Sakura-zensen


春のおまもり 07

この家で死んだ子供の霊がたくさんいる、と考えるのが妥当だろうか。
でも、同年代の子供がこんなに一同に会するもんかな。霊が家の中にどのくらいいるかの判断は気配を読むのと似ていて把握できるけど、思いの丈や過去までは見えるものではない。
俺は原さんのような霊媒師とはわけがちがうのだ。
一見して直接手出しして来る感じはしないなーと思ったけど。
「だからそんなに怖がらなくても……」
「だ、だって〜」
これから家の中を色々と動き回らなければならない谷山さんは俺から離れようとしない。
さっき覗いてた霊はいないよ、となだめても家の中にはまだいるわけで。それはなんというか、申し訳ないことをした気がする。
「怖がらせてごめんよ」
「麻衣、さっさと行け」
渋谷さんが深くため息をついてせっつくが、それをきっと睨みつける谷山さん。
霊能者じゃない普通の女子高生なのだからしかたがない。俺も一緒に行ってやってもいいのだが、渋谷さんにはそんな雑用に付き添ってもらうまでもないと断られてしまう。何のためのバイトだと思ってるんだ、と言われたらぐうの音もでない。
しかしそんなに怖いなら松崎さんか滝川さんに付き添ってもらえば、と投げるあたり何のためのバイトだと渋谷さんに問いたい……。
彼の中で松崎さんと滝川さんは雑用を任せるレベルということか。
あれ、じゃあ俺って意外と贔屓されてるんだな。
「俺のとっておきのお守りをかしてあげよう」
キーホルダーの白澤図をぷらんと宙に浮かせてみせると、谷山さんがまあるい瞳をさらに丸くしてきょとんと首をかしげる。
「これ、なあに?」
「お守り」
幅2センチ、長さ3センチくらいの大きさのミニ白澤図は、精神的にクる絵柄だが効果覿面の魔除けグッズである。なにせ本人が描いたもの。本来の役目は為政者の瑞兆だとか言ってたけど、大概の魔物に聞くくらいには力が強いわけだ。
ガタッと勢い良く物音がしたのでそっちに顔を向けると、リンさんが信じられないものを見る目でこっちを見ていた。
「いけません、そんな、大事なものを……!」
「え、リンさん……?」
谷山さんはあまりの剣幕に驚いている。渋谷さんまでちょっと困惑気味だ。
「かしてあげるだけだし、これがないと死んじゃうわけじゃないですよ?」
「ですが」
「そんなに大事なものなの?あ、あたし、いいよ」
「違う違う、だいじょうぶだから」
滝川さんと松崎さんも見せてと言って寄って来てから、ひっとかうわっとか声をあげて距離をとった。これはひとえに、白澤様の画力のせいだと思います。
「これは、絶対、手放さないほうがいいと思う」
「麻衣、すぐ返したほうがいいわよ」
てのひらに乗せて返そうとしてた谷山さんは、さらに強く俺の方へ押し出してきた。そんな怖いもんじゃないってば。
確かにこれをもらった時から過保護な気配がひしひしとあったけど、だからって俺以外の人が持ってたら害になるわけもない。
むしろ女の子だからすっげー守ってくれるんじゃないかな。

結局たっぷり遠慮させてしまい、白澤キーホルダーは俺の手中に戻ってきた。
霊感がある人は余計にこのお守り恐れおののくんだよな。谷山さん自身は絵柄までよく見る余裕なかったみたいで普通に受け取ってたけど、リンさんの驚きっぷりと、松崎さんと滝川さんの反応で怖くなったみたいだし。
「あ、じゃあ可愛いほうのお守りにしよっか」
「え?わあ、かわいーい」
女子高生の生カワイイいただきました。
ぽっけから携帯電話を持ってぷらーんとぶら下げるとストラップが三つ揺れる。
鈴になっているのでちりんちりん音を鳴らしながら、丸っこい動物の形をした飾りがそれぞれぶつかった。
「あはは、桃太郎さんみたい」
「だろ、お供の動物なんだ」
「どれがいい?猿は器用で、雉はかしこくて、犬は元気」
「えーえー、えっと、じゃあ犬!」
おっ、犬を選ぶか。いいねえ。
自分以外が持った時の使用方法は知らないけど、お化け出たら投げつけてみるとかすれば一時的にしのげるだろう。まあこの家でそんなことにはならないだろうし、結局は気休めだ。
そして谷山さんは素直に元気に、渋谷さんに頼まれた仕事をしに部屋を出て行く。
残された渋谷さんとリンさんはさっきから俺をじいっと見てたし、松崎さんと滝川さんは谷山さんを目で追った後ゆっくり俺の方を向いた。なんなんだよう。


「あれえ、なんで知ってんの?」
桃太郎さんなのか?と聞かれたので首をかしげる。
親戚や付き合いの長い人に、俺は桃太郎さんの生まれ変わりとして認識されていた。それ以外ではお悩み相談おてつだいの桃太郎ですみたいに名乗ることもある。原さんが俺をそう呼んだのも、会った時にそう名乗った名残から。
なので、会ったことのない人に桃太郎の名前が知られていたのはちょっと驚いた。
「やっぱり!そうだと思ってたのよね」
「は〜……本物か……」
松崎さんには手を掴まれ、滝川さんには肩をさすられる。
俺はお地蔵さんじゃないんだからご利益はないし、芸能人じゃないんだから触ったって記念にはならないだろう。
「ふうん、あのモモタロウだったのか」
「あのって程なのか俺は」
渋谷さんが俺をしげしげと眺めて呟く。
リンさんもなんだか知ってる風で、そして俺がそうだということに驚いてるみたいだ。
そういや、渋谷さんそっくりの亡者も俺の呟いた桃太郎という単語を拾って喜んでたっけ。会いたかった……とかなんとか。
「僕たちの間では、日本で一番強い力を持った退魔師、モモタロウ」
童話でよく見る日本一の旗をぴょこっと立てる想像をした。
「リンさんも桃太郎って知ってました?」
「───本名やお顔などは知りませんでしたね」
こくりと頷いたリンさんは、少し残念そうに眉をたれた。
もう知り合って三ヶ月近く、いろいろを話をしたのに今までそれを知らなかったわけだしな。
「コンタクトをとろうにも、個人のボランティアだから連絡手段が一切ない状態だしな」
「そうなのよねえ、真砂子も何度か会ってるけど個人情報はほとんど知らないって言ってたわ」
「校長先生も、知人からの紹介っていってそれ以上知らないようだったしな」
ため息交じりにこぼす渋谷さんに続いて、松崎さんも肩をすくめ、滝川さんは笑った。
もしや旧校舎の調査の後、そのような雑談があったの?そういうところで霊能者の情報交換が行われるのか。
俺は個人のボランティアで単なる人助け活動。自称霊能者は肩身が狭く、いつもさっさとその場を去っていたので他の霊能者の人たちとは関わりが少ない。活動中は話すので顔見知りはいても、連絡先を交換したり、お茶したりもないし。
今度から俺もそういう交流をしてみようかな。そしたらもっとできることが増えるかもしれないし。
隙があったら連絡先を聞いてみようかな。誰から聞こう、ふ、ふたりきりになったら聞いてみようかな。

一人で考えてもじもじしてる間に、谷山さんは計測を終えて戻って来た。
谷山さんに聞くのが一番楽そうな気もしたけど、よく考えると同業者でもなければ、相手は女子高生……ちゃらんぽらんの男子大学生が軽率に電話番号を聞いてもよいものか。



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特殊設定というか王道設定……実はそこそこ名が知れてたパターンです。
前回なんで手をにぎにぎされたの?っていう質問がきてたんですけど、みんなうっすら気づいていたからっていうのと、言いようのないありがたみを感じてたと言う裏話があります。
お供の鈴は、コミックスでグッズ考案?みたいなので見かけた根付を鈴にしたものを想像してます。
July 2018

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