Sakura-zensen


春のおまもり 05

不幸なことが続くと人は疑心暗鬼になってしまうもので、旧校舎で起きた事故は多感な生徒たちの噂も相まって呪われた旧校舎というものに発展した。教師は大人ではあるけれど、生徒の様子を身近で見ているだけあって、感情を揺らすこともある。
有象無象な不安が、多くの霊能者を呼ぶに至った。
しかしあけてみれば、霊の姿も呪いもたたりも存在せず。しいていうならこの土地の地盤がゆるく校舎が歪んでいることが判明した。
ガラスにヒビが入ったのも椅子が動いたのも、地盤沈下だとわかって、松崎さんははっとする。
「じゃああたしがいた教室のドアが閉まって閉じ込められたのも、歪みが原因ってわけだ」
「あ、そっか!地震が起きた時ドアを開けておくことって言うもんね」
谷山さんも思い出したようにぴんと人差し指を立てる。
渋谷さんは俺の方を一瞥しつつも、ノーコメントを貫き、校長先生に報告をしてくると言った。
「じゃ、ナルはもう帰るの?」
「当然だ。仕事はおわったからな」
「ホントに霊はいないの?」
「いない。調査の結果も完全にシロだと出ている」
不安そうな谷山さんは、渋谷さんの目線をおいかけて俺たちの方を見る。
「僕と、春野さんと原さんの結論はかたまりましたが、みなさんは除霊なさいますか?」
ブラウンさんはゆっくりと首をふる。
松崎さんと滝川さんは、俺と原さんを見てから渋谷さんに視線を戻し口を開いた。
「しないわ」
「こーさん」
「やけにスナオじゃん」
びっくりしたような、感心したような谷山さん。そりゃ今まで、根拠なく言ってたように見えたかもしれない。けど、彼らは霊能者という職業上、霊の存在を疑うものだ。
急に建物が音を立てたり、窓ガラスが割れたりすれば、そう思う。
その理由が解明された今、彼らに疑うものは何もないってことになる。
「読経じゃ地盤沈下は防げねえもん」
「そうね、これ以上ここにいて、怪我したら嫌だし」
ぷにっと唇とがらせた谷山さんの顔を見て笑いそうになる。
「真砂子と春野さんの言うことは信じなかったくせにい」
「しょうがないよ、人はみんな自分の見える世界で生きて判断しなければならない。それに俺たちは彼らに嘘つきだと言われたり、気持ち悪がられたりしなかった」
「え……?」
「みんないい人たちなんだよ、まいちゃん」
君も含めてね、と頭をまぜまぜした。
もうお別れですし、最後くらいいいだろう。えいえい。

じゃー、皆さんお元気で!とお別れする際になぜだかみんなが握手を求めてきたし、なんか入念に手をにぎにぎされたので正直いみわからんなと思いながら帰宅。精進落としにお酒飲んでへべれけになって寝たらどうでもよくなった。



翌日からはまた普通の日常が戻ってきて、大学へいって、アルバイトして、たまに相談をうけてと暮らしてる。
休日はランニング後に公園で顔見知りたちと集まって、体操したり運動したり。ラジオ体操のときもあれば、瞑想のときもある。いわば健康法愛好会みたいなもんだ。
一汗かいてふひいと休憩して、おしゃべりして、健康相談にのったり、人生相談にのったり。逆に相談させてもらうこともあるし、恋愛相談はないのかと期待されることもある。
おじいちゃんの痩せた背中をぽこぽこ叩いてあげながら、わしはかつて百戦錬磨だったという武勇伝に相槌をうっていると、公園を囲う生垣の向こうにある人影が目に入る。背の高いその人は胸の方までゆうに見えて、スーツ姿だとまでわかる。
いつもみるときはシャツとスラックスだけどネクタイとジャケットがあるとまたちがうなあ。
「リンさん」
口パクして、片手を上げる。仕事かなーと思いつつ、いってらっしゃいと続けるつもりだった。
おじいちゃんは俺たちの様子に気がついて、もういいよと制す。
手を振った相手リンさんは公園の中へ入ってこようとしていた。律儀だなあと思いながら俺も公園の出入り口にある車止めのところまで行く。
「今日はおしごと?早いんですね」
「ええ、少し解析したいものが増えたので」
リンさんは少し笑みを携えて言った。


この人は少し前まで俺のバイト先の整骨院に通っていた患者さん。
元は足の怪我で整形外科で治療を受けてたんだそうだ。
患部が良くなってきても、そこをかばって歩くことで歪みが出てしまうもので、お医者さんの紹介で整骨院にやってきた。
施術は資格を持った人がやるので学生アルバイトの俺は受付や準備、助手をする。
初めてリンさんがきた時はでっかいなーと、無愛想だなーという印象を抱いた。同じく受付やってるパートの女性が、さりげなく違う仕事に没頭し始めたのを横目に対応した覚えがある。
彼はどうやら日本人ではないようだったので日本語通じるか不安だったが、もしそうだとしたら何かしらアクション起こすだろうと思って普通に日本語で対応した。
必要最低限の相槌はうってくれたので問題なかった。
先生に診断と施術を受けた後、ウォーターベッドに案内するのはまたしても俺だ。ここから先は資格いらないからな。患者さんにタオルかけてスイッチぽんだ。
特に話すこともないし、話したくもなさそうだったんだけど、帰りの受付で次回の予約を承る時、リンさんが俺の顔をまじまじと見てきたのだ。
ガラス越しに、俺の手元の何かと顔を交互に見て何か言いたそうにする。
そこには、友人や周囲の人にはたいそう不評な白澤様本人がかいた白澤図ラミネートキーホルダーがあった。白澤図って言ったら厄除け効果があるものとされてて、本人作画のそれはあらゆる意味でいろんなものを除ける。
「───、それは……どこで手にいれたものですか」
あ、この人霊感あるんだなって思った瞬間だ。
それどころか、道教に馴染みがあるのかも。
これは小さいころに、神様が直接お守りとして渡してくれたもの、というちょっとスピリチュアルなことを言ってごまかした。いや本当のことだけど。小さいころにっていうのは嘘。
「なにか気配がわかりますか?」
「少し。良いもののような気がするんですが───恐ろしくもあります」
「白澤図らしいんですよ、一応」
白澤様のかいた白澤図は白澤に見えないヤツだけどな。
リンさんはもう一度まじまじと、俺が差し出した白澤図を見たけどすぐに目をそらした。精神的にクるからしょうがない。

それからリンさんは数日おきに通っていて、受付の時や案内の時に話すことが増えた。
実は施術する先生や他の事務員とはほっとんど会話をしないらしい。なぜ俺だけ、と思わないでもないが、霊感あるもの同士えも言われぬシンパシーがあるんだと思う。


そういうわけでわりと仲良くなったついでに、俺は自分の話とかもするようになった。
ほいでもって、瞑想や拳法などを嗜む共通点も発覚し、休日公園で集まって太極拳とかやってるという話もした。
通院することはなくなったら、集会をたまに覗きにくるようになった。参加してくれたら嬉しいけど、多分人見知りなのでいまだかつて一緒にやったことはない。少し離れたところで俺の様子を見てる。
それ楽しいんかな。
お仕事がんばって、と言って送り出した彼のことは正直あんまりわかってない。



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余談をいれました。
リンさんが桃太郎のこと生理的にちゅきぃ……ってなってたら面白いと思って
June 2018

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