Sakura-zensen


春のおまもり 11

森下さんちから連れて帰ったジーンは、俺の家の前に立ち建物を見上げる。まじまじと見るほどでもない、普通の家だと思うけどね。
「ここがの家」
「そう。こっちいくと庭ね」
「ああ……桃の、いい匂いがする」
嗅覚があるというより、感じるってやつだろう。
普通の桃とは違って、万年収穫期のようなものだから食べてもいいよーと声をかけながら家の中に入った。
家族に帰宅を告げて、これからしばらく一人客人が家にいることを説明した。
部屋をひとつ使わせてもらう、というと特に驚いた様子もなく応じてくれる。
の家族って、何も言わないんだね」
「ああうん、ちっさいころから俺については色々あったし、慣れてるんだ」
「色々?聞きたいな」
そうくるか。
たしか俺って桃太郎という名前で知られた謎の人物だったし、霊能者の彼にしてみたら俺のルーツなどは気になるところかな。
廊下の窓の前で立ち止まり、そこから見える庭を一瞥してうーんと考え込む。色々ありすぎて何から話したらよいものか。親戚中で面白がって話をされることはあっても、俺自身が語ることはほとんどなかった。
「あ、そうだ」
ジーンに案内する予定の部屋とは別の、今はもう使っていない部屋の方へ歩き出した。
部屋といっても納戸のようなもので、普段使わないものをしまうところ。高くて遠いところに小窓があるので背伸びをして開き、わずかに風をいれてみる。換気扇もあるんだけど、今日は少しいるだけだからいいか。
「アルバム?」
「そう、これ見たら手っ取り早いかな」
本棚のところからアルバムを出して開くと、ちょうど俺が女の子の格好をしてた頃の写真が出てくる。晴れ着姿で小さい女の子が三人並んで写ってる。そして真ん中を指差して、これが俺だというと小さな感嘆の声が隣から聞こえた。
「体が弱かった、とか?」
「んー、というよりも、あの世に近かったというか。赤ちゃんが生まれてくる前にお空にいて、その時の記憶がある子供がいたりするだろ?」
「うん」
前世記憶とはまた違う、純粋な魂の話になる。
俺の場合は前世の延長なんだけどな。
「俺もそのクチで、天国で神様と暮らしてる記憶があってさ。本当は人間に生まれる予定じゃなくて、……だから天国に帰ろうとしてたんだ」
え、と言いかけたきり絶句したジーン。
「それである時、不思議な男の人がやってきて、そのうちこの子は神様が迎えにくるっていってさ。つまり早死にするよって。両親は驚いて焦って、まあこうなったんだな」
白澤様の俺を見つける執念と感性よりも、両親の子を思った為の信仰心がまさったということか。
あっちが俺を男の子だと思い込んでたことが大きいかもしれないけど、そこを利用した鬼灯さんさすがドS。
「おかげで俺はすくすく育ち、男の子に戻りましたとさ」
「へえ」
ようやく話を飲み込んで、面白くなってきたジーンは頷いた。
俺に霊感がある理由っていうのは、なんだかんだこの逸話が一番説得力を醸し出している。

「両脇の女の子はねー……なんというか」
見せていた写真をおもむろに掲げると、ジーンはこてんと首をかしげる。
「姉妹?」
「いや、妖怪」
「え」
女の子二人は座敷童で、写真館に行った時にふっと現れシャッターを押す瞬間にいたずらに写り込んできた。とっても鮮明な妖怪写真である。
ちなみに、あまりにくっきり写りすぎて、家族はこれ親戚の誰ちゃんだっけ?と首を傾げていた。
「そう見えないけど……」
「はっきり写りすぎだよな。ちっちゃい頃はちょくちょくきては、俺の遊び相手をしてくれた」
鬼灯さんの許可をとってるんだかとってないんだか、それとも鬼灯さんの差し金なんだか、よくわかんないけど。
「遊び相手か……どういうことを?」
「んー古き良きお人形遊びとか、かるたとか。まあテレビゲームも上手だったけど」
「今もいるの?見える?」
「来たら見えるよ、俺は。今はもう滅多に来ないけど、代わりに……」
代わりに?と緊張した面持ちで繰り返す。
もったいぶって口をつぐみ、アルバムを閉じて本棚にしまい込んだ。
ジーンに説明するとき、俺は天国で神様と暮らしていた、といったが正確には桃源郷で神獣と暮らしていたので、代わりによくくるのが白澤様になった場合、神様というべきか神獣といっておくべきか迷う。
どっちにしろ現実味ないけど、神様がくるといったら、ちょっと怖いかもしれない。
失礼だが白澤様が来たって神様にみえないしなあ。見た目も行いも。
でもなかなか帰りたがらないから、俺たちの面会には鳳凰様と麒麟様もくる。たまにどっちか欠けるけど、基本二人がかりでしょっ引いてかれる。経緯や中身はどうであれ、どれもこれも瑞兆だ…わかるだろ?
「───代わりに、福が来る」
「ふ、福?」
「三ヶ月に一回、第二土曜日」
「周期に決まりが?」
ジーンは目を白黒させた。
俺は言いながら、なんか離婚して別居になった親子みたいだなって思った。
「ほかにも」
「他にもいるの?」
「これは実際会わせた方がいいかもしれないんだけど」
携帯電話を取り出して、ストラップをぶら下げて見せた。犬と猿と雉だ。
「たしかこれ、桃太郎のお供の」
「そう。普段は現世にいないんだけど、呼べば来る」
呼ばなくても休みの日は庭に来てる、というのはまあそのうちわかるか。
他にもいるの、と驚いていたが、俺だって驚くくらいいるんだ。身近な人じゃなくても、仕事の関係で来ていたり、休暇とってたまたま遊びに来ていたり。顔見知りだと、軽く挨拶もする。
「俺について来たら多分、いろんなものを見ると思う。驚かせてごめん」
「え、ああ、でもそれはちょっと……楽しそうだ」
「そうかも。危ないやつらじゃないけど、ジーンのことはちゃんと守るよ」
「あ、ありがと……」
ジーンは少し照れ臭そうに微笑んだ。


さて、俺の出生と周りに現れるものがちょっとヘン、ということをおさえておいて貰えば大丈夫。あとすることは、ジーンのお願いについて。
心霊現象で相談を受けた時に助手をしてもらう対価は、彼の身体を見つけること。
どうやら彼は、自分が死んでしまったことと、交通事故にあったことはわかってるらしいんだけど、鮮明な記憶とやらがないらしい。まあ、命を落とすというのは壮絶でもあり、実は容易いことでもある。境目がよくわからない、というのかな。
意識がふっと遠のいてそのままかもしれないし、あまりの苦痛と衝撃で記憶する余裕がなかったかもしれない。
事故で死んだということなら後者で───最後の記憶を『持って来れなかった』のかもしれない。

「霊になってからは、どこにいた?」
命を落として、事故現場に魂が佇む光景というのがたまに見られるが、ジーンはおそらくそうじゃなかった。
「家の……ナルのところ」
意識はほとんどなかったけど、ぼんやり夢うつつに、ナル……双子の弟のところに戻っていたってことだ。
「僕とナルは意識が繋げられるんだ。だから、すぐに近くへ行ったんだと思う」
「というより、帰りたかったんだろうな」
「───う、ん……僕は、そうだね」
からだを見つけて欲しい、家に帰りたい、というのをまるで口にしてはいけないことだと思っていやしないだろうか。そりゃ、生き返ることも、家族と再会することもできないけど、そのことにとらわれて悲観してはいけない。
「からだをみつけて、家に帰ろう、魂も俺がちゃんとつれてってやる」
……」
今度は俺が手を伸ばして触れて、勇気付けるように言う。
移動した風通しの良い部屋は、木陰からの空気が流れて来るので涼しい。
実体のないジーンでも髪の毛が風にゆれる。まあ、触れられるんだし、風も匂いもわかるのか。
「ふしぎだな、の声はとても胸にのこる」
ジーンはそう言って微笑んだ。
そして生前していたことを順番に話してくれた。

元々は依頼をうけたのと、日本人の霊媒に話を聞きに、一応仕事という名目で来てたのだそうだ。ちなみに桃太郎の噂も聞き込んではみたが、見つからなかったと。てへへ。
───昼間の道路を歩いていた、と思う。
ジーンの最後の記憶が始まった。

後ろから車が来て、跳ね飛ばされた。衝撃と熱と、鈍痛は感じていた。同時に薄ら寒かった。
耳鳴りがして周囲の音がよく分からない中、おそらく車から人が降りて来て、それから、またエンジン音がした。
アスファルトにつけた耳には、車が近づいて来ているような音が響いて来る。
そうしてもう一度轢かれた気がした。
もしかしたら走り去っていて、違う車に轢かれたのかもしれない。どのくらいの時間で起こったことなのか正確に把握できてないんだ。
でもそれは、どちらでもいいや。

……いやよくないよ。
死因はおそらく車に轢かれたことで間違いはないし、二度目にジーンを轢いて殺した人物が、おそらく身体を持ち帰った。たぶん、隠したんだろう。
ジーンはさっき言っていた通り、双子の弟のそばで目を覚ました、とのことだから遺体のゆくえがわかってないんだ。犯人の顔もおそらく見てはいない。

うーん、引き受けたけどすごく前途多難です。



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ジーンの、家に帰れないことくらい知ってる、という言葉が結構ショックだったので。
今回は身体を探して欲しいと頼むし、家に帰りたかったんだと指摘されてはっとする。
もちろん家に帰れないことくらい知ってるままなんだけど。なんだけど。
Aug 2018

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