春のおまもり 10
子供を求める母親は引っ張り出してあの世までいろんな意味で投げるか、改心させるのが手なんだけど、どちらかというと俺は退治する方……つまり武力で従わせる方が得意だ。かといってこんなに沢山の人がいると気が引けるし、同業者たちに花を持たせることも考えて一応後者を優先させる。
「そんで、どうやって退治するんだ?ももたろさんは」
「丁寧な手順と手っ取り早い手順がある」
「どっちがいいの?」
「良心的なのは丁寧な方」
谷山さんは全くわからないという顔で首を傾げていた。そして俺が答えると、丁寧な方で!と手を挙げた。
「お前の意見を聞いてるんじゃない。もっと詳しく」
博士はぴしゃりと言い放ってから俺を見た。
「母親が求めている娘の霊を呼ぶんだ」
「そんなことまでできるの?」
「俺はあまり得意じゃないけど……原さんに頼んでみるとか」
「得意じゃなくてもできることはできるんだな?」
どうも原さんを呼んでくれる気配がない。たしかに今でさえ霊能者の大所帯だけどさ。
「いやーしっかり身元がわからないから今の俺じゃ無理。名前はとみことしか」
「それはこっちで調べてみるが……」
だから丁寧な手順なのか、と谷山さんは頷いた。
「ちなみに、手っ取り早い手順は?」
「引っ張り出して、はったおす」
みんなすんって顔した。
俺の本分は鬼退治───想像にたやすく武力、無理矢理、俺が法。
谷山さんと滝川さんは「ちょっと見たい……」と言ってたけど、博士は一応娘を呼べるか試すということで調べ物をしにでかけた。
「反魂もできるのですか」
「や、術を使う才能はあまり……」
リンさんは珍しくみんなの前で、でも小さい声で俺に問いかけた。
みんな俺たちに注目していたので聞こえたし、谷山さんが反魂って?と首をかしげた。
「死者の霊を呼ぶこと、蘇らせること」
「え、生き返るの?」
「そういう術もあるけど、この場合は降霊術って言った方が近いかな」
「反魂って呼び方だと、道教か?」
滝川さんが興味深そうに聞いて来たけど、リンさんはスルー。
召鬼法や反魂はさすがに道士じゃないと難しい。白澤様の教えでちょっと知ってはいても、性質がちがければ修行もしてないので無理だ。
俺がやるのは単に、人脈というパイプを使って、娘を呼んでくることくらいだ。
お供に頼んで鬼灯さん……いやもう閻魔様、もしくは白澤様に頼んでみるとか。その前に俺が原さんに連絡をとった方が良い気もしてきたな。
鬼灯さんになんか連絡行ったら、もしかしたら迎えに来ちゃうかも。そうなりゃ一番手っ取り早いが、多忙な人なのでただ面倒ごとを増やすだけになりかねない。
「本当に霊を呼ぶのは、どうしようもなくなったらだな。一応人型くらいなら作れるから」
「なるほどねえ」
谷山さんはまだハテナハテナの状態だったが、滝川さんが面倒見よく教えてあげていた。
「本物とあわせるのはやっぱり気が引けるんだよな」
「さすがに本当の娘が来たら危害加えないだろ?」
「いや、おそらく母娘はあの世でも一緒にいられないから」
どうして、と松崎さんが小さな声で呟いた。
「子供、殺しすぎ。───地獄におちるんじゃないかなあ」
地獄という言葉に皆ちょっと引いていた。
宗教上天国や地獄が存在しない場合もあるけど、おそらく同じところに逝けないというのはみんなも想像できただろう。
戻って来た博士は、とみこの生没年や名前、母親の名前、それからこの家で命を落とした子供達の情報を持って来た。中には一番最初に亡くなったゆきちゃんの名前もある。
「さすがだね〜、で、原さんは?」
「呼んでない、自分でどうにかしろ」
「そっ、そんなぁ〜。俺の得意分野はこっちじゃないんだよお」
やんやんと服を引っ張って左右に振ってみるが、腕を掴まれて睨まれる。
「やっぱだめ?」
「だめだ」
きゃるんっとかわいこぶってみたが、だめだった。
彼は顔が良いので、普通顔の俺がどんだけかわいこぶった顔しても屈しない。鏡を見慣れておいでだからな。ぐう、このナルシスト。どうりでジーンや谷山さんにナルって呼ばれるわけだよ。
しょうがねーなー。でも俺は降霊術できないからね、まずは人型作ったよね。
それだって多少才能が必要だけど、これはまあ桃パワーといったところか。
完成度によっちゃあ娘に見えてくれない場合もあるし、騙されてくれなかったらやっぱり物理的にあの世へ送ることになりそうだ。
良心のいたむ相手じゃないし、ゆきちゃんをはじめとする子供達のためにも、はっ倒した方が良いのではないか?という気持ちはある。
「じゃあ行きますか」
「準備は?」
リンさんは手伝いを申し出るように腰をあげたけど、大丈夫だと制した。
「リビングってカメラついてるんだっけ。消していい?」
「できれば撮っていたいんだが」
博士は渋った。フィールドワークだもんねー。
「えー、でもやだなあ」
「なぜだか聞いても?」
「照れ臭いから」
「我慢しろ」
すげなく断られた。嘘でも企業秘密といえばよかったか。
松崎さんと滝川さんは依頼人の警護、リンさんは機械を見る担当、残る二人は俺とともにリビングへくることになった。
「え、なに、君らくるの?なんで?」
「見たいから」
「同じく」
カメラおくのにか。
「おいおい、俺だって見たいっつーの」
「あたしも」
「お二人は霊能者でしょう、仕事をしていただきたいですね」
リンさんもそわっと俺を一瞥したので、もしかしたら心配してくれてるのかもしれない。さすが心の友。
それに比べて他の連中ときたら、みせもんじゃねえぞ!
「まあ……博士はわかるけど〜……」
研究者だしなと思いながら呟くと、みんなが一瞬黙ってからブハッと笑った。
「博士!たしかに、博士!!」
頭のいい小学生につけるあだ名のようなニュアンスで笑いの渦が巻き起こる。
いや、彼本物の博士だから。
本人とその向こうにいるリンさんだけが息を呑むような顔をしてた。
「ついてきてもいいけど、麻衣ちゃんのことはきみが守りなさいよ」
彼自身も霊能者じゃないし、退魔法も使えないそうだけど、そのくらい責任感持って行動してほしい。もちろん俺だって周囲に危害をくわえさせるつもりはないが。
知的好奇心でついてくるのは自己責任、バイトの女の子を守るのは雇い主の責任というわけだ。守れないなら待機を命じるべき。
「ああ」
人差し指で肩をさすと、案外素直に返事をした。
じゃあもうこれ以上言うことがないのでそれぞれ配置につくように命じる。
子供の霊には、はい集〜合〜!!!と声をかけてから俺の寝泊まりする部屋に行かせた。子供の霊を守れるようにしてある。これはゆきちゃんにお願いしてるので先導してくれるだろう。
どんどん冷気が流れていき、リビングはものすごく冷たいものになった。
子供の霊が命令外でたくさん動き回ったので、母親の霊、大島ひろも気づいたようだった。
「っ、なに、あれ」
谷山さんの声は、板の間に入った黒いヒビを見て上がる。
怨念の色でそう見えたんじゃなくて、本物のヒビだ。やがてめきめきと音を立てて床が抜ける。
そこには井戸があった。ジーンが言ってたなあ、井戸に身投げしたって。
深く暗い底にずっといたのだろう。地の果てまで続いてるような闇がある。
「近づきすぎだ、危ない……!」
「行ってきまーす」
「え!?───春野さん!!!」
ぴょーいと井戸のそこへ飛び降りた。
あ、深さわからないから着地がアレだけど、まあなんとかなるか。地獄よりは浅い。
井戸に着地する前に、底に向かってひゅっと人型を投げつける。
投げた人型はふわりと子供の形を描いたのが見えたので、成功はしただろう。暗闇からなまっちろい手が伸びてきて、子供を抱きとめた。ぱあっと光ったので井戸の底に無事着地する。
ああ、とみこ!という声とともに、やつれた女の喜ぶ顔が見えた。
束の間の幸福と、天へ昇る魂を見上げていると、すぐに俺を心配した二人が井戸をのぞいていた。
「春野さん!へいき!?怪我してない!?」
「今ロープを持ってくるからそこでじっとしてろ」
「あ、へーきへーき!」
ざっざっざっと岩壁を上がって行く。ぼく無傷くんです。
みんなの気の抜けた顔がそこにはあった。
事情説明や後片付けはみんなに任せて、俺は最後に一仕事するべく外にいた。
谷山さんがあとから気づいて、俺が火を焚く門前にやってくる。
「なにやってるの?」
「これはねー門火」
「かどび?」
そんなん言われてもきょとんだね、悪かった。
「子供達の霊が解放されたから、道しるべになるように焚いてるんだ」
「お盆の送り火とにてるね」
「ああ、まあ同じようなもんだね。川があれば灯篭流しでも笹舟つくってもいいし」
二人で煙を見上げて、みんな成仏できるかな、できるよ、というほのぼのとした会話をする。
そしてしばらくすると谷山さんはあっと声を出した。
「あたしそろそろ戻らないとナルにどやされる」
「ははは、俺もそろそろ手伝いにいくかな」
「いいのいいの!春野さんは見送ってあげて。そだ、これ返しにきたんだった」
そういえばシロの鈴を谷山さんにもたせっぱなしだった。
戻ってきた根付を携帯ストラップに付け足す。
「───あ、ま、まいちゃん」
「ん?」
大学生の男の子がもじもじするの、とてもキモいかもしれない。許してほしい。
女子高生に連絡先を聞いて逮捕されないか怖いんだが、なんとか叫ばれず通報もされず儀式を終えた。幽霊退治より神経つかった。
「他のみんなの連絡先もしってる?」
「ううん、知らない。あ、ナルのは一応知ってるけどね」
けろっとして言われて驚いた。
連絡先交換早まったかな、みんな連絡先交換してないじゃないか。
「あたし、霊能者じゃないから……なんか聞きづらくって」
「ご、ごめんなさい」
「え!?なんで謝るの!?連絡先教えてくれてうれしーよ!」
「うん、うん」
なんかすごく慰められてから別れた。
今回は連絡先交換するのは一人が精一杯だったけど、渋谷サイキックリサーチは事務所の場所がわかったので大丈夫。それからジーンもコンタクトとれるし、リンさんにだって朝の公園で会うことがあるから今後勇気を出して聞いていこうと思ってる。
天に昇る煙を見上げて、俺は祖先でもない子供の霊に、見ててくれよな……と謎の意気込みを披露したのだった。
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主人公が女子高生……というか女の子に対して免疫なさそうに書くの楽しいです。
だいたい白澤様のせいと、時代のせい、ある意味後天的なもの。
July 2018