春のおまもり 08
夜遅くに廊下を歩いていると複数人の子供の霊とすれ違う。一人と目が合うとその子は走る速度を緩めて俺を振り向いた。少し離れたところで立ち止まり、角を曲がって来ていく他の子をよそに、一人残された。「君はどうしてここにいるの?」
俺の問いかけに子供は少し驚いた顔をして戸惑い、他の子と同じように角を曲がって消えて行った。
さっき子供が出て来たのは礼美ちゃんの部屋だった。
軽くノックをしようとしたところで、香奈さんと礼美ちゃんがちょうどやってきて、俺の存在に首をかしげる。
「礼美ちゃんの部屋だけど、何か?」
「いえ、ちょっと気になることがあって。礼美ちゃんはこれから寝るんですか?」
「ええもう寝る時間だから」
「礼美ちゃん、少し待っててね」
「?うん」
霊が何かをしたかもと思いながらドアノブに手をかける。
礼美ちゃんに断りを入れて、香奈さんと二人で少し待ってもらったので部屋の中は見えないだろう。
俺だけこっそり顔を覗かせて、中にそっと入る。そして部屋の電気をぱっとつけると、明らかに家具の配置がおかしくなっていた。
うわー、と声をあげながら廊下で待ってる二人にどう説明するか考える。考えても仕方がないのですぐに部屋を出て、今晩は違う部屋で寝てもらうようにお願いした。もちろん、部屋の家具が全て斜めに置かれていることを説明してからだ。
香奈さんだけドアの隙間から部屋の様子をみたが、さっと顔から血の気が失せる。
「なによ、これ」
「霊の仕業だと思います。さっき、すれ違いましたから」
「こ、こういうことが起こらないように来てもらってるのよ?」
頭を押さえながら、疲れた声を上げる。足元にいた礼美ちゃんはいまだ状況がわからないようできょとんとしてる。
俺はふと気がついて、ゆっくり腰を下ろす。礼美ちゃんの持っている人形から視線を感じたからだ。
「この子は?一緒に寝るの?」
「うん、ミニーっていうの」
人形の手を差し出して来たので、ちょみっと握って握手する。
その瞬間人形の違和感は消え、礼美ちゃんの背後に同じくらいの年頃の女の子があらわれた。
じっとこっちを見ている。何か言いたげな瞳だけど、硬い表情で、青白い肌と紫色の唇。生気のない……希望のない、死人の顔だ。
おそらく長いこと現世にいすぎたんだと思う。
未練か迷いがあったのかもしれないが、生きる人間と関わり続けることは、霊にとって実は良いことではない。どうしたって違いを感じるし、自覚なく絶望していくものだ。
「よろしく。怖いことがあったら、俺のところにおいで」
ミニーの小さい手をはなし、ゆっくり立ち上がる。
香奈さんと礼美ちゃんにはリビングで待っていてもらうように指示して、俺は渋谷さんたちがいる部屋へ顔を出した。
礼美ちゃんの部屋の家具が全て斜めになってることを報告してる間に、今度は香奈さんの悲鳴が聞こえてリビングへ走る。リビングの家具は全て逆さまになっていた。
渋谷さんは谷山さんに指示をしてリビングの写真を撮らせ、そこには松崎さんが残った。滝川さんは渋谷さんと一緒に礼美ちゃんの部屋を見に行く。俺は誰にもついて来てとは言われなかったので、香奈さんと礼美ちゃんと森下さんの三人に軽く説明をしてから、今晩は同じ部屋で眠った方が良いと月並みなアドバイスをした。
「あれ。リンさんひとり」
部屋に顔を出すと、まだみんな戻っていないようでデータの整理だか管理だかをしてるリンさんが一人、俺を迎えた。
小さく頷いた彼のそばにある椅子に腰掛けて、カメラから送られてくる映像をぼんやり眺める。
「それにしても、リンさんが渋谷さんの助手だったとはなあ」
「私も驚きましたよ」
お互いに霊感あると認識はしていても、そういう仕事をしているようなことは言わなかった。
「 ───あの子たち、どうやらこっちに興味があるみたいですね」
「ええ。私たちが来て腹を立てて入るのかもしれません」
「霊の何人かと目があったんだけど……あとで話を聞いてみます」
「すべて子供なんですか?」
椅子の背もたれに頬杖をついて、誰もいない部屋なのに憚るようにヒソヒソ声で言葉をかわす。
見える人同士の会話っていうのは、意外と神経を使う。見えない人はまるっきり違うが、見える人同士でも違うものを見ることが多いからだ。
「いまのところ見るのは全部子供です。リンさんには姿が見えますか?」
「はっきりとは」
ゆっくり首を振ったリンさんに、間違ったものを見てるわけじゃないだろうと検討をつける。
このくらいの見えるものの差異では、おそらく"視力"の問題だ。
ほどなくして、ポルターガイストを調べて来た面々が俺たちのいる部屋に戻って来た。するとリンさんは驚くほど口数が少なくなってしまう。
渋谷さんとはおそらく仕事の話とかをするんだろうけど、谷山さんと滝川さんと松崎さん、この三人と会話をしてるのを見たことがない。いや、一度話しかけられて冷たく突っぱねてたのを見てしまってヒエエってなったんだけど。俺は霊感ある同士だからかなって思ってたけど、滝川さんや松崎さんのような同業者に冷たいのは驚いた。
「礼美ちゃんの部屋やリビングで霊とすれ違ったと言ってたっけ」
「あ、うん」
渋谷さんは腕を組み顎に手を当てて考え事をするようなそぶりで、俺に問いかける。
何か具体的なことを聞きたいわけではなく、俺が見たことに関して興味があるようだったのでそれ以上の追求はない。なのでリンさんとも相談していたことを渋谷さんやここにいるみんなにも話してみることにした。
「この家もしくは周辺で、子供が何人亡くなってるのか、誰かしらないか?」
「───さあ、それは聞いてないな」
「俺が見たのは全部子供だった……小学校低学年くらいの。一人は礼美ちゃんの持ってる人形にとり憑いてるみたいなんだ。だから礼美ちゃんが狙われてるんじゃないかと思う」
「礼美ちゃんが……」
「あの西洋人形?あ〜やだ、あたしだから人形ってダメ」
おでこに手をあてる松崎さん。わりとメジャーだよな、呪われた人形って。
俺もアイスピック持って追いかけてくる人形とか見たことある。元はレディ・リリスが持ってたんだけど、鬼灯さんがもらってコレクションにして……今は死後の法廷でまみえることができるそうだ。よく人の手をわたる人形だ……呪いの人形の特性かな。
「霊が依代にしてるのかなあ、女の子だったよ。おそらく死んでからだいぶ経ってると思う」
渋谷さんは俺に一瞥をくれてから頷いた。
「それ以外に何か感じることは?」
「ん……と、まだ。相手は子供だし───少し、様子を見てみるよ」
目があった子供の霊もそうだし、ミニーについていた女の子の霊も、俺と目があったし声に反応した。ならば接触することはできるだろうし、向こうも俺に何かしかけてくるかもしれない。
そう思っていたら夜中寝てる時にくんくんと布団だか服だかを引っ張られる気配があった。むにゃむにゃ目を開けたら暗闇に幼い子供の顔が浮かんでいてびくっと震えた。一子さんと二子さんがそういういたずらをよく仕掛けてくるせいか、むしろ気が緩んでいた。
初めてやられた時は軽く叫んだので、ある意味心臓は強くもなっているんだけど。
「なに、どした……?」
とりあえず俺は、しっかり意識を覚醒させて布団からそっと体を起こす。
ドアップに顔があったけど、改めて見てみると部屋が子供でいっぱいで壮観。
「怖いことでもあった?」
先頭にいたミニーについていた女の子の顔を覗き込んだ。
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鬼灯の冷徹は短い話が多いので原作沿い書くのが難しいんですけど、こういうふうに違う話を書いていてちらちら影を出すのが楽で、たのしいです。
July 2018