Sakura-zensen


春のおまもり 09

たくさんいた子供達が去ったと思ったら渋谷さんが来た。いい加減俺を寝かせて。
「大丈夫だった?」
「え?ああ、うん」
子供たちは俺に助けを求めに来ただけで、攻撃してくることはなかった。
どっからどこまで見てたのかわからないけど、……というか、相変わらず気配のない子だなあ。
俺の隣に腰掛けた少年は、少し言い淀みながら、どうするのと聞いて来た。

リーダーのゆきちゃんが一番最初の犠牲者で、他の子供達もこの家に住んだか近づいたかで、命を落とした。それは呪いだからではなくて、この家に居る悪霊のせいらしい。
今の俺にはその悪霊は見えないけど、おそらく無数の気配の奥底にそいつが隠れているんだろう。
どんなやつなのかと聞いても、子供達ははっきりと認識はできていなかった。
ある子供はお母さんだといい、ある子供はお母さんじゃないという。
どちらにせよ子供の霊をこの場所に縛り付けて者がいるんなら、それは悪霊でしかない。

「鬼退治しようか」
俺の言葉をきいて、渋谷さんはゆっくりと目を見開く。そして俺の体にふれた。
この、なんか感極まって触ってくる感じは、そういえば最近よくある……。
「ああそうか、たしか、桃太郎を知ってたんだっけ」
「うん、ずっと……会ってみたかったんだ」
「ゴーストハンターだから?」
「ナルはそう名乗ってるね。僕も参加はしてるけど……でも、僕は霊媒なんだ」
へえ、霊媒。と眉を上げておろす。
会いたかった、と以前言ってたのも俺が桃太郎だと知って、なんらかの感情を抱いていたからだろう。渋谷さん曰く、俺の正体はほぼ不明で、連絡を取ることはできなかったし。
「僕はユージン・デイヴィスといいます。ずっと、あなたと話がしてみたかった」
旧友に再会した女の子のように両手を絡められ、なめらかな指先が俺の手の甲を這う。
その感触に、しっかりした幽霊だなあという感想を抱く。
「その名前、聞いたことあるよ。じゃあ渋谷さんはオリヴァー・デイヴィスだな?偽名かあ」
ユージンと名乗った彼は苦笑した。
これでも渋谷さんが偽名を名乗るのに察しがつくくらいには、他の霊能者の名前も知ってるんだ。
オリヴァーの場合は霊能者じゃなくて研究者……というか博士で、持ってる能力はサイコメトリーと念力───PK。兄のユージンは霊媒で、質の良い憑依体質だと聞いたことがある。
「ユージンさんは」
「ジーンで良い」
「ん、ジーンはさあ」
ベッドに並んで腰掛けたまま、俺は足を組んで肘をつく。
「悪霊の正体とかわかる?」
「……母親かな」
きみもそれか。
そう思いつつもう少し深く聞いてみることにした。
「誰の母親?血の繋がった子供がここにいんの?」
「いない。母親は、亡くした子供を探して、この行為を繰り返してるんだ」
原さんもこうやって霊の過去とか後悔とかを読み取る力があったけど、霊媒ってどっかこう、死者とリンクしてるんだよな、言葉の通り。
俺が霊を見ることができるのは天国の記憶があって存在が近いからだろうし、霊力があるのは桃太郎の名残である潜在能力だと思う。
「いいなあきみ、成仏しないなら助手になってよ」
「え」
霊媒で成仏してないってことは、選んでこの場所にいるんだろう。
渋谷さん……デイヴィス博士の手伝いでもしてるのか、心残りがあるのか。
「お礼に、俺もジーンのしたいこと手伝うからさ。どう?」
「僕のしたいこと……」
「うん、家族に伝えたいことがあるなら伝えるし、やり残したことがあるなら聞くだけ聞こう」
鬼灯さんは問答無用で諦めなさいとすっぱり斬ってしょっぴくんだけど、俺はべつにお役人じゃない。
「───からだを、探してほしい」
「わかった」


翌日、松崎さんが祈祷を始めるというので様子を見ることにした。
彼女の場合は除霊ではなくて浄化に近いもので、魔を祓ったり、神をよんだり、天への道を開いたりするものだから止めなくていいかと思って。
子供達も苦しめられることはないだろう。───が、礼美ちゃんの部屋での祈祷中、子供達は逃げ惑いモニタのある俺がいる部屋へどっちゃり押し寄せた。松崎さんの祈祷もそんなに強くないみたいなので阿鼻叫喚とまではいかないが、なんだか辛そうだ。どうしてだろう。
「どうしたどうした」
俺の足元でうずくまるゆきちゃんを抱き起こすと、足に黒い鎖が見えた。おえ、なにこれ。松崎さんのものじゃない……とすると、悪霊の母親のものだろう。
「これじゃ苦しいわな」
ジーンが声だけで俺にそっと助言をする。リビングへつながっていると。
同じ部屋で待機してたリンさんは、霊の頭をよしよししてる俺を不思議そうに見てはいたが、おそらく何をしているかはわかっているようで黙っていた。

ジーンのいうとおりなら、子供達をつないでいる親玉はリビングにいるのだろう。
松崎さんの祈祷に反応して、子供を逃がさないように支配しようとしている。
誰もいないリビングへ入ると、こころなしひんやりとした。
ここにも温度計おいてんだっけ。だとしたら後で博士に確認してもらおっと。
「あぶないよ、
「だいじょーぶ」
黒いもやの根源を見つけて、手をぺたりと板の間についた。後ろから覗いてたジーンが心配そうな声をあげるが、今までの経験則から鼻歌交じりに返事をする。
もわりもわりと歪む煙のようなそれは、火を揉み消すように手を動かすと次第に消えていく。
子供達の鎖を完全に断ち切れたわけじゃないんだが、多少気は楽になっただろう。
「ジーン、どう、出て来そう?」
「───まだ。奥底にいる」
松崎さんの祈祷や、俺の邪魔が入っても母親が出てくる気配はない。
もっと大きなゆさぶりをかけるか、奥まで俺が入っていかないとか。といったって、俺は幽体離脱もできないし、板の間をはいでみてもしょうがない。
「んー……とみこ、かな?」
少しは情報聞き取れるだろうと思って、ごろっと横になり床に耳をぺったりつける。物理的な距離が図れないけど、多少表に出てはいたから声がかすかに聞こえた。
「娘の名前だ」
俺の聞き取った言葉に対して、ジーンが補足を入れてくれる。
なるほど、俺たち結構良いコンビになれるんじゃない?

「母親がいるう?」
巫女服姿の松崎さんが、口を「う」の形で尖らせた顔のまま固まった。
俺がリビングからリンさんの元へ戻ると、全員が戻っていたのだ。そこで昨日の子供達のことと、リビングにいる母親のことを告げる。
「じゃあさっきのも何にも効いてないってこと?」
引きつった顔の松崎さんに、慌てて首を振る。
「いや、効いてたよ……ちゃんと触発されてた」
「触発って……悪化したらどうすんだよオイ」
滝川さんが松崎さんをちらっと見た。ああ、喧嘩しないでくれえ。
「いや、でも松崎さんがやってくれてよかった。滝川さんがやっていたらもっと子供達が苦しんだかもしれないし。もちろんこれは性質の問題で、実力差とかじゃない」
二人は言い合おうとする雰囲気を収めた。



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今回の主人公は死生観がちょっとアレなので、ジーンにも軽い。
July 2018

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