春のおまもり 06
大学の友達の友達の友達くらいに相当する───けど、もう大雑把に友達としよう───森下さんから、家が怖いという相談をうけた。聞くところによると同居する家族構成がちょっと複雑だった。
森下さんはお兄さんの家に住んでいて、お兄さんは奥さんと娘がいる。娘さんはお兄さんの前妻の子だそうなので、母娘の血は繋がってない。これってハラハラしちゃう展開?俺相談に乗れるかしら……。
と思ってよく話を聞いて見たところ、家族の人間関係に悩んでいるわけではないそうだった。
夏休みの数日間、霊能者の人が家に来てくれるそうなので、その日に合わせて俺も行くことにした。
「あらぁ!」
「おお!」
森下さんちに来た俺を見てぱっと顔が華やぐ松崎さんと滝川さん。
なるほど、依頼した霊能者のうちの二人だったのか。
「あなたも呼ばれてたのね」
「久しぶりだなあ」
「どーもー。俺は森下さん……えーと典子ちゃんの友人で」
「ほー。俺は家主の秘書から」
「あたしはお手伝いさんから」
よくこんなに呼んだわなあ、という感じで雑談をかわす。
事前に複数来ると聞いていたとはいえ、どんな人が来るのかまでは知らなかった俺は、あたりの人でよかったなと思いつつも聞いていたより足りないことに気づく。
「あともうひとりくるってのを聞いてんだけど」
「そんなに?……こんだけいれば、もういらんだろ」
「そうよねえ、たかだか一軒家に」
「つうかお前も帰っちまえよ、いらねーから」
「前回何もしてないあんたの方が帰りなさいよ」
二人は犬と猿のように、誹りあう。
シロも柿助もたまに、きゃんきゃんきーきーやってたな。まあ、あいつらは長年一緒にいるし、仲悪くはないんだけど。
「何いってんだ、するまでもなかっただけだろうが」
「今回もそうしてあげるって言ってるのよ」
滝川さんが柿助みたいに俺の腕を引く。そして松崎さんがシロみたいに服の裾をひっぱった。さすがに犬のように噛み付いてではないけど。
「依頼人に呼ばれて来てるんだから、二人が今そうやって決めるのは違うんじゃない?」
なぜ俺がここでも桃太郎を?と思いながらはははっと笑う。
「様子見て協力しよ」
なだめるように腕を絡ませて軽くてんてん叩くと、二人はううっと呻きつつもおとなしくなった。
霊能者が全員そろうまで、松崎さんや滝川さんは応接室でお茶を飲んでることにしたらしい。俺は庭にでて池をぽやーと眺める。
家の中はあちこちに子供がいて、なんとなく落ち着かない。来客数に驚いたみたいでじいっと観察されてたので余計にだ。庭にひとりで来れば、さすがについてくる子はいなかった。まあ二階の部屋の窓からこっちを見てるのはいるけど。
しばらくして、車のエンジンの音が森下家に聞こえた。霊の意識は一目散にそちらに向かった。
バックする音だったので、もう一人来ると聞いてる霊能者だと思う。
ひょっこり家の陰から見てると黒いバンが駐車した。ガラスに風景が反射してるのでこっちから中は見えない。ナンバープレートまでは覚えてないけど、車種が渋谷さんの乗ってたのと一緒な気がする。運転してるってことは助手さんが復帰したんだろう。
一人来るというのは勘違いで、実際やって来たのは三人だ。車から降りて来たのは俺の想像通り、渋谷さん、助手と思しき男性、それから女の子。
……谷山さんは一回だけの使いっ走りと聞いてたけど、正式なアルバイトになったのかな。
そいでもって助手の男性は俺の心の友、リンさんじゃないだろか?
「お越し下さりありがとうございます」
森下さんが出迎えてるのをそっと覗いていると、みんながもう揃ってるからご案内しますといいかけてあっと口を開いた。
「もう一人、春野くんが外にいるんだった、呼んで来ますので───」
「いますいますー」
「春野さんだ」
谷山さんは陰から出て来た俺を見て真っ先に声をあげ、渋谷さんとリンさんも続いて俺の名前をこぼす。
「リン?知り合いか?」
「あれ?旧校舎の時はあってないよね?」
「私は別件です」
森下さん含めほとんどの人が、えっ知り合い?と顔を見合わせていた。
中に入ったらもっと驚くことになるかと思いますがね。
本来の依頼人である家主のお兄さんは海外出張のため不在、義姉の香奈さん、姪の礼美ちゃん、お手伝いの柴田さんを正式に紹介された後、渋谷さんはあらかじめ準備してもらっていたらしい部屋へ案内を頼んだ。俺も一緒にいっていーい、と聞いて頷いてもらったのでついて行く。そして滝川さんと松崎さんも俺の後に続いた。
荷物の運搬を手伝おうかと申し出たら、滝川さんと松崎さんがげっという顔をして逃げようとしたので捕まえた。どうせこの人たちも協力してやるんだから、巻き込んじゃえ。
「手伝ってもらっちゃって、ほんとすみません」
「まったく勘弁してよね〜、あヤダ、ネイル剥げてる」
「筋肉痛いつ来るんだろ、こえー」
「あたしは春野さんに言ってるの!」
「いいよいいよ」
俺が巻き込んだ二人は谷山さんにすぐさま返す。素直に運ぶあたり人は良いんだよな。
谷山さんもなかなかにしたたか。
憎まれ口の応酬だけど、不思議と平和だ。
「……典子さんの話だと、ポルターガイストってことかなあ」
準備が終わった後ベースで休憩してると、谷山さんがちょんちょんと俺をつついた。
そういえば、こっち界隈のことはまだよくわからないよね。聞けば、前回の旧校舎の調査以来、二度目、三ヶ月ぶりの調査だという。前もちらっとポルターガイストという話題が出たので今度こそ本物かという思いが大きいらしい。
「そうだねえ、ポルターガイストだねえ」
「もう何か見える?」
「……子供の霊がいっぱい」
データが取れてない状況で渋谷さんはまだ判断しないだろうけど、俺はデータ以前の感覚でものを言う役目を担ってるので、さらっと見えることを報告する。
「なんだっけ、温度が低いと霊の仕業になるんだっけ」
「まあ、そう」
「温度が変わらない場合もある?」
「その場合は、前みたいに土地のせいか……あるいは人が犯人の場合があるな」
谷山さんはきょとんと首をかしげた。
渋谷さんはふうとため息を吐いて、ポルターガイストは稀に極度にストレスを溜めた人間が無意識に起こす場合もあると答えた。
「ちなみに、この土地や建物に歪みはない」
「そっかー」
谷山さんはなんとなくわかったみたいで軽く頷いた。
「子供の霊ってのは、この家の前の住人ってことか?」
「いっぱいって何人くらいいるのよ」
あっさり会話が終わりかけていたところで、滝川さんと松崎さんが口を挟む。
そういえば霊の話が肝でした。
「今この部屋を覗いているのは二人」
口にした途端谷山さんが俺の背中に逃げ、松崎さんが滝川さんを盾にした。
あ、目があったから霊もにげた。
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ももたろーだと主人公の原作ストーリーへの侵略が深い気がします。
暗示実験はない。
July 2018