんだん制御できなくなってきて」
「いっぱいいっぱいだったんだ」
冷静になった彼女は、今度は自分の行いを悔いはじめる。

俺は人に頼りにされることが多いけど、悩みを解決する言葉を持っているとは思わない。そう思ってしまえばもう、驕りの道を辿ることになるだろう。
そもそも、桃源郷で神様とくらしていた俺にはそんな大それたことをやれないのだ。本物の神々しさと、福を呼び込む生き物……というか福そのものを見ちゃうとさ。ね。
そういうわけで俺は相談にのる姿勢を見せるのは得意だけど、アドバイスは得意じゃない。できることならするけどね。
環境をどうしたいのかわからない子供は、どうしたらいいのかもわからないわけで、ぶっちゃけ俺にもわからん。気に病みすぎてはいけないのだ言いきかせた。

彼女は別に悩みが晴れたという様子じゃなかったけど、俺に促されて席を立つ。今日はもう帰った方がいいだろう。
「黒田さんこれあげる」
「え?」
たぷっとした桃をてのひらに乗せてなんで?という顔をしている。
本当は渋谷さんにおすそ分けしようと持ってきてみたんだけど、こっちにあげたほうがよさそうだなって思って。
「桃は邪気を祓うといわれてるからね、おまもりにどうぞ」
いいにおい、とほんわかして笑った黒田さんを見送ると、昇降口までついてきてた霊能者たちが後ろにいた。物陰から顔を出してじっとこっちを見てるのはなんというかシュール。
「なんていって家に帰したの?」
「あの子、なんか言ってたか?」
松崎さんと滝川さんが、たまたまここに居ただけで覗いてたわけじゃないモン、みたいな素知らぬ顔して探りを入れてきた。
「あっ、しまった、襲われた話詳しく聞いてねえや」
「オイオイ」
「襲われたのは、あの方の気のせいですわ」
滝川さんががくっと肩を落とす横で、原さんがつんとつっぱねる。
「さっきの見てた感じだと、信じられないわよねえ」
「まーな」
「え、なんで?カメラの映像が一瞬砂嵐になってたし、それって霊障なのかもしれないんでしょ?」
渋谷さんのいる実験室へ戻りながら、みんなの会話に耳を傾ける。
「そんなの故意に消せばああなるわよ」
「なあ、あんた襲われた直後に会ってたってことは、実験室にいたわけだろ?んで、そのあと一人にしたんだよな」
「え?ああ、代わるって言われたからお願いしたけど」
「ほら、そん時だよ。しばらく一人の時間があったんだ」
「たしかに、あたしがきた時ベースには黒田さん一人だったけど」
滝川さんが俺の行動を確かめ、谷山さんも後押ししていく。
俺もだんだん言いたいことがわかりはじめてきた。
カメラの映像をみんなと確認はしてないが、砂嵐になってたなら、旧校舎の中で襲われたと言ったんだろう。
「カメラの映像、あんたリアルタイムで見てたんじゃないか?」
「だからあの子、歯切れ悪かったのよ」
目撃者のくせに真っ先にすっとぼけたわけだな〜俺は。
疲れ目を労わるような仕草で目頭をつまむ。
「そっかー……あの子、うーん、そっかー」
先ほどの人生相談の内容がようやく腑に落ちたような気がする。
俺は彼女に大したアドバイスをしていないし、彼女のついた嘘や行動などを暴き諌めることもしてないが、彼女は今日俺に話した自分の言葉をなにより反芻するだろう。───だから大丈夫。
「魔がさすことは誰にでもあるじゃないですか」
実験室のドアを開けると渋谷さんが普通にモニタの確認をしている。でも俺に黒田さんの様子を聞いてくることはなかった。
ただし松崎さんと滝川さんが、俺がモニタの番をしていたことを渋谷さんに指摘するので、周囲が俺の発言を待つように目線をよこした。
「破魔のおまもりを授けたから、きっと大丈夫でしょ」
何か言いたげな視線に笑顔を返す。
俺はそれ以上黒田さんに対する発言を控えることにした。


それにしても急に窓ガラスが割れたり椅子が動いたのは事実で、俺たちの調査はまだ難航していた。
原さんと俺はいまだ、霊はいないという意見のまま。松崎さんは地霊と言うが除霊は失敗したと思われていて、滝川さんは地縛霊、ブラウンさんもまだわからないっと。渋谷さんも相変わらずで意見は保留。少し調査の角度を変えてみるそうで、谷山さんに伝言を残して車へ行ってしまった。
「どうなのかねえ、あのボウヤ。たいそうな機械持ち込んで派手にやらかしてるが、本当に有能なのかよ」
「でも彼、情報集めてくれていて、助かるよね」
「助かるぅ?どこが」
「過去ここで起こった事件や事故も、聞いてみたら何もおかしなことないじゃん?」
「あー、そうだったっけか?」
「カメラだって、まわしてくれてるから椅子が動いたのがわかったんだしさあ」
「せやですね、ほんなら次はボクが」
滝川さんも松崎さんもだんだん口をつぐみかけていたところで、ブラウンさんが手を挙げた。
次はブラウンさんが除霊を試みてみるそうで、準備をしに部屋を出て行った。
「原さん、どう思う」
「え?」
「霊はいないということで、俺たちの意見はゆるいでないよな」
こくりと頷く彼女と、俺の様子を見て滝川さんと松崎さんもこちらをみる。
「でもさっき言ってた、ナルが調べてきた理由があっても、不幸が続くから呪われてるっていうんじゃないの?」
「現に、椅子が動いたり、窓が割れたりするんだしなあ」
「偶然の、事故ですわよ」
「そう、俺も事故だと思うんだ。ということはさ、ここにいるべきじゃないんじゃないかって思うんだよね」
「え、二人とも帰っちゃうってこと?」
谷山さんは不安そうに目を揺らす。
その時、教室に現れるブラウンさんの姿がカメラに映った。
「ちがう。みんな、校舎から出た方が良いってこと」
「あたくし、自分と春野さんの目を信じてますの。ご忠告どおりにしますわ」
「え、真砂子!?」
「命あってのモノダネよねえ」
「おいおい、いまから祈祷がはじまるっつーのに……まじかよ」
原さんがすたすたと廊下へ出ていき、松崎さんもしれっとついていった。
残された二人はブラウンさんを気にしてるのと、危機感をまだ感じないのもあって、踏みとどまる。
俺はブラウンさんのいる教室へ、祈祷中カメラ越しではなく肉眼で見させてもらいたくてお邪魔した。彼には気をつけてくださいねと心配されたが、出ていくようには言われなかった。

教室のドアのところで見てたけど、祈祷を始めてしばらくしてから急に軋む音がし始めた。心なしか壁や床が歪んでいるような気さえしてくる。
ブラウンさんは困惑しつつ周囲を見ながらも祈祷の姿勢を揺るがさない。
が、天井から嫌な音がしたので祈祷をやめさせて、腕を引っ張って教室を出た。谷山さんも走って教室までやってくる。
「よかった、出てた!」
「なんできたの、危ないだろ───、あ」
駆け寄ってきた谷山さんと、腕を掴んでいたブラウンさんを教室から離そうとしたところで、天井の板が崩れ、中から木材や砂が落ちてきた。

やっぱこの校舎やべえじゃんって思ったのはみんな一緒らしい。渋谷さんは泊まり込みは辞退し、谷山さんにも帰宅許可を出す。
松崎さんや原さんは早めにその意思を固めてたけど、さすがにブラウンさんも滝川さんも帰宅した。
「春野さんはもしかしてまた校舎に泊まるおつもりですか?」
「んなわけないだろー」
またしても俺だけぽえぽえーっと残ってたのを見て、渋谷さんが意地悪っぽく笑う。
「渋谷さんと二人でお話がしたくって」
「まだお話できることはありませんね」
「手伝うってば」
「……これから何をするのかわかってる口ぶりだな」
「科学はちょっと苦手なんだけどな」
渋谷さんは今度は少し楽しげに笑った。しかしかわいくはない。性格出てるよ!
「───きみ、顔はいいけど性格悪いだろ」
「うるさい」
ぶんっと投げられたメジャーをぱしっと受け止めた。

一夜を共にすると仲深まるといいますよね、徹夜ですが。いや徹夜だからこそ余計にか。
地盤沈下の恐れありと結論出した渋谷氏は俺を巻き込み、実験室を片付けると言い始めた。えっいまから?思わず引くと、倒壊したらどうするんだと言われて黙る。たしかにな。
そしたら校舎の脇に停めてるバンもかわいそうなので、荷物運んだら移動してやろうかね。
「なに絵になってんだよ、荷物運べよお」
実験室とバンを荷物持って往復してた俺は、のぞいた教室の人影に声をかけた。佇む少年は、まあ憎たらしいほど絵になっております。
ゆっくり振り向いて、あっと声をこぼす。なんだよ、おねむか?
「ごめん」
「なにか見てた?」
てててーっと歩み寄る俺を見つめて待ってる。
「別に」
窓から下を見てたから、なんかいるっけと思って見下ろすが特に変わったものはない。
もう一度渋谷さんに視線を戻した時に気がついた。あ、これ渋谷さんじゃないわ。
「今までどうやって隠れてたんだ」
「え?」
「気づかなかった。自信なくすじゃないかよ、君人間じゃないだろ」
こんな身近に亡者がいたとは気づかなかった。渋谷さんに酷似してるせいかもしれないけど。
彼ははっとした。そして徐々に花開くように顔をほころばせる。
「ききたいことが、あるんだ」
「ん?」
「あなたは桃太郎───ですか?」

……なんで、そんなこと聞くんだろう。そう思いながら、ああうん、と答えた。
彼はさらにわっとうれしそうな顔をする。

「なにやってるんだ?」

背後からかかった声に咄嗟に振り向き、目の前で俺の手を握らんばかりに前のめりになってた彼は消えていた。




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June 2018

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